第15話 加奈子と宇佐美

 加奈子が宇佐美と出会ったのは四月。


 整った顔立ちに鮮やかな金髪。宇佐美はホストのような格好をすればとてつもなく似合いそうだが、いつもシックな色合いのチェック柄のシャツを着ていることが多かった。靴は白いクラシカルなテニスシューズ。青と赤のラインが小さく入っている。


 教室での宇佐美は加奈子の目を引いた。


 授業はつまらなく、集中が途切れると彼のほうばかり見ていた。好みだった。


 同級生の女子たちの何人かは、すでに彼に対して接触を試みつつあったが、積極的な性格ではない加奈子はなかなかちゃんと話しかけることができずにいた。


 伝え聞いた話によれば、宇佐美は炭水化物同好会というサークルに入ることを決めたそうだ。クールな印象でコーヒーはブラックしか飲まなそうな宇佐美だが、意外にも甘党なのだろうか。そのギャップも加奈子には好ましいものに思えた。


 加奈子は甘いものが好きだ。とても好きだ。攻めるならここだと思った。


「わたし甘いものを食べるのも、作るのも、好きなんです」

 彼女はそういって、部室棟の二階にある炭水化物同好会のドアを叩いた。


 東北の遅い桜がようやく花を開かせた頃だ。


 休み時間によく宇佐美を囲んで談笑していた女の子たちのなかで、炭水化物同好会に入ったものはいなかった。加奈子にはそれが不思議だった。一人二人は入るものと覚悟していたのだ。


 文化系のサークルなどというものは掛け持ちをすることがごく当たり前なので、活動内容に興味がなくとも宇佐美目当てでとりあえず入会することに抵抗は少ないはずだった。


 やがて謎は解けた。


 二人の新入部員のために、簡素な歓迎会が行われた。近くの居酒屋の、七、八人が納まるくらいの座敷席。一年生二人のほかには男性二人、女性三人。


 部長さんはメガネをかけた地味な顔立ちの女性。三年生で、あたりさわりのない人だった。


 宇佐美の隣に座った加奈子は、いままででは一番彼と話すことができて、喜んでいた。


「変かな。俺がこういうサークルに入るのって」

「ううん。男子だって好きなら別にいいと思う。現に男性部員が他にもこうしているみたいだし」


「そういってくれるとありがたい。やっぱり多少ははずかしいよね」

 宇佐美は笑った。


 彼は普段眉をしかめていることが多い。でも機嫌が悪いのではなく、色々と考えごとをしているのだという。話していても九割の時間帯はしかめっつらのままなのだが、稀にこうして笑うとその笑顔はあまりに甘く、それが見たいがために加奈子はピエロに徹して、から回りは自覚しつつも陽気に話し続けた。


 宴が始まり一時間ほどすぎたころ、一人遅れてやってきた者があった。自分で作ったカップケーキが入った箱を手にした彼女は、一見してあたりさわりのある人だった。非常に。


 キレイ過ぎる。


 白いコートの下に真っ赤なセーター。ベージュの短いスカートに黒いタイツ。


 佇まいがあまりに別格で、芸能人でも入ってきたのかと加奈子は思った。彼女は座敷の入り口で参加者一人ひとりに軽口をきいて、宇佐美にも笑いかけて一言声をかけた。


「あ、こっちの女の子は会うの初めてですね。わたし不来方です。卒業生で、未だに先輩面して混ぜてもらっているの」

 声も美しい。


 メガネの部長さんが言葉を継ぎ足した。

「いえいえ、うちのサークルを立ち上げたのがこの人だから、顔出して何が悪いのって話でさ。つまりは名誉会長ってやつなのよ。ケイさんは」

「へえ」


 ケイは加奈子の向かいに座った。正面にこのクラスの美人が座っていると女性でも緊張してしまう。


 こんな人と同じサークルの仲間としてやっていけることが嬉しくて、加奈子は陽気さに拍車をかけてケイに話しかけた。


 でもやっぱり空回り気味で、こういう飲み会の場で熱弁したら、引かれるのは経験上知っているはずなのに、好きなゲームの話などをしてしまった。


 加奈子は高校のときから、休日は友達とどこかに遊びに行くよりも、一日部屋にこもってゲームをしている方が好きな子だったのだ。


 話しつつこれはやっちまったかなあ、と感じていた加奈子だったが、ケイはゲームの話にもきちんと対応してくれた。話をあわせているのではなく、実際彼女もゲーム好きであることをうかがわせた。


「一番好きなゲーム? うーん加奈子ちゃんとの世代差が露呈されちゃうなあ。あのね、FF」

「わたしも大好きですよ」


「加奈子ちゃんは最近のでしょ。わたしはⅢが大好きなの。ファミコンのやつ。何回もやってる」

「ファミコンだと、ケイさんだって世代ずれてないですか」

「いいじゃない。好きなものは好きなのよ。自分の名前をつけたキャラは必ず白魔道士にして遊んでたわ」


「白魔道士? それはまた渋いですね。普通、自分の名前は、戦士とか、主役っぽいポジションに与えそうなものですけど」


「だから好きなんだってば。あはは」


 やばい。話があう。加奈子は楽しかった。浮かれすぎて墓穴を掘ることが加奈子には何度かあったので、この新しく出会った魅力的な先輩に断じて失礼の無いよう、酔いが回りつつも言葉を選んで話し続けた。


「わたしケイさんが店に入ってきたとき、芸能人でもやってきたのかと思っちゃいましたよ」

 賑やかな場の雰囲気が一瞬とまった。

 え?

 今の駄目だった? どこが?

 すぐにまた賑やかさは戻ってきて、ケイもみんなもそれまでと変わりなく話し出したが、加奈子とて馬鹿ではないので、彼らの心の中に掲げられたスコアボードに、加奈子の減点がはっきり書き記されていることは容易にわかった。


 宇佐美だけは加奈子と同様に、諸先輩方の心のさざなみに気付きはしても、原因を突きとめられずにいるようだった。


 ケイの作ってきたカップケーキは甘みが強すぎるようにも加奈子には感じられたが、しっかりとした卵の風味があって、何度かお菓子つくりに挑戦して壁に跳ね返された経験のある彼女からすれば、充分なクオリティーをもった一品といえた。


 歓迎会からしばらくすると、宇佐美とケイが時々二人で逢っているという噂が耳に入った。


 正直ショックだった。それからなるほどと思った。


 クラスの子たちはこれを知っていたのだ。ケイの存在を知っていたのだ。しり込みする気持ちが分からなくもない。


「凄い宇佐美くん。あんなキレイで年上の女の人と」

「そういうんじゃないし」


 サークルや部活で部員同士が付き合いだすと、とりあえずみんな違うという。隠そうとする。


 二人がどこでなにをしているのかは、聞いてもあいまいな答えしかくれない。


 でもわたしはもう首を突っ込んでしまったから。


 アンテナが低いばっかりに、まるで怖いもの知らずであるかのように、攻め込んでしまったから。あとはただ、がんばってみよう。


 そして加奈子はがんばった。甲斐あって加奈子と宇佐美もたまにだが二人で遊びに行くようになった。


 宇佐美がカメラを手に入れて、腕を磨きたいので色々撮りに行く際に、一緒に連れて行ってもらったりした。宇佐美は自分の軽自動車をもっていた。


 彼がカメラに興味を持ち始めたのは、ケイが真っ白いカメラを愛用していることの影響だったので、それを思うと加奈子の胸はちくりと痛んだが、それでも声をかけて一緒に連れて行ってもらえることが嬉しかった。


 宇佐美が使っていたカメラは、キャノンのkissという機種だった。

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