第4話 これはSNSが生まれた頃のはなし

 たいしたものではないと本人は謙遜するが。恵眞には技能が一つあった。高校生の時から彼女は自分のブログを開設していた。ミクシやツイッターの知識も一通り習得していて、フェイスブックにも手を出したことがある。インターネット上のコミュニケーションツールに同年代のなかではかなり精通しているほうなのだ。ブログの中身は、彼女が高校で所属していた剣舞委員会に関する内容がメインだった。


 会津若松市の東部に、飯盛山という小山がある。


 ここは幕末の会津戦争の際に白虎隊の少年たちが自刃した場所として有名で、いまでは彼らの墓地があり観光地となっている。そこで年二回、春と秋に墓前祭というものが執り行われ、そのときに袴姿で剣舞を奉納するというのが剣舞委員会の活動である。


 男子が中心だが女子部員が恵眞のほかにも数名いた。女子部員が踊れるのは学校祭などだけで、墓前祭は男子だけと決まっていた。


 もちろん本音を言えば、恵眞たち女子部員も墓前祭で踊ることにあこがれていたが、剣舞は見世物ではなく鎮魂の儀式なのだ。そこに時代の流れが介入する余地はなかった。


 今年も春の墓前祭がもうすぐなので、彼女は後輩たちの晴れ姿を見に帰るつもりだった。そして写真を撮って、ブログにアップするのだ。年配の卒業生で恵眞のブログを楽しみにしてくれているひともいて、前にメールでお礼を言われた時はうれしかった。


 パソコンの知識の出所は、恵眞が当時付き合っていた電気部(パソコン研究会のようなもの)の男の子だ。一つ年下で、紛うことなきオタクくんだったけど、優しい人だった。


 剣舞のときは見に来てくれて、自慢のデジタルカメラで恵眞たちを撮ってくれた。


 卒業の少し前に離れてしまったけれど、楽しい思い出にいつかは変わってくれると思う。


 今年は彼のカメラがあてにできないのだから、自分で写真を撮る必要がある。携帯のカメラでも何とかなるけど、どうせなら恵眞もちょっといい自分のカメラが欲しかった。


 ある夜恵眞は、ブログをちょちょいと更新してから、近所の美味しいお店を調べようと、『八山田』をキーワードに検索して回っていた。ネットサーフィンとは今ではもう誰も言わなくなっていたが、恵眞はその言葉を生み出したどこかの誰かのセンスに共感していた。単に情報を得ることが目的ではなく、日本中の、場合によっては世界中の人のおうちをたゆたう行為自体が恵眞は好きだった。


 恵眞の住むアパートは学校から自転車も五分もあれば着く場所にあった。


 間取りは一般的な六畳一間で、玄関と居間の間に台所が長細く置かれているタイプだ。そのとなりにはこぢんまりとしたユニットバス。


 居間の引き戸を開けるとエキゾチックで色鮮やかなすだれをくぐることになる。部屋の中にもインドっぽい小物等が日に日に増えている。


 大学に入学して晴れて自分だけのお城を手にするに至った今、その部屋を思い切り自分の趣味が染み渡ったものに作り変えるつもりだった。


 名前がどうしても覚えられないけれど美味しい、東南アジアのお茶を飲みながら、ノートパソコンのキーをたたく。


 短時間の間にやたら投稿が集中しているページを見つけた。


 郡山市内の話題について語っている場所のはずなのに、途中から話が脱線して、口論が始まりいつまでも本筋に戻れずにいた。


 投稿を繰り返しているのは二人。双方一分と間を置かず、文章を打ち込み続けている。


 お互いに画像のファイルを何点も添付していた。前後の文面に注意して、へんな代物ではなさそうなことを確認してから、恵眞はその中のひとつをクリックしてみた。


 これこそが、『あの四人組』の素顔なのだという。


*:出所の定かでない顔写真は何度も見たけど、これが本物ですよ。なんてったって、直接本人に許可を貰って撮ったんだから


 恵眞はそれを見てもふうん、としか感想を持つことができなかった。


 色鮮やかな野球帽を斜めにかぶったその男性は、年齢はおそらくちまたで言われている彼らの年齢と合致していて、服装は、その年齢にしてはそこそこおしゃれだった。


 垢抜けていて、業界の人だといわれればそう見えなくもないが、それだけの話だ。


 口論の相手からは恵眞が思ったことと同じ返しがあった。


*:出所が定かでないのはあんたも一緒だ


*:本人に撮らせてもらったといってるでしょ? ちゃんと読んでからいちゃもんをつけてね


*:君、少し気持ち悪いよ。それがなんの証拠になるっていうの?何が目的なの? 写真に写っているこの人に迷惑がかかるとか考えないの?


