第26話 ディスカッション、後の世でいうところの生配信について
ネット上での会議が始まった。
生ラジオ番組のアンケートで『彼ら』の注目をいかに惹くか。謎のブロガー亀山シチューが、今回四国からわざわざやってきたというのはそれだけで大きなポイントではあるが、それ以外に。
まず、郡山駅前にある『彼ら』を記念するオブジェ群。『そこの前で待っています』という案がひとつあった。最初に出た案。
kiss:
『それはつまり誰でも思いつくということ』
「おっ、キャノンの人気機種も参戦か。これは多分」
「ええ、宇佐美くんだと思います」
「不来方の指示でこういう物言いなんだろう。つまり、この案は採用したくないということだ」
「はて、どうしてでしょうね?」
駅の構内にある喫茶店から電話をするという案もあがった。『彼ら』のブログに二回ほど載ったことのある話なのだが、その喫茶店が昔から『彼ら』のお気に入りなのだ。
これは佐伯たちにとって採用されて欲しくない案だった。理由は簡単で、明日の生ラジオ放送時に『彼ら』がその喫茶店の奥にいるからだ。
どこからラジオ番組を行うのか。佐伯たちはその情報を知っていた。
マネージャーが情報を出し渋っている感じだったのは少し気に入らなかったが、最終的には教えてもらえた。
もちろん喫茶店内にいるといっても、堂々と客席でお茶しながら番組を執り行なうわけはない。
でもこっそりメンバーの一人がレジで品物を受け取って戻ってくるという程度の、こっちにしてみれば勘弁して欲しいチキンレースが行われる可能性はある。そういういたずらが彼らは好きなのだ。
亀山シチューは自分の携帯を使ってネット上で生中継を行う。
後から録画を見返すことも出来るので、ニアミスする可能性のある場所に近づかせるわけには行かない。
猛反対しようとして思いとどまる。ケイは『彼ら』が明日いる場所を知らないはず。こちらの不用意な言葉からそれを勘ぐられる危険は避けたい。
「逆に考えれば、不来方が嫌がる案をこっちは推せばいいのかな」
「駆け引きですねえ」
ほかの会議参加者から、彼らの居場所については予測がいくつも立てられていた。駅の奥。テレビ局の内部。CDショップの裏。
「色んな考えがありますね。しかしこうして見ると、『彼ら』が亀山シチューの生放送に写りこんでしまうことを期待している人間が多いように見受けられます」
「あのグループに対してそれほどの愛着を持たない人間であれば、これが自然なんだろ」
CDを買ってアンケートにプロフィールを記入する際は、亀山シチューの名前を使わずに本名で、という意見も出ていた。比較的名のあるブログを運営している人間であるということが、悪い方に転がる場合もあるという考えだ。
「そこは、うちらにとってはどっちでもいいかな」
「シチューさんの本名は知りたいですけどね」
会議上で突発的に危うい情報が提示されたりもした。
「うわあ、これってメンバーの一人が勤めている歯科医院じゃないですか」
「これはダメ。即時対策」
佐伯は、すぐに違う歯科の名前を打ち込んだ。いつも使う、大量の偽情報で、本物を埋没させる作戦である。ケイもあからさまな個人情報については、今夜の進行役という立場上やんわりいさめるコメントを発した。
k―r:
『あくまでもわたしたちは、『彼ら』の安らげるひと時を護らなければ』
「白々しいなあ、ケイさん」
ケイは大勢の人間たちが好き勝手な意見を並べ立てるなか、どうにかまとめあげようとしていた。なかには分からず屋もいて、彼女は手を焼いた。
*:
『ちゃんと仕事しろよ。k―r』
k―r:
『やってるつもりなんですけどね。がんばります』
*:
『つもりで済まされるのは子供だけだ』
k―r:
『そうはいっても、わたしはプロフェッショナルな司会屋さんではありません。善意でやってるわけですから』
*:
『善意って自分でいっちゃったよ。しかもそれを雑な仕事をしても許される理由に使っている』
恵眞はそのやり取りを見ながらこめかみを人差し指でおさえて、うーむと唸った。
「これはどちらの陣営とも無関係のおばかさんですよね」
「どうするこれ。話が進まんぞ。ほら、あきれて去っていく人がいる」
参加者総数を示す数字が三つ減った。
「佐伯さんは小学校のときとか、学級委員長に選ばれたことってありますか?」
「一度だけあるかな」
「わたしは三回です」
「なかなか人望があったんだね」
「へへ」
恵眞は少し照れて笑った。
「ケイさんは、きっと一度もそういうのに選ばれたことがなかったんだろうな。無責任な外野の声にいちいち生真面目に対応しすぎですよ。今も、がんばればがんばるほど、彼女は波がくれば崩れさってしまう砂のお城で踊っているように見えます」
k―r:
『そんなにちゃんとした司会がいいのならば、歯科医にでも頼んでください』
「でたケイさんの駄洒落。文字だと分かりづらい」
「あ、参加者が五人減った」
「どうしてこの人、こんなに駄洒落好きなんですか。おじさんと付き合ってたことでもあるんですかね」
「いや俺の知る限り天性のものだ」
ファミレス店内のお客は知らない間に随分増えていた。若者がほとんど。人数のわりには静かだったので、ふとした拍子に顔をあげた恵眞が戸惑った。
「この時間のファミレスって、わたしはあんまり来たことがないんですけど、こういう雰囲気なんですね。会話の無いカップルさんが多い」
会議に宇佐美のメッセージが不毛な流れを断つように入る。
kiss:
『一見なんてことはないメールに、『彼ら』にだけそれとわかるメッセージを込めることが重要かもね』
彼のメッセージを見て恵眞の顔が曇る。たぶん、宇佐見と加奈子が並んでいた姿を思い出しているのだろう。
「恵眞?」
「わたし彼の考えていることがわかりません。加奈子ちゃんに対する態度は素っ気なく見えたけど、宇佐見くんみたいな男の子は好きな子にあんな態度を取るものなんじゃないかと、なんとなく納得していたのですが。腹ただしいのに、なんて言ってやればいいかわからないのがもどかしいです」
恵眞の戸惑いをよそに、宇佐美の発言に参加者の誰かが食いつく。
*:
『メッセージとは、例えばどんな?』
kiss:
『そうですね。例えば、ブライアン・ジョーンズの話』
「宇佐美め、何を言い出すかと思えば」
佐伯は平静を装った。しかし彼の内心に起こったさざなみは抑えるのが難しかった。
「ブライアン・ジョーンズですか。ビートルズと並ぶ伝説のロックバンド、ローリングストーンズの初期メンバーにして創設者ですね」
ブライアン・ジョーンズは1969年にバンドを脱退する。
ローリングストーンズの音楽のために彼ができることが失われていった。
バンド内の人間関係が壊れた。
どっちが先で、どっちが致命的な理由だったのだろう。
そしてその一か月後に事故により死亡。
kiss:
『僕は『彼ら』にとってのブライアン・ジョーンズなのです』
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