第51話 絶望に降り立つ希望─ホープ─
──レグニカ城、食堂
「うわぁ……、ちょ、ちょっとこれは……」
「は、はわわ! 凄いねアッシュ! これ全部食べてもいいんだよね!」
オルレインが食事を用意してくれたということで、アッシュとユーネは王城の食堂に通されたのだが、あまりの豪華さにアッシュが言葉を失い、ユーネは「はわはわ」しながらもテンションを上げる。
高そうなクロスの敷かれたテーブルの上には肉や魚を使った様々な料理が並べられ、色とりどりのフルーツが花を添えていた。
料理長のフレデリックと名乗った人物が料理の説明をしてくれるが、見たことも聞いたこともない料理ばかり。
ちょうど今ユーネが手に持っている料理は「特上五本角雄牛フィレ肉のレグニカ風パイ包み焼き~季節のフルーツソースを添えて~」というもので、ユーネは口に入れた瞬間に目を見開き、飲み込んだ後で「ふあぁぁぁぁぁぁ」と変な声を出して幸せそうな顔をしていた。
なんだよ「特上五本角雄牛フィレ肉のレグニカ風パイ包み焼き~季節のフルーツソースを添えて~」って……
五回も料理名を聞き返しちゃったよ……
まあユーネは楽しそうだからいいけど……
オルレインのやつ……
いつもこんな豪華なものを食べてるのか……?
アッシュがそんなことを考えていると、オルレインが遅れて食堂に入ってきて、「どうだ? 楽しんでいるか?」と声をかけながらアッシュの対面の席へと座る。それに対してユーネが口に料理を含んだまま「ふごふご」と答え、オルレインが「そうか、それはよかった」と返事をした。
「え? オルレインはユーネが今なんて言ったか分かったのか?」
「いやまったく。だが顔は幸せそうなのでな」
そんな話をしながら二人がユーネを見ると、ユーネは「ふごご」と幸せそうに笑った。そうしてしばらくの楽しい食事会が進み、オルレインが「そうだ」と思い出したように口を開く。
「そう言えばグランヘルムには
「なんだそれ? 聞いたこともないけど……」
「なんでも青い瞳に金色の体毛をした狼で、かなり獰猛で危険だと聞いたが……」
「なんだかエルステッドみたいな魔物──」
そこまで言ったアッシュがハッとした表情になり、「それは誰に聞いたんだ!」と声を荒らげる。
「いや、先程グランヘルム領から使いの者が来てな、その
アッシュがオルレインの言葉を最後まで聞かず、「くそっ!!」と叫んで立ち上がる。それと同時、食堂の扉がバンッと大きな音を立てて開かれ、
「どうしたのだアッシュよ。あの男は先程話した使いの者だが……」
「違う!
「なんだと!?」
食堂へと入ってきた男は、グランヘルムでアッシュのステータス画面を確認した神官だ。その神官が何故かエルステッドと同じ柄の着物を身に纏い、グランヘルムの使いとして来ている。
「どういうことなのだアッシュよ!?」
「ビューネスだよ! ビューネスは僕を挑発してるんだ! 神官は聖属性!
アッシュが捲し立てるように叫んでいると、着物を着た神官の顔が醜く歪み、「楽しんでいるかしらぁ?」と不快な声を出す。声は神官の声なのだが、話し方はまるで──
「エルステッドをどうするつもりだビューネス!!」
「ええ? どうするってぇ……、綺麗な着物を真っ赤な血で染めようかと思ってぇ……、これは予行練習よぉ?」
ビューネスのような話し方で神官の男がそう言ったかと思うと、懐からダガーを取り出して自分の首筋を切り裂き、流れるような動きで心臓にも刃を突き立てる。首筋から噴水のように血を吹き出し、その場に倒れ込む神官の男。
あまりの事態に喉が張り裂けんばかりの叫び声をユーネが上げる。アッシュは急いで倒れた神官の男に駆け寄るが、すでに事切れていた。
くそ……
まだリザレクションは覚えていないし助けられない……
そもそも聖者に戻ればビューネスに操られてしまう……
ふざけやがって……
「ビューネスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
感情も露わにアッシュが叫んだ。だがそれを嘲笑うかのように、事態は悪い方へと転がっていく。食堂に慌てた様子の騎士が駆け込み、「た、大変です! レグニカ領内に多数の侵入者が入り込んで暴れています! お、おそらくグランヘルムからの刺客です!」と叫び、「と、とにかく来てくださいオルレイン様!」と食堂の外へと出て行った。
それを聞いたオルレインが「グランヘルムからの刺客だと!?」と声を上げ、騎士を追いかけるように駆け出した。アッシュもショックで震えるユーネを抱きかかえ、その後を追いかける。そうしてレグニカ城の入口から外に出たところで、アッシュの目に飛び込んできたのは──
「なんだよこれ……」
レグニカの城下町の至る所で
「くそっ! ビューネスだ! ビューネスが操っているんだ!」
おそらくビューネスがグランヘルムの聖属性の者を操っているのだろうが、だが待てよ──とアッシュは思う。
どういうことだ……?
