第31話 終結
電気部員の一人がしばらく掲示板上で発言をしないと思ったら戻ってきた。
三等兵:
『大急ぎだったけど五人捕まえたであります』
「わたしの味方をしてくれる人間をどこかからかき集めてくれたんだ。三等兵すげー!」
はしゃぐ恵眞。
「何だそのハンドルネーム」
「可愛いんですよ、この子」
味方が増えたこともあって、八戦目も圧勝した。恵眞側の画像は、『gif』と呼ばれる、数秒周期の短い動画。さっきの錯覚ネタもこれの応用だ。
今回は、太った猫が家の二階のベランダから、隣の家のベランダに飛び移ろうとするもの。佐伯は小さく声を上げた。
「あ、失敗したじゃん猫! 思い切り身体を伸ばしたけど、全然届かなかった。そして下に落っこちた! これこのあとどうなったんだよ。猫!」
「これね、大丈夫だったらしいですよ」
4勝4敗。つかまえた。
どこからか金切り声が僅かに聞こえた。見なくともわかる。追い詰められたケイがあせっているのだ。
「恵眞の後輩たちは凄いな。知識も、頭の回転も、行動力も一流だ。こんなにてきぱき意思決定のできる集団は大人でもなかなかない」
「誉めてくれてありがと。でもね、現実世界の彼らは学校の中でとても目立たない子たちなんですよ。スポーツはもちろんのこと、学業も全体的にはいまいち。人望だってありません。クラスの皆で遊びに行く時、よく忘れられるっていってましたから。信じられますか、仲間はずれじゃなくて、真剣に忘れられてるんですよ?」
恵眞はできの悪い後輩たちを、それゆえにいとおしげに語った。
「でもね、ひとたび自分たちの得意分野に持ち込めば、彼らは、こんなにも機知に富んで、英雄的なんです。もし合コンに呼ばれたとしても、ケイさんのようなきれいな女性にはまるで相手にされないでしょうけど、自分の土俵でならば、彼女をこてんぱんにやっつけることができる。強いんです、わたしの仲間たちは」
第九戦。とどめの一撃。恵眞たちが放った画像は、先ほども使った、画像に文章をつける大喜利サイトからの転載だった。
猫。こっちを見ている。細かいブロック状の発泡スチロールが、大量に体中にくっついていて、床にもぽろぽろこぼれ落ちている。
『さようなら……わたしもプログラムに過ぎないの……』
「ぐふっ」と笑い声が漏れた。恵眞たちの隣に座っていた、敵のはずの客が、猫の画像に耐え切れなくなったのだ。佐伯も笑った。
「SFもののラストでこういう展開を見たことがある」
最後の集計で恵眞側は八割を越える票を得た。
PEN:
『勝ったよ、みんなあ!』
シチュー:
『しゅーりょー。ですね。思った以上に盛り上がりました。ネット界は広い。シチューの知らないネタがまだまだ転がっているんですね』
シチュー:
『さあ余興はこのくらいにしておきますか。約束した通り、『彼ら』とかつて仲間だった幻のメンバーについては、これ以上ここでは触れないことにしましょう。シチューの明日の振る舞いについては仕切り直しです。別な案を模索します。長い時間をとらせて申し訳ありませんが宜しければ引き続きシチューの長話にお付き合いください
亀山シチューが宣言したことによって、ケイはそれ以上の追及ができなかった。というよりも、彼女はいつのまにか掲示板のなかからいなくなっていた。
シチュー:
『仕方ないですね。ではtさん、議事をお願いできますか?』
t:
『え?』
シチュー:
『シチューの記憶違いでなければ、あなた議長をやりたいってさっき言ったじゃないですか』
「あれ、虎氏かわいそうかも」
「今夜は最後まで貧乏くじだなあの人。でも不来方たちが撤収するなら、うちらも静観するだけにさせてもらおう。もう一度気が変わって戻ってきたりしないよう見張りつつ。疲れたよ、まったく」
「デザート食べましょうよ、佐伯さん」
『世界の一番底』も、平穏を取り戻していた。
EP―1:
『任務完了。各自撤収せよ』
PEN:
『助かったよ、お師匠様』
EP―1:
『困った弟子だよ。いい加減一人前になって俺から巣立ってもらわないと。じゃあね』
あくまでも彼はそっけない。なので恵眞も、変に感傷的になることなく去ることが出来た。
PEN:
『うん』
PEN:
『バイバイ』
周囲のお客たちは気だるい表情で、ちらほらと帰り始めた。
成瀬が画面の中であたふたと場を仕切っている。(何故だ)という彼の心の声が伝わってきた。しかし彼の奮戦の甲斐あって、議事はあたりさわりの無い方向にまとまっていきそうだった。
追加の注文をして、それから二人は飲み物のお替わりをしに、軽い足取りでドリンクバーに向かった
そこでケイたちとすれ違った。恵眞はとりあえず会釈した。
「やられたわ」
ケイは忌々しげに言った。
「恐縮です」
「恵眞はどうせ馬鹿正直に向かってくるだけなんだろうと、勝手に決め付けてしまったけど、まさかあんな秘密兵器をあらかじめ準備していたなんてね。結構な人数がいたみたいじゃない。あれだけ使える手駒がいるんじゃ、今後は色々面倒なことになりそうだわ」
「どうですかね。おそらくですけど彼らは、わたしが助けを求めなかったから、助けてくれたんだと思うんですよね。もう次はないですよ。一度きりの魔法ってやつです。それとね」
恵眞は光のこもった眼差しでまっすぐケイを見据えた。
「あの子たちは手駒じゃない」
ケイは恵眞のその言葉には何の反応も見せずに、店から出て行った。佐伯とは目も合わせなかった。
「どうにかヤマをひとつ越えましたね、佐伯さん」
「うん、でも危険がゼロになったわけじゃないから、明日は駅前に出向いて警備しないとな」
「はい。明日は亀山シチューさんのご尊顔を拝見することができるかもしれませんね」
二人はそこで黙った。同じ疑問が同時に浮かんだからだった。
「亀山シチューって、結局どんな人物なんだろうな」
「うまくいえないんですが、どうも普通じゃない感じがします」
答えは出なかったが、それから二人は画面を横目にデザートを食し、満足してから帰路についた。
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