第13話

 悠太と一緒に図書館へ行くことになっても、憂鬱な気分だった。


 悠太くんが優しくしてくれるのは、私が弱いからかもしれない。同情なのかも。大河くんにいじめられて真奈ちゃんに守ってもらって、そんなんだから悠太くんも気にしてくれたのかも。嫌だな、だったら私に構ってくれなくていいのに。そっとしておいてほしい。


 悠太が優しくしてくれるのは、自分が弱い故だと思った。

 弱い女を優しい悠太は気にかけてくれている。そう考えると、それ以外何も考えられなかった。


 待ち合わせ場所の図書館へ行ってみると、悠太は既に着いていたようで、羽菜を見るなり笑顔で手を振った。

 羽菜はなんとなく顔を見れなかったが、それだと愛想がないため手だけ振った。


「行こうか」


 羽菜が悠太の元まで行くと、図書館の中へと誘導した。

 羽菜は恥ずかしさでいっぱいだった。もしかして、恋愛を知らない自分が図書館に行って調べるだなんて、笑ってるのかもしれない。大河ですら知っていた恋愛を羽菜は知らず、頭の良い悠太は「そんなことも分からないのか」と内心嘲笑しているのかもしれない。


 図書館の中はとても静かだった。カウンターの女性が利用者に小声で接しているだけで、他の声は聞こえない。

 悠太は適当な席に座り、羽菜はその目の前に座る。


「じゃあ、本探してくるね」


 羽菜は小声でそう言うと、悠太は頷き「僕も読みたい本探してくるね」と言い、それぞれ求める本を探す。


 羽菜は恋愛のコーナーを悠太に教えてもらい、その本棚から分かりやすそうな本を選ぶ。悠太は馬鹿にしているのかもしれないという不安もあったが、それでも大河が知っていて自分が知らないという悔しさもあり、本を手にとった。


 席に戻ると悠太はまだ目的の本を探しに行っているようで、羽菜は一人で座った。


 「恋のおなやみ」と書かれた本をぱらぱら捲る、小学生向けの恋愛について書かれている。

 一番分かりやすそうなタイトルだったため、羽菜は期待して目次を眺めた。期待通り、分かりやすそうで、読み落としがないように丁寧に読み進めた。悠太が戻って来ても気づかないほど集中し、それを見た悠太は嬉しそうに笑い、持っていた本を開いた。


 羽菜は夢中で本を読んだ。


 なるほど、好きな人の前だと普段の自分とは全然違った行動をとってしまうのか。他の女子と一緒にいるのを見ると嫌だなと思ったことは、多分ないと思うけど。悠太くんと真奈ちゃんはお似合いだと思うし、嫌だとは思わないな。あ、その人の言葉で喜んだり落ち込んだりするのか、確かに悠太くんの言葉はすごく響くな。でも、全部当てはまることはないなぁ。ちょっとだけ違うのもあるし、他のも読んでみよう。


「羽菜ちゃん、もう読み終わったの?」


 席を立とうとしたら悠太がこそっと聞いてきたので、羽菜は頷いた。


「じゃあ、これ読んでみるといいよ。さっき探しておいたから」


 そう言って渡されたのは、羽菜が読んでいたものよりも少し幼い表紙だった。やはり馬鹿にしているのだろうか、と思ったが、悠太の「僕もこれ読んだことあるんだ」という言葉を聞いて、馬鹿にしているわけではないのかもと考えを少し改めた。


 素直に受け取ってページを開くと、表紙通り読みやすく分かりやすいものだった。


 さっきのよりも分かるし、当てはまることも多いなぁ。悠太くんといると楽しいし、たまに恥ずかしくなるし。あ、悠太くんと目が合うと嬉しい、これも合ってる。


 先程読んだものよりも多く当てはまり、驚いていると悠太が言った。


「さっきのは恋愛を知ってる人が、頭がこんがらがったときに冷静になろうと思って読む本かなって思ったんだ。そっちの本は、恋愛初心者の人に向けた本だから、分かりやすいと思って。僕もそれ読んで、すごく分かりやすかったから」


 そう言われて羽菜は腑に落ちた。自分は悠太のことが好きなんだ。さっきの本にも書いてあった通りの感情が自分にある。


 羽菜の中で、自分は悠太のことが好きなのだと決まった瞬間だった。


「じゃあ、私本戻してくるね」

「もういいの?」

「うん、わかったから」

「その本は僕が戻すから、一冊目の方を戻してきなよ」

「そうする」


 解決できたことでスッキリし、本を戻しに本棚へ行くと見慣れた後ろ姿があった。

 しかし、帽子を被っていて顔が良く見えず、声をかけようにもかけれなかった。

 羽菜は少しだけかがんで帽子で隠れた顔を見ると、思っていた通りの人物だったので声をかけた。


「真奈ちゃん?」


 声のトーンを下げて名前を呼ぶと、帽子の女子はびくっと反応した。

 読んでいた本をそっと閉じ、本棚に戻してじっと立っていた。


「真奈ちゃんも図書館にいたんだね」


 羽菜は嬉しくなってそう声をかけたが、返事がない。

 真奈であると確信しているが、本人は何も言葉を発さない。


「真奈ちゃん、どうしたの?」


 普段の真奈なら「羽菜ちゃん!」と返すところだが、何の反応もないので羽菜は不安になった。

 しかし、次の瞬間真奈は帽子を脱いで笑顔を見せた。


「羽菜ちゃん、偶然だね」

「やっぱり真奈ちゃんだ」

「びっくりしたよー」

「私も。真奈ちゃんもここの本読んでたの?」

「ちょっと気になったから」

「そうだ、真奈ちゃんも一緒に来る?悠太くんもいるんだけど」

「いや、もう帰るところだったから」

「そうなんだ、本借りたの?」

「ううん、やっぱりいいや。借りようと思ってたけど、なんだか面倒になっちゃった」

「そっか。じゃあ私は戻るね」

「うん。またね」


 本を戻し、悠太が待っている席へ帰った。


 意外だな、真奈ちゃんも恋愛の本とか読むんだ。好きな人とかいるのかな。今度聞いてみようかな。


 真奈も自分と同じような本を読んでいたことが、仲間のようで嬉しくなり笑顔で悠太の前に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る