第12話 裏切者は誰?


 恵眞は有名ボーカルグループの偽物役をつとめた人たちについて、さぐりを入れることにした。


 下手に慌てて動いてはケイの思うつぼではとの危惧はあったが、それでもああはっきりと言われてしまっては、全く対応をしないわけにもいかなかった。


 偽物を演じてくれたうちの一人は近所に勤めているひとだった。


 それはケイと初めて出会った、本屋の中にあるCDショップだ。


 あのときケイと恵眞はこんな会話を交わした。


 『彼ら』が住む場所のすぐ近くにある店ならば、もっと大々的に宣伝して、広い特設コーナーを設けて然るべきではないか。


 それは正しい感覚、でもそれを妨げる人間がいる。


 ケイは佐伯のことを言っていたのだ。佐伯は『彼ら』がこの町にいるということを宣伝などされたくない。多くの人は知っているのだが、極力騒ぎ立てられたくはないのだ。だから、店員に働きかけて、こぢんまりとした展示に留めてもらっていた。


 恵眞が見上げると、たくさんのポスターが彼女を取り囲むように貼られている。独特な円筒状の白い壁。どこかにスイッチがあって、スポンとこの円筒が落ちてきたら、恵眞は囚われてしまうだろう。  


 やはり『彼ら』のポスターは一枚しかなかった。


 目的の店員は脚立のてっぺんに立って、ポスターの張替えをしていた。女の子の笑顔の端っこを釘でこんこんと叩いていた。


 その店員に近づいて挨拶をしたとき、ぷうんと酒臭かった。時刻は午前十一時。彼の顔にだらしなく生えた無精ひげは、ついさっきまで彼が深酒に浸っていたであろうことを物語っていた。


 撮影のときのお礼を述べて、しばらく世間話をした。


「念のために携帯の番号を俺にも教えといてよ、恵眞ちゃん」

 念のためなど、ない。


 恵眞はきっぱり断った。彼女はそもそもが、季節柄の挨拶の一環のように番号を聞いてくる輩が嫌いなのだ。底なしの嫌悪感から逃れるように、恵眞は早々に店を後にした。


 やだなあ、この本屋は好きな場所なのに、来づらくなってしまうではないか。


「え、会いにいったの? あの人に」

 佐伯の反応は、ライオンが百の百倍生息するといわれるアフリカの超危険地帯にちょっとウォーキングしてきましたと報告を受けたときのようだった。


「行く前に言えよな。あの人いいところもあるんだけど、たち悪いんだよ基本的に。成瀬さんと流派は違うけど昔ながらのロッケンローラーでさ。最後はテキーラをストレートで何十杯も飲んで、急性アル中で死ぬ予定の人なんだから」


「そういうプロフィールは先に教えておいてほしかった。でも、ものすごく怪しいけど、あの人は大丈夫だと思う」

「何で」

「あんまり根拠はないわたしの直感ですけど、地道にポスターを張り替える様子が楽しそうで、わたしにはそれが好ましいものに見えたんです。信じていいように思えたんです」

「なるほどね」


 次に会いにいった人は、楽器屋の店員をしていた。二つある駅ビルの片方にある大きな楽器店。彼はそこでギターのメンテナンスなどを仕事としていた。


 彼もまたロックンローラーだった。


 壁に掛けられた様々な色や形のギター。別なサイドの壁にはサックスなど、金管系の楽器が並び、その下にはドラムセットが置かれていた。


 恵眞が店に入っていくと、彼は女の子三人に囲まれながら、ギターをいじっていた。黄色い声。笑い。大騒ぎだった。


 店長はほかにいるので、そっちが快く思っているわけがないのだが、彼の存在が店の人気につながっているように見受けられたので、あえて黙認しているのかもしれない。


 髭と、編み込んだ長い髪。ドレッドヘアーというやつ。軽口を叩きながら、たまにギターを奏でる。その音色は雄弁だった。


「どうした恵眞ちゃん? 力士の霊が肩に乗っかっているみたいな顔をしているぜ」

 話すと、やっぱり酒臭い。


「いや、なんかもう、いいです。どうやらあなたも無罪のようですから」

「ああ不来方ケイと接触しているかも知れない人間を探っているのか、敏が言っていたよ。いいのかい、そんな簡単に信用して」


 たしかに彼は、信用という言葉から遠くはなれたところに在る人間に見える。


「ええ、大丈夫だと思います」

「ぶっちゃけ、あの子の名前は以前から知っているよ。ルックスがああだから、遊んでるとよく名前聞くんだわ」

「それでも問題ありません」


 彼は女の子に不自由しているようには見えなかった。取り巻いて、恵眞を鋭い視線で見つめる女性たちも美人さんそろいだ。


 ケイがこんなその他大勢のような扱いに甘んじるとは、恵眞には思えない。


 それに、聴けばわかる。


 ドレッドの彼がまたギターを鳴らす。周囲の美女たちは羨望の眼差し。


「女性に囲まれながら、作曲するのがあなたの流儀なんですね」

「へえ、分かる?」


 恵眞は微笑みをもって肯定の意を表す。美女たちにはただ気ままにギターを鳴らしているように聞こえているのかもしれないが、それは創造の泉のしぶきが確かに見て取れるものだった。自分の精神の奥深くまで潜ろうとしていた。そこにあるはずのまだ見ぬものを、強く求めていた。試行錯誤、疑心暗鬼、自己嫌悪。そして救い。


 音色の彷徨いは、彼が音楽と真剣に向かい合いし者であることを示していた。


「連絡を取らなければならないこともあるだろうから、恵眞ちゃんの携帯を」

「いえ、それはいいです」

 様々な色合いの視線に背中を貫かれながら、恵眞はそそくさと店を後にした。その足で佐伯のマンションに向かい、彼もどうやらシロであることを報告した。


「また行ったのか」

「行きました」


「彼もまた善き面と悪質な面、両方を持つものだったろう」

「まさに」


「あいつはクラシカルなロックにとことんこだわっていて、生活様式もそれにならっている。一日一曲必ず作ることを日課にしているんだ。凄いやつだよ」

「彼の演奏も、一度ちゃんと聴いてみたいです。あ、ついでに佐伯さんの音楽もわたし聴いてみたいです」


「ついででいうなよ。だめ、却下」

「けち」


「恵眞はどうせ、もう一人のところへも向かうんだろ? 一緒に行こうか」

「心配? 佐伯さん」

「にやつくな。最後の一人は会社員だ。休日は九割の時間を自宅で過ごしているから、そこに行くしかない。他にもちょっとあって、純粋に恵眞の安全が心配」

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