 といいつつも、写真に文句を言っている側の人も少し前の投稿にさかのぼると、同じように顔写真を載せていて、その際には、やっぱり、証拠のないまがい物として、叩かれていた。


 彼らはそんなやり取りを一時間続けていた。争いが始まる前は八山田の洋食店のことが話題に上っていて、恵眞としてはそちらの詳細の方がはるかに興味があったのだが、写真の見せ合いっこをする二人のせいで、その話題はすっかり隅の方においやられてしまっていた。


 恵眞は多少の憤りを覚えた。


 ネット上のケンカなどよくあることだ。注目を集めたくて、意図的にわからずやを演じているものが世の中には一杯いて、そういう寂しい人間は無視するのが一番なのだが、話が自分の近辺に関わることとあっては、ちょっと一言言ってやりたい気持ちになった。


*:あのですね。盛り上がっているところごめんなさい。そろそろやめてもらえないですかね


*:全くだ。人の話を頭から疑うなんて失礼な話だ


*:いえ自分は両方に言っているつもりなんですが。失礼なのはあなたも同じです


*:なぜ僕が失礼なんだろう


*:ここは郡山のタウン情報のようなものを話し合う場所です。


*:彼らの話は郡山の情報だ


*:ああ、言葉が足りませんでしたね。ここは町の情報を楽しく、話し合う場所です。いいですか? 楽しく、です。わたしの認識は間違っていないと思いますけどどうですかね。楽しくないんですよ。あなたたちの話は


*:やーい。怒られた

(これはケンカしていたもう片方のようだ)


*:あなたにも言っているんですから茶化すな。そういう話を一切するなと言っているんじゃありません。少しならば誰も不満はないだろうし、がっつりしたければ自分らで場所を設けて、そこで好きなだけすればいいんです。噂ばなしが好きな人だってたくさんいるから、きっと喜ばれるでしょう。みんなが他の話をしているところに、割りこまないで欲しいんです。人に言えるほどわたしはたいした人間ではありませんが、想像力って大事ですよ? あなた方には見えませんか、二人のことを遠巻きにしらけた視線で見つめているたくさんの人たちの姿が


 返答はしばらくなかったが、逃げたのかなと思っていたところにようやく来た。


*:俺、君の事を知っているかも。どこに住んでいる誰だか、知っているかも


 うわ、うわ、怖っ!


 恵眞は背筋が寒くなった。たちの悪い人間にうかつに関わってしまったかと後悔した。匿名性を活用して、普段はいえないような言動をぶちまけたり、誉められた行いではないけど、旗色が悪いと思ったらそそくさと逃走したりできるのがこういう場所なのに、万が一何かがきっかけで身元が割れてしまったら非常にまずい場合がある。


 なんだろう。恵眞は自分の行いを思い返した。どこかに自分の素性が分かってしまうようなヒントが埋まっていたのだろうか。そしてこの相手は恵眞も知っている人間なのだろうか。


 いや、何もない。少なくとも、郡山在住の原口恵眞(十八才)と判別できるような情報は何も漏らしていない。恵眞は恐る恐る返信した。


*:どこか他の掲示版であった?


 それならまだ可能性がある。文章に特徴があって、以前ネット上で会話したことがあったのかもしれない。最低限そんなものであってほしい。


 恵眞は自分のことを知っているといった相手からの返信を待ったが、それはいつまでたってもなかった。


 二日後にもう一度思い出して、その場所を覗いてみたら、すっかり元通り、秩序が取り戻された文章の羅列の中に、『無視は、優しさだよ?』という一文が混じっていた。


 意味は、考えても結論が出なかった。

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