第34話 光のパレード

 山車は郡山近辺の町内ごとに繰り出されるのでかなり数が多い。駅前のさくら通りと呼ばれる二車線の道路が、提灯の明かりをまとったたくさんの山車と、威勢のいい掛け声で埋め尽くされていく。


 並んでそれらを眺める恵眞と虎氏。


「きれい」

「一緒に見るのが俺で申し訳ねえな」


「そうでもないですよ」

 恵眞は目を細め笑った。丁度そこに佐伯が現れた。


「いたいた」

「あ、佐伯さん。お仕事ご苦労様でした。さあここからもうひと働きですよ」


「たこ焼きつつきながらビール飲みたい」

「だーめ、無事終わってからですよ」


 佐伯はクリーム色の薄手のセーターの上に、濃いグレーのジャケットを羽織っていた。九月末ともなると郡山の夜は少し寒い。


「よし、そんじゃ恵眞のお守りは任すぜ」

「む、お守りとはなんだ」


 大きなバッグを少しかざして虎氏はにやりと笑った。教師ではない、別の何者かへのギアチェンジが行われたようだった。


 虎氏が去ると、恵眞と佐伯は手をつないで、二人の前を通り過ぎて行くいくつものお神輿を眺めた。


 次々と現れる提灯の明かり。どこまでもずっと続いているように思えた。


 来年も、再来年も。


「郡山のお祭りも良いですね」

「恵眞はこれ見るの初めて?」


「はい。この時期は会津でもお祭りがあるので、そっちでお腹いっぱいになっていました」


「さて、こうやってのんびりしてたいけど、そろそろ動くか」


 恵眞は佐伯の肩にほほを寄せた。佐伯がもう一度促すとようやく彼から離れて、僅かに笑った。

「時間が来ちゃいましたね、残念」


 二人は各々の携帯を取り出して、亀山シチューの生放送につないだ。


「お、始まってるな生放送」

「ん? なんでしょうか、これ」


 生放送用の画面の下に『ON AIR』と表示はされているのだが、画面には手書きの赤い文字で『音だけ』とある。


「音だけって。絵を見せないつもりか? それじゃ生放送のうまみ半減じゃん」

「何か喋ってはいますね」


 祭りの人混みにいるため、音声が聞き取りづらい。二人はイヤホンを取り出して携帯に差し込み、周囲の音も聞こえるよう片方だけを耳につけた。


 話し声が聞こえた。


『見てくれている人数、だんだん増えてるみたいですね。嬉しいです。まあ、見ているといっても、音だけなんですけどね』


 二人は耳を澄ましながら、見つめあった。

「男の声だな」

「やった、わたしの予想が当たりました。若そうですね」


 画面では、軽やかな挨拶が続いていた。

『はじめまして。僕が亀山シチューです。昨晩は大変なご面倒をお掛けしてしまいました。しかしお陰で自信をもって今日のイベントに臨むことができます。質問メールはすでに『彼ら』に向けて発送しました。内容は結果として王道ですが、高知からやってきたことを生かして、今年の大河ドラマのネタで勝負することに決めました。あ、リアルで『シチューは』とか言うのは問題があるのでさすがにやりません。ご了承ください』


 その頃、虎氏はもう一度アティ内に足を運んでいた。ただし楽器屋ではなく、その横の通路を通った先にあるスタッフルーム。


「どうだ」

 虎氏が入ると、ドレッドとすだれがパソコンの画面を真剣に覗き込んでいる。


 他には誰もいない。もちろん本来は彼らの居ていい場所ではない。ドレッドが成瀬のほうを向いた。


「生放送始まったぞ、成瀬。やっぱり亀山シチューは自分の姿を見せるつもりは無いようだぜ」


「それじゃ見張りのしようがねえよな。奴さんは別に悪いことをしているわけじゃないが、居場所は把握しておきたい」


「そこでだ」

 すだれが自分の携帯で、亀山シチューのブログを見ていた。


「顔は見せないが、さっき新曲CDのジャケットを写真にとってブログでアップしていた。」


 虎氏は画面を覗いた。

「なるほど。手とかは映ってねえな」

「でも背景が僅かだが映りこんでいる」


 すだれの言うとおりだった。買ったばかりのCDをどこか適当な場所に立てかけて写真に収めたようだ。


「これはCD棚だな」

「そう、ここのCDショップのな」


「それを踏まえてー」

 ドレッドが軽やかに呟きながら、マウスでパソコンを操作した。映像が早送りで流れていく。


「CDショップの監視カメラに、必ずその写真を撮っている様子が映っているはずだ」

「うむ。これでようやくお姿が分かる」


 横ではすだれが、自分の携帯で亀山シチューの音だけの生放送に眉をしかめながら聞き入っていた。


「はいはいはい、見つけたぜー」

「こいつか、亀山シチュー。なあほら」

 虎氏に促されてすだれはパソコンの画面を見た。するとしかめていた彼の眉が更に歪んだ。


「さてこれは……、どういうことだろう?」


 駅前広場に七時を告げる楽しげなチャイムが鳴り響いた。


「ああ、『彼ら』のラジオ番組が始まるな」

 恵眞と佐伯は、ラジオアプリを立ちあげた。でも亀山シチューの生放送でも、『彼ら』のミニラジオ番組の音声が聴けたので、その必要はないようだった。


「そっか、ミニラジオの聞けない人たちに向けて生放送するっていうのが、そもそもの主旨のひとつでしたもんね」


『ん、これもう始まってんの?』

『はじまってんよ,バカ』


 そんな間抜けな出だしで『彼ら』の生番組が始まった。


「ぐだぐだだ」

「亀山シチューより下手ってどういうことですか」


 『彼ら』はラジオ番組などやったことはない。ライブをやれないわけだからMCの経験も少ない。なので素人感豊かではあったが、待ち望んでいた『彼ら』の肉声に、恵眞たちの周辺では歓声があがった。


 見渡せばすっかり日の落ちた駅前広場では、ラジオを聴いている人間がかなりいた。

 まずメンバー一人ひとりの挨拶が終わると、一曲流れた。今日発売した新曲。この特別な日に世界を満たす希望の光。


 曲が終わると、周囲から誰とも無く拍手が起こった。


 そして生電話コーナーが始まった。


 亀山シチューは番組を聴きながら時折話す。

『番組は一時間の予定です。さあ、チャンスは何回ありますかね』


「佐伯さん。放送が音だけだから、亀山シチューがどこでラジオを聞いているのかわかりませんね」

「そうだね。おっと、成瀬さんから着信だ」

 佐伯の携帯が振動した。

「もしもし」


「敏、亀山シチューの生放送は聞いているよな」

「うん、聞いてるよ」


「いま喋っているこいつは一体誰だ?」

「え?」


 佐伯は彼が何を言っているのか分からなかった。


「成瀬さん? だから彼が亀山シチューだろ。えっ本当ですかそれ」

 佐伯が電話を切ると、すぐに成瀬からメールが送られてきた。


 本文は無く、画像が添付されている。佐伯の表情から異変を感じた恵眞が、彼の携帯をのぞいた。そこにはパソコン画面を携帯のカメラで撮った画像が写し出されていた。


「恵眞。成瀬さんたち監視カメラを調べたんだって。これが亀山シチューだ」


 恵眞はきょとんとした顔で佐伯を見た。

「いやいや、これはちがうでしょ」


「何度確かめても、やっぱりこれらしい」

「そんな。あんまり鮮明な画像じゃないし後姿ですけど、これはどう見ても」


「うん」

「女性じゃないですか」

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