第30話 大反撃

 EP―1。


 カメラの型名だ。恵眞でも知っている。なぜなら彼女が愛用しているPENの正式な名称だから。


EP―1:

『貞子シリーズは、普段のすました顔とペアで見ることによって最大の破壊力を発揮するものだから、片方だけでは効果半減だよ』


 彼女のカメラ。


 誰かさんと同じカメラ。


EP―1:

『未熟者』


「……岩瀬くん?」


「ん? どうした恵眞」

「いえ、このEP―1って人なんですけど」


EP―1:

『いつものところに大至急来られたし』


「知ってる人?」

「はい、わたしの」


 いつものところ。それで彼女には分かった。あの子たちが良く雑談に使っていた掲示板があるのだ。


 厚いカーテンの向こう。温もり。懐かしい場所。


「お師匠様です」


 恵眞は大急ぎで、電気部の掲示板を目指した。


PEN:

『来た』


EP―1:

『これを使って』


 やっぱり岩瀬はいた。簡潔な言葉のうしろに画像ファイル。


 提出の締め切りまでもう一分を切っていた。


 恵眞はファイルの中身を確認せずに、亀山シチューに向けて送信した。


「大丈夫なの?」

「さあ? ある意味では信用できるけど、ある意味では誰よりも信用できない人ですから、もしかしたらとんでもない爆発物を送ってしまったかも」


 おそるおそる画像を開くと恵眞はぷっと噴き出した。


 アンパンマンとメロンパンナ。


 正義の味方らしからぬ、すごく腹黒い表情。その下には文章。


『何のために生まれて何をして生きるのか分からないまま終わらせてやる』


「何だこれ」

「画像にコメントをつけて、大喜利をするサイトがあるんです」


「へえ。面白いけど、勝手に借用して大丈夫なの?」

「このサイト自体が『著作権? 何それ? 食えるの?」ってスタンスですから、問題ないです」


 集計を待つ間に恵眞は改めて、掲示板上で岩瀬と話した。


EP―1:

『ようこそ。また君がこの『世界の一番底』に足を踏み入れる時が来ようとは』


 『世界の一番底』とは、この電気部掲示板の、とても自虐的な正式名である。


 岩瀬のほかにも、かつて恵眞が一緒にゲームをしたりアニメを見たりした薄暗い男の子たちからの、彼女の訪問を歓迎するメッセージが並んだ。


PEN:『みんな久しぶり。亀山シチューのページ、見てたんだ? 結構熱く取り乱したところを見られてしまったのかも』


EP―1:

『みんなで言ってた。十中八九、このPENってやつが君だろうなって。画像勝負で苦戦していたから助けようかどうか迷っていたんだけど、もし君じゃなかったらすごく恥ずかしいぞって躊躇しちゃってさ。ほら俺らって引っ込み思案だから?』


PEN:

『知ってる。だからもてないのよね』


EP―1:

『失礼な。でもさっきの『貞子に殺された人の顔』で確信した。ああ、こんな画像を即座に準備できる者は、七十億いる人類のなかで、奴しかいないってね』


PEN:

『そっちもなかなか失礼だぞ』


 シチューの掲示板で集計結果が表示された。恵眞の画像が55パーセントの得票。勝った。2勝4敗。


 反対側の壁にもたれて座るケイがこちらを見ていた。遠目からでも彼女が苛立っているのが分かった。そこに恵眞からのいちごパフェが届いて、ケイはパフェと恵眞を交互に見た。


 口が「美味しそう」と動くのがわかった。


EP―1:

『俺たちで画像集める。逆転させてあげるよ』


 恵眞が電気部たちとの会話が並ぶ画面を佐伯に見せた。


「いいですよね、佐伯さん。わたしあの子たちに賭けてみますね」

「俺の運命を電気部のオタクくんたちに託すか」

「嫌?」


k―r:

『一矢報いましたね。でももう決まりかなあ』

 

 ケイが第三者のふりをこの期に及んで未だにしつつ、勝利宣言ともいえる発言をした。


D90:

『確認しておきたいことがある。シチューさん。もし4対4までもつれた時はどうするの? デュースはありにする?』


シチュー:

『いえ。あくまで五勝した時点で、勝利ということにしましょう』


D90:

『了解』


k―r:

『そんな確認が必要だったのかな?』


D90:

『流れは変わったみたいだよ』


 打ち終わった佐伯は恵眞に向けてやさしく笑った。

「じゃ、宜しく頼むわ」


EP―1:

『さて、やるぞ。お前ら』


 岩瀬の呼びかけに、『世界の一番底』でときの声があがった。わざわざ述べるまでもなく、恵眞以外は全員男子。自分のノートパソコンでもその様子を見た佐伯は、そのテンションに少し引いていた。


 電気部員たちは『世界の一番底』に次々と画像をあげた。


 文章が滝のように流れ、どれがいいか迅速に品評していく。


 恵眞もそれに加わった。彼女のスマホでの文字入力は元々かなり速いがさらに速度が上がった。


「凄いな恵眞」

「これが、この子達とつるんでいた頃に要求されたレベルなんです。このハイペース懐かしい。脳みそがどんどん冴えていくみたい」


 そして決定した。


EP―1:

『よし、行け』


PEN:

『おう!』


 現在、恵眞たちの2勝4敗。


 第七戦。恵眞側の画像はただの面白画像ではなかった。風景なのだが、写真のネガを反転させたような色合い。画像の中心に赤い点。


 『赤い点を見つめ続けて』という一文が添えられている。いわれた通りに三十秒近く見つめる。すると、画面が切り替わった。


 フルカラー。鮮やかな景色。いや違う。


「あ、すげえ」

 佐伯が驚いた。色がついたと思ったが、見直すとそれは白黒の風景画像。

 

 目の錯覚なのだ。反転画像を見続けることにより、そのあとの白黒写真にきれいな色がついて見える。ケイ側の画像も面白かったが、目先を変えた分、恵眞側のほうがインパクトがあった。なので勝った。


「やった」

 これで3勝4敗。集計を待っている間にも第八戦に向けての審議が行われていた。


EP―1:

『全体の構成も考えなくちゃ。ここまでの両方の画像の流れから、次にどれを出せばいいか見定めるんだ。さっき向こうがやった山崎邦正の展開技は良かったけど、同じ手をやってもすべるだけだよ』


 更に、電気部員たちの行動はそれだけではなかった。

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