第36話 追跡
「おーい」
佐伯が呼んでも、マネージャーは気付かない。彼は落ち着かない様子でオブジェのあたりをうろうろしている。
「生電話で言ってたケンカってのが気になったんですか?」
佐伯は近づいて声をかけた。
「ああ、ここにいたんだ佐伯くん。何か見た?」
「いや、何もなかったですよ」
「それならいいけど。オブジェにイタズラなんてされてないよね。うん、大丈夫そうだ。じゃあ、僕行くね」
マネージャーは足早に立ち去った。
「佐伯さんにはねぎらいの言葉くらいかけてもバチは当たらないと思うんですがね」
「いや、彼にそれを望むのは酷だろう」
恵眞と佐伯は、マネージャーが消えていった郡山駅構内のほうをしばらく眺めた。恵眞がちいさな溜息をついた。
「恵眞、屋台の焼きソバでも食べようか」
恵眞は笑ってうなずきかけて、止まった。
「佐伯さん」
「何?」
「わたし、こういうの昔のゲームで見た覚えがあるんですが」
「焼きソバ?」
「いえ焼きソバじゃなくて、その前。そっか、佐伯さんゲームは疎いんですよね。あのですね。あるゲームで、倒すべき悪い王様がお城のどこかに隠れているんですが、居場所が分からす、さあどうしましょうってシチュエーションがあるんです」
「うん」
「解決方法はこうです。あるアイテムを使って大きな音を出すんですよ。そうすると臆病な側近が自分の部屋を飛び出して、王様の隠れている場所まで走っていくんです。それを追いかければ秘密の入り口が見つかるんですよ」
「恵眞が何を心配しているのかはわかった。もし不来方たちがマネージャーのあとをつけたら『彼ら』の居場所がばれるっていうんだろ」
「最低限の注意力が備わっている人間ならば、まっすぐ『彼ら』のもとに行ったりはしないはずなんですけどね。佐伯さん、あのマネージャーさんはそこのところどうなんですか」
「難しいかも」
答えながら佐伯は、すでに駅の構内に向けて走り出していた。
「やっぱりか」
恵眞も佐伯を追う。
二人はまっすぐ『彼ら』が番組を行っている喫茶店に向かって走ったが、途中で方向転換をして喫茶店からだいぶはなれた入り口から駅構内へと入った。
「あぶない。あせってこっちが馬鹿なことをしでかす所だった」
「思わず最短距離で突撃しようとしてしまいましたね」
遠目から喫茶店の入り口を伺うことにした。あのマネージャーはいない。不来方や宇佐美もいないようだ。
「佐伯くん」
喫茶店の方角に全注意力を集中させていた佐伯は、突然後ろから声を掛けられて驚いた。振り向くと、マネージャーがいた。
「ああ、びっくりしましたよ」
「悪いね。でもさ佐伯くん駄目だよ」
「え?」
「喫茶店のほうを見過ぎだって、周りに怪しまれたらどうすんのさ。不注意だよ」
「……そうですね。すみません」
隣であからさまな不満顔を見せる恵眞を佐伯は目で制した。
「君が『彼ら』の力になろうとしてくれているのはわかるよ。ありがたいと思っている。でも僕から見るとどうも君たちは詰めが甘いんだよね。だから騙すのとは違うと思っているけど、まあ、君からみたらそう感じてしまうのかもしれないけど、こっちとしては防御策もちゃんと張らざるを得なかった。悪く思わないでほしいんだけどね」
マネージャーはつらつらと言葉を並べたが、要するに何が言いたいのかというとこういうことだった。
「あの喫茶店の奥に『彼ら』はいないよ」
「え、じゃあどこにいるんですか?」
恵眞の問いかけに、マネージャーは意外そうな顔を見せた。
「いや、君たちにそれを教えられない理由をいま説明したつもりだったんだけど?」
マネージャーが去った後、佐伯と恵眞は喫茶店の中に入ってみた。
店の人に断って、奥をのぞかせてもらったが、そこに『彼ら』の姿などなかった。
喫茶店を出て、背中を丸めて歩く佐伯の二歩後ろを恵眞はうつむきながらついていった。少し歩くと佐伯が振り返った。
