第50話 エピローグ① 夜が明けて、そして
長い一夜が過ぎた。
そして次の日から、この国の人々は世界が変わってしまったことを知る。二万人の人生が終わり、残りの人々の人生は変わってしまったのだ。
翌朝には電気が郡山市内のほとんどの地域で復旧した。水道とガスはさらに数日掛かった。
そしてこの国に住む人々は、『今いる場所にこのままいて良いのか』という判断を迫られることになった。
情報はどれを信じていいか分からず、それに地震直後、福島県ではガソリンが致命的に不足していた。電車も止まったまま。遠くへ逃げたいのに逃げようの無いものがたくさんいた。
人々は行列を作った。ガソリンスタンドに二時間も三時間も並び、僅かながらの給油をした。大きなポリタンクを手に、水を求めて並んだ。
郡山駅前でも水の配給所が設置されて、疲れ果てた顔の人々が長い行列を作った。少なからず雨を浴びることになったが、どうしようもなかった。
あの、かつてデパートだった白い空ビルのガラスは大部分が割れていいた。アーケードに破片が散乱していたが、綺麗になったのはしばらくたってからのことだ。
ランドマークタワーのビッグアイはさしたる被害もなく持ちこたえた。中の球体がガラスを破って落ちてきたりはしなかった。
水を待つ間、人々は一人の男が踊る姿を目撃した。
ラジカセから流れる音楽に乗って、彼は踊った。タバコをくわえてサングラス。自慢のリーゼントは雨に濡れている。
こんな状況で、不謹慎だと思ったものもいただろう。
彼は無名だ。やっていることも古くさい。だから彼のメッセージが彼の望む形として伝わった人間がどれほどいたかは分からない。でもきっとゼロではなかったはずだ。
男は黒い学ランをまとい、いつまでも、いつまでも踊り続けた。義務などではなく、ただ自らの内なる衝動に突き動かされながら。
ケイはあの夜、命を取り留めた。
心臓の発作が起こって、病院に運び込まれるまでに時間がかかってしまった為に、危険な状態に陥ったがどうにか持ちこたえた。
しかし翌日以降も大変だったという。
郡山市の病院が適切な治療を行える状態ではなかったので、他の場所に搬送する必要があったのだが、その手段が無い。
ヘリは郡山の空を飛びまわっていたが、それらは太平洋沿岸の津波に飲み込まれた地域を最優先としていたので、郡山に手を回す余裕がなかった。
でも最終的にはどこかに搬送されたらしい。
彼女の知人たちに、その後の正確な情報はもたらせられなかった。ケイが連絡を取ろうとしなかったからだ。
あの夜の『彼ら』のことの顛末は誰かが彼女に伝えたはずだが、それに対する彼女の反応も何も聞こえてこなかった。
東日本大震災から時が経ち、日本が少しずつ日常を取り戻し始めてもケイの消息は分からなかった。
信憑性のない噂だけは、ほかの類のものとあわせて、山ほどあった。
病状が地震の直後は持ち直したが、しばらくたって再び重い発作が彼女を襲ったという噂もあった。治療が幸い上手く行って、助かったという情報もあれば、助からなかったという情報もあった。
退院したケイが、岩手かどこかの被災地にボランティアとして向かったという話もあった。苗字からも分かる通り、彼女の生まれはそちらのほうなのだ。
一部の人間は彼女らしくないと笑い、一部の人間は彼女らしいと笑った。
そしてそのうち、噂さえも徐々に少なくなっていった。
ケイはどこかにいってしまったのだ。
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