これはさすがに数が多過ぎる……
もしかしてビューネスは他者に聖属性を付与出来るのか……?
それによくよく考えたらおかしい……
こんな集団でレグニカの関所を……?
それならここまで侵入される前に気付けるだろうし……
そもそもグランヘルムからレグニカまでの距離を考えたら、やっぱりタイミングがおかしい……
聖属性を付与した上で転送的なことが出来る……とかか?
とりあえず……
アッシュが魔人の力を最大解放し、レグニカのほぼ全域を魔人の目で捕捉。そうして侵入者のステータス画面を確認して絶望する。全ての侵入者の職業名の横に、「騎士/聖」や「術士/聖」のように、
なんだよこれ……
見たこともない表記だ……
やっぱりこれって聖属性を付与出来るってことだよな……
しかも……
ステータス画面の異変は聖属性の追加だけではなかった。騎士や術士は中位職なのだが、中位職は頑張ってレベルを上げても基本的にはステータスがA止まりであり、Sになることはほとんどない。それなのにも関わらず、
つまりビューネスは、
くそっ!
どうする!?
このままだとレグニカが大変なことになる!
かといってエルステッドもおそらくピンチだ!
もしかすればグランヘルムだって同じような状況になっているかもしれない!
どうすれば……
どうすれば……
どうしようもない現実に、アッシュが頭を抱える。もはや事態は手詰まりであり、出来ることと言えば
「……ってそんなこと出来るわけないじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アッシュが絶望の叫びを上げる。ホープが言っていたアッシュを構成する魂の一つである「ラグナス」は、己の目的のために大量虐殺を行ったと聞いた。だがそんなことは自分には出来ないと、アッシュが膝から崩れ落ちて嗚咽する。そんな中──
まるでガラスにヒビが入るかのようにビキビキと空が割れ、割れ目からは黒い霧が溢れ出す。
そうして割れ目からはズガンッ!! と
気付けばアッシュはホープに駆け寄って肩を掴み、「助けてくれホープ!」と叫んでいた。
「ちっ、
「こりゃさすがに数が多すぎんだろ」と、再びホープが頭をガシガシと掻きむしる。
「おいラグナス、こことグランヘルムだっけか? は俺が何とかするからよぉ、おめぇはエルステなんちゃらを助けに行け」
「この状況をなんとか出来るのか!?」
「ああ、まあ何とか出来んだろ。俺だって罪のねぇ奴がむちゃくちゃされてんのは腹が立つしよ、とりあえず誰も殺さずに何とかしてやるよ」
完全に詰みの状況でのホープの力強い言葉。アッシュにはホープが何をしようとしているのかは分からないが、だがホープは信じていい相手だとアッシュの魂が感じている。気付けばアッシュはホープを抱きしめ、「ありがとう」と涙を流していた。
「ちっ、気持ち悪ぃ。とにかく早く行け、こっちなら大丈夫だからよぉ」
「ありがとう……、この恩は絶対に忘れない」
「あぁそれとよ、とりあえず今おめぇが戦ってる相手の情報だ。ランナの分析によりゃあビューネスだっけか? は『無属性の人間へ聖属性を付与』『聖属性の人間を強化』『聖属性の人間を操る』『聖属性の人間の周囲数キロメートル圏内を遠隔から観察』『聖属性の人間の周囲数キロメートル圏内まで転移』『聖属性の人間を任意の場所へ転移』くれぇしか能力がねぇみてぇだぜ? それに加えて聖属性の付与は一日に出来る付与数上限がある。今回の
謎に包まれていたビューネスの能力がホープによって明かされ、再びアッシュが「ありがとう。本当に助かるよ……」と言ってホープを抱きしめた。そうしてそのまま魔人の力を全開放。震えるユーネを抱きしめて漆黒の翼で飛び上がり、エルステッドがいるタリア村方面へと流星の如く向かった。
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