第29話 亀山シチューのお遊び

 謎のブロガー亀山シチューはゲームのルールを告げた。


シチュー:

『各々で『画像』をシチューに提出してください。あなたたちの持つとっておきの面白い画像、笑える画像をシチューに見せて、シチューをどうか笑わせてください。シチューはそれを皆さんの前に公表します。どっちがどっちの画像かは言いません。二枚ずつ提示しますのでどちらの画像がより面白いか、それを投票してください。どうですか?』


「佐伯さん?」

「乗るしかないだろうけど、いけるかい? 恵眞」


「わたしは今運命を感じています。わたしの素敵な画像集は、今日この時のためにあったんですね」


「勝とう恵眞。あの甘党女と金髪野郎をぎゃふんといわせてやるんだ」

「もちろんです。ちなみにわたしはTVゲームで負けたときに、本当に声に出してぎゃふんと言ったことがあります。いやまあそれはいいとして」


k―r:

『面白そうではありますね。でもシチューさん。これでは筋道の通っていて大勢の理解を得た、生かされるべき良い意見が、他の要素によって殺されるということが起こりませんか?』


シチュー:

『元々多数決とはそういうものですよ?』


t:

『やろう。画像は何枚送ればいい?』


シチュー:

『先に五勝した方が勝ちとしましょう。画像は一枚ずつ送ってください。ひとつの投票が終わったら、また次の画像を送っていただく流れで。期待していますよ。

 ではいまより五分以内に、一枚目の画像を送付してください』


 画面上ではtからの、本人のイメージとはかけ離れた、落ち着いた文章が、この状況に同意する旨を告げていた。


 それから、画像の送付をPENに委託することが各位に伝えられた。


 虎氏から恵眞に電話が来た。大声なので佐伯にもまる聞こえ。

「なんか俺だけ身元明かしちまって、一人で損してねーか?」

「あ、あなたは成瀬先生ですね」

 安積高校のミスターT。


「うるせー。俺は、そんな画像なんて持ってねーから助けられんからな。負けんじゃねーぞ」



 恵眞は嬉々としてスマホのページをめくり出した。


「佐伯さんは画像なんて無いですよね。ここはわたしに任せてください。手持ちの画像は、全てこの可愛いスマホに納められています」


 彼女は画像を選択すると、笑いをこらえながらスマホを佐伯に見せた。佐伯も笑いをこらえながら二回頷く。

「質が高い」


 隣に座る客が気にしていたが、恵眞はその人を流し目で見つめると人差し指を左右に振ってちっちっちと制した。


 反対側の壁にいるケイと宇佐美の様子を伺う。あっちの二人は、それぞれ小型のノートパソコンで参加していた。


「宇佐美くんが、面白い画像集を持っているとはちょっと思えないですよね」

「うん。でもな恵眞、男は誰でも自分だけの画像集を持っているものなんだ」


シチュー:

『画像が届きました。シチューが常用しているアップローダにあげます。リンクをここに貼りますから、みなさんはそれで見てください。投票までの時間は二分間とします』


 そのコメントの後すぐに、二つの画像リンクがチャット上に貼られた。①と②の番号が振られている。恵眞と佐伯はそれを開いた。


①には白いTシャツが映っていた。忍者ハットリくんの顔の柄。あの有名な、頭巾にどんぐり眼、ほっぺには大きな渦巻き。

その上に大きな文字で『パーマン』


「……ぷはあ。こらえた」

 恵眞が大きく息を吐きだした。これは敵方の画像だ。


「俺もセーフ。でも悪くないな。偽物ネタは安定して笑いが取れる」


 ②の画像を開くと、お笑いの山崎邦正が真顔でこっちをじっと見ている。

 怒っているでも、笑っているでもない。ただこっちをみている。

「うん、これはじわじわくる」

「何がおもしろいんだかよく分からないけど、何度見てもわたし笑っちゃうんですよ」


 二人は自分たちの②に投票した。集計が終わるまでしばらく待つ。周囲のお客たちもそれぞれの端末から投票しているようだった。


 画面上でのコメントを見ると両方ともなかなか受けている。


 誰かがぼそっと「勝ったろ」と呟いた。


シチュー:

『終了。早速一回戦の結果を発表します。画像の投稿者は、①がkiss、②がPENです。番号は毎回ランダムに変更します。

 

 円グラフが表示された。赤と青で分割されたグラフは、②が六割ほどの得票だった。


「よし」

 恵眞が小声の勝どきと共に拳を握り締めた。こっちの一勝。


 テーブル越しに二人の勝者がぱちんとハイタッチをすると、周囲の数名が舌打ちをした。


「舌打ちがハモるのなんてわたし初めて聞きました」

 恵眞が肩をすぼめる。

「余計な挑発はしないほうが良さそうだ」


「さ、どんどん行きますよ」

 彼女は楽しそうに次の画像を選択した。


 しかし、二戦目は落とす。


 PENはフィギュアスケートの、選手がスピンしている瞬間の画像。ありえないほど歪んでいる。


 kissは飛び込み競技の瞬間の画像だった。可愛そうなほど、つぶれている。


「うわ、かぶった」

 今回もPENが②の番号を振られていた。必然的に向こうの画像を先に見ることになったので、後出しの方が不利だったようだ。


「ちぇ。さあ、次だ次だ。でも意外ですね。思ったより敵さんのセンスがいい」


「いまの飛び込みの画像は、昔見せてもらったことがある」

「え、誰にですか?」

「涌井」

 CD屋に務める裏切り者。


「ふん、そういうことですか」


 ケイがこちらを見ていた。冷たい目だった。排除すべきものを眺める、ゴキブリでも見るような目。さげすみ。そこに競う相手への敬意は見られない。


 恵眞が指をぱちんと鳴らすと、ウェイターの女の子がやってきた。

「あちらの女性に、いちごパフェを」

「はあ」

 ウェイターは首をかしげながら去っていった。


 そして対決は続いた。苦戦だった。恵眞の厳選された宝石たちを持ってしても、両陣営の人数差を埋めることは容易でなく、三戦目、四戦目を連続して落とした。これでスコアは1対3


「まさか『おくりびとVSプレデター』が敗れるなんて」

 さっき持ってきたアイスティーのグラスは既に空で氷だけになっていたが、恵眞はそれを苛立ちと共にズゾゾーと吸い込んだ。


「次を落とすとマッチポイントか。まずいな」

「中立な参加者はわずかに増えているんですけどね。なのに七割も票を取られている」


 苦境でも、有効な対策を見出せないまま、次の締め切りがすぐにきてしまった。


 恵眞は変化球で勝負。


 ネット上で拾い集めたものではなく、携帯で撮り貯めた『貞子に殺された人の顔』。


 彼女は知人にこれをやってもらうのが大好きなのだ。コレクションを紐解けば、佐伯のものもあるし、成瀬もある。


 提出したのはシリーズの中でも最強の一品。あまりに原型を留めていないので、どこの誰かはわからない。


 一方、相手の画像は、こっちを見ている山崎邦正、と、それに凄い形相で切りかかるハリーポッター。


「あ、ずるい」

 最初に恵眞が出した画像からの展開系。


 これは効果があった。恵眞たちは敗れて、これで1勝4敗。


 頭を抱える二人。追い詰められた。


「覚悟を決めたほうがいいかもな」

 時は重く刻まれていく。第六戦の画像を選ばなくてはならなかったが、このまま続けてもひっくり返せるとは思えなかった。


 そのとき。


「これって」

 恵眞が参加者たちのコメントの、羅列のなかの一つに目を留めた。


 ハンドルネームは『EP―1』。

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