「よかった。トラブルが起きなくて」
疲れた笑顔。
「もう帰りましょうよ。佐伯さん」
「やけおこしちゃ駄目だよ、恵眞」
「だってわたし悔しいですよ」
「俺は少なくとも、悔しいという理由でこの役目を下りるつもりはない」
「ただ利用されて、だれにも感謝されないばかりか、頭ごなしに馬鹿にされているんですよ、わたしたちは」
「恵眞、俺はさ」
佐伯は立ち止まった。そして初めて、怒りのような表情を恵眞に向けてみせた。
「仲間ではなくなってしまったけど、それでもあいつらが好きなんだ。自分のやりたかったものとは違っても、それでもあいつらの音楽が好きなんだ。あいつらの音楽を日本中の人間が受け入れてくれることが嬉しくてしょうがないんだ」
「佐伯さん」
「俺は利用されているんじゃない。逆だ。あいつらにほんのすこしでも関わることで、過ぎ去ってしまったものの燃えカスにすがって、どうにか生きているのが俺なんだよ」
恵眞は言葉が出てこなかった。何かいうべきだったのに、彼を救う言葉をかけてあげたかったのに。
「あれ?」
佐伯が手を耳に当てた。
二人とも携帯につないだイヤホンを片耳だけに装着したままだった。亀山シチューは生電話が終わってからも、なにやら話し続けていた。
「今確かに、女性の声が混じってたな」
恵眞はスマホを取り出した。
「佐伯さん。さっきまであった、『音だけ』っていう表示がなくなっています」
「うん。ええと、これはどこだ?」
亀山シチューは、人混みの中を歩いているようだった。何人かとすれ違い、前方を女性が歩いている。画面が揺れるので、周囲の様子がわかりづらい。
「みなさん」
聞こえてきたのは、亀山シチューの声。
「実はいま、『彼ら』の居場所が分かりました。僕はそこに向かおうと思います」
「え、何で!」
恵眞は驚いてあたりを見回したが、それらしき男性はいない。
「ここに向かっているのか? それとも別の、本当に『彼ら』が居る場所にか?」
「でも、佐伯さん。亀山シチューが居場所を知っているはずがない!」
画面の中で、亀山シチューの前を歩く女性が、振り返ってカメラを見た。白い服に身を包んだ彼女は笑っていた。
「あー!」
「不来方だ」
ケイは前に向き治り、また歩き出した。カメラは彼女の後ろをただついていく。画面はそこで再び『音だけ』の表示。
『一旦、画面を塞ぎますね。『彼ら』のところにつくまでお待ちください』
亀山シチューはそれきり言葉を発しなくなり、雑踏の音しか聞こえてこない。
「亀山シチューは少なくともわたしたちの味方だと思っていたのに、どういう心変わりよ」
「とにかく考えるんだ、恵眞。あいつらがどこに向かっているのか。生電話の内容で何かに気づいたのかもしれない」
「生電話……」
二人とも会話の内容は、一言も漏らさず聞いていた。『彼ら』の言葉や振る舞いのどこかに、ヒントはあっただろうか。
「メンバーの一人が祭りの様子を見ていましたよね。で、わたしが憤慨したんです」
「そういえばあの時俺、少し引っかかった」
「どこに?」
「山車を見て、長い生き物がゆっくり動いているように見えるって言っただろ」
「ああ、そうですね。覚えています。わたしはそれを聞いて、なにかアーティストっぽく詩的な表現をしようとして、ちょっと空回りしたのかなと思ってましたが」
「うん。あの時点では、俺も恵眞も駅構内の喫茶店に『彼ら』がいると思っていたからね。そこから顔を出して見える景色にその表現は確かにおかしい。じゃあさ、どこからならばその表現が適切と成りうるだろう?」
恵眞はスマホの画面を睨みながら考えた。画面はいまだに閉ざされたままだった。
「上か」
彼女は呟いた。
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