第11話 恵眞の作戦、そして新兵器

 インタビュー風の文章は恵眞が担当することになっていた。面々と会話をして、イメージを固めていく。写真は佐伯が自分のカメラで撮った。


「一眼レフというやつですか。高そうですね」

「そんなでもないよ。恵眞はカメラにも興味があるの?」

「はい。自分のブログに使う写真を、ちょっと良いカメラで撮ることができれば楽しそうだなと。佐伯さんのそれはニコンですか」


 カメラについてはほとんど知識がない恵眞だったが、黄色と黒のストラップに書かれた文字を読んだ。


「うん。でも別にニコンの熱狂的なファンてわけじゃないから、どこのメーカーでも相談に乗るよ」

「親に入学祝いで何か買ってもらう約束なんですけど、じっくり選びたくて、態度保留中なんです」

「ふむ」


 恵眞は一度視線を外して、それからもう一度佐伯のことを見た。

「あの、今度一緒に電気屋へ見に行ってくれますか?」


「おーい。いちゃついてないで、こっちの相手をしてくれー」

「いちゃついてないし」


 恵眞は憤慨した。冷静に対応したかったのだが、ほど遠かった。


 撮影は週末を利用して二回に分けて実施。それから佐伯と恵眞が編集作業をして、先日のお披露目となったのだった。


 そのなかに不来方ケイとつながっている者がいるかもしれないという。


 佐伯のマンションにて、恵眞は四人のニセモノ役にあったときのことをいろいろ思い返していた。


「佐伯さんは怪しいと感じる人っていますか?」

「みんな何かしら音楽に関わっている人たちだ。交友関係は各々広いから、可能性は全員にある」


「余計な提案をしてしまったんだろうか、わたしは」

「簡単につぶされはしないよ」


 佐伯たちは今後の展開について考えていることがあった。


 偽物を本物として露出させる活動をまずは続ける。


 そして情報を拡散することによって、どこかのタイミングで写真週刊誌などに食いついてほしいのだ。


 音楽事務所に直接的ではない方法で働きかけてもらうという手もあるが、大人の事情が複雑に介在してくる可能性があるので避けたい。それに音楽事務所が嘘をついたという事実を残したくない。


 週刊誌への載り方は理想があって、写真週刊誌であるが写真なしの記事、もしくは顔にモザイクがかかった状態の掲載にされたい。そして記事にはこう書かれる。


『現在この写真がのったブログ等は削除されている』


「元々のソースが消えたところで、伝染病みたいに、必ずどこかに残って広まり続けるものだ。上手く行けば『細々とあちこちで見つけることができる九分九厘本物といわれている写真』ができあがる。いい作戦だと思うよ、恵眞」


「うまくいけばですよ。現在のようにこう着状態を半永久的に続ける方が、リスクは低いのだと思います。賽の河原的ですけど」

「的確な表現だね」


 ところで、恵眞の得意料理はシチューだ。


 カレーと似たようなものだが、カレーが得意、というのはあまりにベタだと思い、シチューを極めることにしたのだ。(恵眞はそれをご飯にかけて食べるのが好きなので、カレーとの類似性はますます強まるのだが)


 恵眞必殺のシチューを佐伯が食べることが出来たのは、この日から二週間ほど過ぎてからのこととなった。彼女が佐伯の部屋に初めて泊まったのも、その日だった。


 夏休みには念願のカメラを買うために電気屋を毎日のようにまわり、色んなカメラに触った。パンフレットを集め、ネットで製品レビューを漁り、あれもこれもと目移りしていたので随分時間がかかってしまった。


 電気屋めぐりは佐伯と一緒に行くことが多かった。


 一番通い詰めて、最終的に買った店はヤマダ電気の八山田店。


 車で五分の日和田にあるケーズ電気も随分いった。


 品揃えがよい駅前のヨドバシカメラに行くと、学ラン姿で踊っている虎氏に出会うこともあった。恵眞と佐伯が手をつないで歩いているところを見つかって、ヒューと口笛で冷やかされた。


「熱いね。ご両人」

「古いですよ。反応が」


 買ったのはオリンパスのPENという機種だった。レンズとのセットで、型落ちのものを選んだので、そんなに高くなかった。


 カメラ選びをしている時、値札に書かれていた文字に恵眞が強い反応を見せた。


「パンケーキ? これパンケーキセットって書いてありますよ、佐伯さん」

「パンケーキキットな。そんなに興奮するなよ。ほんとに甘いもの好きなんだな」

「炭水化物同好会は、いつか自分の手で立ち上げ直したいものです」


「ほらこれ。パンケーキレンズっていうんだよ。焦点距離17mm、f値2.8。コストパフォーマンスがいいんだこれ」

 スペックを言われても恵眞には分からなかったが、薄型のそのレンズは、確かにパンケーキを思い起こさせてかわいかった。


「いい選択だと思うよ。これは女の子に人気の機種だから」

 PENの白いボディーをなでながら、恵眞は満足げな笑顔で頷いた。


 佐伯には言わなかったが、この機種に決めたのにはパンケーキ以外にも理由があった。


 前に使ったことがあったからだ。


 高校のとき付き合っていた男の子が愛用していたのが、同じPENの色違いだった。


 あくまで、使い慣れていたからなのだが、佐伯に悪い気がして言えなかった。

 

 新しく買ったカメラで初めて撮った写真は、佐伯の笑顔だった。

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