第5章 会戦
第25話 始まる会議
佐伯と恵眞は一度それぞれの家に戻った。
八時半に恵眞が佐伯のマンションを訪ね、彼の車で近所のファミレスへと向かった。郡山北警察署の通り沿い。大きな薬局の向かい。
「おタバコはお吸いなられますか?」
「あ、はい」
二人を出迎えたアルバイトの店員に、佐伯が答えた。
店員の後をついて、奥のほうの禁煙席に向かった。喫煙者に対する迫害は年々増すばかりだが、このファミレスは喫煙席に比較的大きなスペースを割いていてくれる。透明なガラスで区切られたゾーンの壁際にあるテーブルに座った。
この席からだと店内が一望できる。
食事どきを少しはずした時間帯だったが、店内は混んでいた。
だんだんと食事組のお客たちが帰り、深夜をここでのんびり過ごす組が入れ替わりにやってくる。のんびり組みはこの付近の学生が中心だが、昼間にもよく見かける多人数のおばちゃんグループがこの時間帯にも出没することがある。
「ここに来る度に思うよ。世の中にはいろんな人間がいるってね」
椅子に座った佐伯が奥側の長いす席に座る恵眞に言った。
とりあえず腹ごしらえをする。さきほど案内してくれた店員に呼びボタンで来てもらう。
「わたし、シーフードピザのセット。ドリンクバー付きで」
「俺はね、さば味噌お膳。それとドリンクバー」
店員がメニューを復唱して去っていった。二人でドリンクのコーナーに向かい、佐伯はジャスミンティー、恵眞はコーラを氷とともにグラスへ注いだ。
食事が終わって、今度はホットコーヒーを二つ。二人ともブラック。まだ時間があったのでそれを飲んでのんびりしていたら、店員がやってきて空いた食器を片づけた。戻り際の「ごゆっくりどうぞ」は本音と建前が半分ずつであることを承知してはいても、いかんせん今日はここからが本番である。
佐伯はバッグからノートパソコンをとりだした。恵眞はスマホを操作して、目的のページを呼び出す。
恵眞がアイスコーヒーをストローで一気に飲み干した。その様子から彼女の緊張のギアが一つあがったことが読みとれた。
「不来方はなにかしら小細工を仕掛けてくると思う。でも惑わされないで。俺たちの目的はあくまで無難に明日のイベントを終わらせること。亀山シチューが生電話の権利を獲得できるよう仕向けるのがこれから始まる話し合いの主題だけど、はっきりいってそれが失敗しても俺たちには関係がない。悪い人ではないみたいだから、手助けできるならばしたいけれど」
佐伯の言葉に、恵眞は静かにうなずく。
今日の会議はネット上でチャット形式にて行われる。最初の一文が画面に流れた。
k―r:
『定刻になりましたので始めさせていただきます。僭越ながら司会進行はわたし、kーrがつとめさせていただきます』
「なに?」「え?」
佐伯と恵眞が同時に小さな声をあげた。そして互いに顔を見合す。
昨日までの事前の話し合いで、そんなことは一言も言っていなかった。てっきり亀山シチュー本人が進行をするものだとばかり思っていた。
恵眞が高速で文字を打ち出した。顔が既に怒っている。口の動きが読み取れた。
だ・れ・に・こ・と・わ・っ・て・あ・な・た・が・そ・ん・な・こ・と・を・し・や・が
しかしそれを送信する前に亀山シチューからの応答があった。
シチュー:
『みなさんこんばんは。シチューはいま予定通り福島県白河市にいます。郡山の南方四十キロの位置にある小さな城下町です。k―rさん今日はよろしくお願いします。シチューは小学校の学級会とかがすごく苦手なお子様だったので、まとめてもらえて非常に助かります』
「ええ? いいの?」
「昨日の夜の時点では進行役は間違いなく決まっていなかった。そのあとで個人的に交渉したな」
「先手、取られちゃいましたね」
佐伯は、チャットを行っているウインドウを縮小して、出来たスペースにもうひとつのページを開いた。そこには短いコメントがあった。
t:
『感じ悪りい』
「あーあ、成瀬さんが機嫌を損ねている」
「お、ちゃんと使いこなしていますね」
佐伯側の今夜の戦力数は八名。ファミレスの佐伯と恵眞のほかに『彼ら』の偽物を演じてくれた三人。ほかにも昔からの、おそらく信頼できる人間たちだ。全幅の信頼を寄せたくとも、おそらくとしか今となっては言えない。
彼らは各々の場所からこの話し合いに参加する。チーム内で意思の疎通を明確にするために、ネット上に別途自分たち用の掲示板を設けていた。
打ち合わせのときに恵眞は成瀬に「あなたのコードネーム的なものは虎で」と要請した。
「いやだよ」
「どうして? 『tiger』でも良いですが」
「本名でいいじゃねーか」
「いえ、僅かな混乱も防ぐ意味で、その名前で本会場の話し合いにも参加して欲しいところなので、仮の名前を設定してもらいます。わたしはPEN、佐伯さんがD90です。そしてあなたは虎」
「いやだ。なんだかいやだ。それにtoraって四文字打って変換する手間が面倒じゃねえかよ」
「あ、それは確かに」
そんな会話の末に、虎氏は『t』の一文字でいくことに決めた。
「ところどころ雑ですよね、虎氏」
「お前が虎虎うるさいから、ちょっとへそ曲げてんだよ」
「おや、かわいいこと」
亀山シチューからの二言目が発せられた。
シチュー:
『本当は最終的な多数決を取るだけにしたかったのですが、シチューが優柔不断なばかりに、予定がずれ込んでしまいました。案を二つか三つに絞るべき段階なのに、いまだ六つもあるという遅れぶり。なにとぞみなさまのお知恵を貸してください』
この人の謎は深まるばかりだ。一人称がシチューという不思議人間ぶり。ある程度パソコンを通しての会話を積み重ねてきたが、人間性はおろか、男か女かもいまだ定かではない。
「大した知恵など持ち合わせてはおりませんが、協力させていただきましょう」
恵眞が不敵さを漂わせつぶやき、同じ内容を送信した。どうしてそんなに偉そうなのか。
昨夜までの参加者たちから挨拶が一通り済んだところで、進行役に収まったk―rが状況の説明を始めた。画面の端に、現在の参加者総数が表示されている。昨夜同じ形式で話し合いをもったときには最大で三十五人だった。今夜はすでに六十四人。
「多い」
恵眞が眉をしかめた。それは不確定要素の増加を意味する。
「ブログで宣伝している奴がいたから、それで興味をもった人も来ているようだ」
「ご新規の人たちはケイさんの説明で状況を把握することになるわけですね。彼女の主観がたっぷり入った言葉で。やな感じがします」
k―r:
『いままでにない形式のイベントです。きっと何かが起こる。見たことのないものが見られる。それを期待してみなさんはここに集まってきているんですよね。さあ、知恵を絞りましょう』
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