第35話 亀山シチューのその姿
監視カメラの白黒の画像。
その中でこちらに背を向けた小柄な
佐伯はあたりを見回した。髪の毛の色が目立つ感じなので、いればわかるはずだが、見つからない。
「この辺にはいない」
「そうみたいですね。佐伯さん、これってどう考えます?」
「うん。実は俺ね、女性の画像を見たことによって、混乱したというよりも、むしろ、とっ散らかっていた考えがぴたっと収まった」
「つまり?」
「つまり、亀山シチューは二人いる」
「あ!」
佐伯の言葉に、恵眞は驚いた、それとともに、彼女の中でもまた、思い当たるふしがあるようだった。
「確かに、趣味が多岐にわたり過ぎているとは思ってました。音楽の趣味もばらばらだったけど、それも二人分の好みと考えると説明がつきます」
「夫婦で一つのブログを使うことは割とある。そういうときはハンドルネームを使い分けるもんだけど、共用したって別に法律違反しているわけじゃない」
「昨日わたしたちが話したのはどちらだったんでしょうか」
「両方だろう」
「ああ。会話を交わしていて感じた妙な違和感は、そういうことだったんですね。それにしても」
「なあ?」
「変な人とかかわりになっちゃいましたねえ」
二人は苦笑いして、それからさっきの監視カメラの画像をもう一度見た。
「派手な色ですね、金髪だろうか。宇佐美くんみたいだ」
「ウィッグかもしれないな。そういえば不来方はこのことに感づいているんだろうか」
そしてケイは今どこで何をしているのか。
とにかく謎のひとつが解けて、ある意味では恵眞と佐伯は安堵した。そして耳元では『彼ら』が番組を続けていた。
『では次の生電話はどれにしますかね?』
『時間が限られているからどんどんいこう』
『そうね、どんどんいこう。ああ、これなんかいいんじゃないんですか。ええとラジオネーム、亀山シチュー』
「うわ」
二人して驚きの声を上げた。
「佐伯さん、亀山シチュー、引き当てましたよ」
「当てちゃったか」
亀山シチューの生放送上では、あらかじめ準備をしておいたらしいやたら仰々しくて華やかなファンファーレが高らかに鳴り響いた。
「ちょっとうざい」と恵眞が笑った。
『もしもし』
『はい、もしもし』
亀山シチューを名乗る男性の声が流れた。
『亀山シチューさんですか』
『はい、そうです』
『あ、生電話かけちゃいました。いま大丈夫だよね。今日CD買ってくれてどうもね。高知から来たんだって?』
『はい、まあ』
「亀山シチューはいま二人でいるんですかね。電話をかわったりするんでしょうか」
昨日の亀山シチューの話し合いに参加した、恵眞たちに無関係な一般のひとたちは、緊張しつつ話す亀山シチューを、わが子を見守るような心境でいるのかもしれない。
『で、亀山シチューさんの質問にお答えしようと思うんだけど、シチュー。これ、いいねえ』
『そうですか?』
『すげえいいよ。じゃあ読むね。ええと質問です。ことしは大河ドラマで坂本龍馬が取り上げられて盛り上がっていますが、皆さんの素顔は幕末の写真が残っている偉人で例えると誰に似ていると思いますか? ほらきた! さあ、語っていいんだな、幕末を?』
『ああ、やばいこれ。これでもう、一時間つぶれる。亀山シチュー、お前は非常にまずい話題を我々に提供してしまった』
「盛り上がってるな」
「良いことです」
昨晩みんなで決めた『彼ら』への質問内容がどうやらびたりとはまった。
『彼ら』のプロフィールを熟読すると、メンバーの一人の尊敬する人物が坂本龍馬になっていて、彼は過去のインタビューで何度か、幕末について暴走と呼べるほど熱く語った形跡があるのだ。
放送では普通に楽しげな会話が続いた。誰に似ているかという質問の答えは、各々、坂本竜馬、高杉晋作、松平容保、土方歳三だそうだ。
『龍馬のコスプレしたことあるんだよ俺』
『まじですか?」
『おお、まじまじ。もうさ完璧なコスプレやろうと思ってさ。笑いとか無しの? 着物をさ、結構高いの買い揃えたんだぜ。そうだ、ここで買ったんだよあの着物。それっきり着る機会ないんだけど。あ、ちなみに亀山シチューは誰似?』
『ああ……桂小五郎ってよく言われます」
『よく言われんのかよ』
「『彼ら』の実物を見たことがある身から言わせて貰えば、全部的外れですね」
「それはそういうものだろ。的確に答えられても俺としては困る」
念のためもう一度あたりを見回したが、桂小五郎はいなかった。
『おーい?亀山シチュー。あれ、切れちゃったかな。まだまだ話はこれからだろ』
返事が無い。突然亀山シチューが黙ってしまった。
「電波悪いのかな」
佐伯が首をかしげる。
生電話も自分で主宰している生放送のほうも、最初から、通信状況はいまいち良くなかった。
「やあ、こんな終わりかたではちょっと気の毒ですね」
『もしもし、あ、返事しないで済みませんでした』
戻ってきた。今の沈黙はなんだったのだろう。
『郡山までバイクで来たんだっけ? 高知にまた帰らなきゃならないから大変だねえ。帰りは電車使ったら?』
生電話はまとめに入ったようだ。会話量としては亀山シチューが今日これまでのリスナーのなかで一番多かった。
「悔いなしってところですかね」
電話がこのまま無事終わってしまえば『ある二人の旅人の夢が、叶ってほんとによかったね』で済ますことができる。
『ところでみなさん、そこから祭りの様子は伺えますか? 凄く盛り上がっていますよ』
『山車ねえ。ラジオがなきゃ見たかったんだけどねえ。どれどれ』
「え? どれどれってまさか」
恵眞の顔色が変わる。
『すげー! 見えたよ山車。何か長―い生き物がゆっくり動いているみたいに見えた』
「ばかもの!」
恵眞が叫んだ。
「いまスタジオから顔出したでしょ! 誰かに気付かれたらどうすんのよ!」
恵眞の心配などお構いなしに、亀山シチューは会話を続ける。
『駅前広場も混みあっているんですよ。さっきオブジェのあたりでなんですけど、みなさんのファンの人たちの間で、ちょっとした小競り合いがあったみたいですよ』
『ええーそういうのはやだなあ。みんな喧嘩しちゃだめだよ。ピースフルに行こうぜピースフルに』
『これからもがんばってください。どうもありがとうございました』
『うん、ありがとう! 気をつけて帰ってねー』
そして電話は切れた。
「切れた……が?」
佐伯は振り返って、『彼ら』のオブジェのほうを見た。恵眞もそちらを見た。
「ケンカ、してたか?」
「いえ、わたしは気付きませんでした」
『彼ら』の関係者のはしくれとしてはそういうトラブルは気になるところだ。せっかくのイベントに傷がついてしまう。
しかしいくら見回しても亀山シチューのいったような争いごとのあった様子はまるでない。ピースフルに解決をみたのだろうか。
「どうして亀山シチューは、わざわざ付け足しみたいな感じで、あんなこといったんでしょう」
何か変だ。
「あ、あの人」
「え?」
佐伯が指差したその先には『彼ら』のマネージャーがいた。
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