第12話 大戦斧の少年


「本当に寝てからじゃなくて平気か? せっかくシェーレが簡易テントを持ってきてくれたんだし……」

「全然眠くないから平気!」


 ステータス画面変更から間もなくして、シェーレがこれからの旅に必要だろうからと、組み立て式の簡易テントを持ってきてくれた。

 アッシュは「ひとまずテントで一眠りしてから出発しよう」とユーネに提案したのだが──


「アッシュー! 早く行こうよー!」


 ユーネの機嫌がすこぶるいい。たまにステータス画面を出してニコニコしている。やはり幼くなっているようで、シェーレも「思ったよりユーネ様には時間がないのかもしれないわ」と言っていた。

 そう、


 ユーネ本人もそのことに気付いているようで、気付いた上で明るく振舞っていたようだ。ユーネはビューネスが分離してから徐々に弱っていた。そうして時間を巻き戻す力を何度か使い、それに加えて人の姿──実体化するのにかなりの力を使い、


 以前であれば翼を出して飛ぶことや、女神の力を行使して戦うことも出来たらしいが、今は何も出来なくなっている。アッシュと話すために実体化した際、がしたそうだ。


 もしかすればユーネは、。つまり、──ということになるのだろうか。

 シェーレはもう少しユーネの状態を確認するために、朝まで一緒に過ごそうか迷っていたが、「とりあえず色々と情報が欲しいから、私は蔵書を読み漁ってみるわ」と孤児院へ戻った。


 早くビューネスを倒さなければと思うアッシュだったが、かといって今すぐビューネスと戦えるかと言われればそれは難しい。とにかく今はレベルを上げ、魔人の力を使いこなすことに努めなければならない。

 アッシュは明るく元気に振る舞うユーネを見て、心が苦しくなる。



 もし僕が時間を巻き戻す前に魔人の力を使っていたら……

 ユーネがここまで弱ることも……

 みんなを殺してしまうこともなかったんじゃないか……


 

 と、後悔が押し寄せる。そうして先を歩くユーネに視線を向けると──

 俯いてぷるぷると震えていた。やはり明るく振舞ってはいるが、不安で不安でたまらないのだろう。


「大丈夫かユーネ……?」


 アッシュがそう声をかけると、ユーネが震えたまま振り返る。手はワンピースのスカートをキュッと抑え──


「あ、あのねアッシュ……」

「どうした? ってどうしたも何も……やっぱり不安だよな」

「う、ううん。違うの……」

「違う?」

「う、うん。あのね……」


 そう言ってユーネが顔を赤らめてもじもじし、「お、おしっこ……」と恥ずかしそうに呟いた。


「はぁ?」

「だ、だからおしっこ! 漏れそうなの!」

「いやいやそんなこと言われても……その辺でするしかないだろ?」

「や、やっぱりそうだよね……冒険者ってみんなそうしてるもんね……」

「恥ずかしいのか? いや、そもそもいつもはどうしてたんだ?」

「精神体の時はご飯もいらないし水分も取らないから……じ、実体化したからだね……」

「ってことは実体化してから水分取ったのか?」

「う、うん……アッシュを待ってる間にレムの実をちょっと……」


 そう言ってユーネがもじもじしながら「いい香りがしたからつい……」と言って「えへへ」と笑う。

 

「今のユーネは戦えないしな……。僕から離れて魔物に襲われても困る。そこの岩場の陰でしてこれるか?」


 アッシュが岩場を指差すが、ユーネが恥ずかしそうに俯いて動こうとしない。


「早くしないと漏らすぞ?」

「で、でも……」

「でも?」

「アッシュには魔人の目があるから……全部見えちゃうんでしょ……?」

「ぼ、僕が覗くってことか!? さすがにそんなことはしないよ! 岩場の陰に行ったら魔人の目は解除するって!」

「本当に? 信じていい?」

「な、なんで疑ってるんだよ!」

「だって……私はずっとアッシュのこと見てきたじゃない?」

「あ、ああそうだな」

「アッシュは本当に優しくて、聖者だなぁって感じだけど……」

「感じだけど?」

「……え、えっちなことにも興味あるよね? みんなの前では聖者らしく振舞ってたけど……えっちなことに興味あるのも知ってるよ……?」

「ぐぅ……」



 そうだった……

 時間を巻き戻す前の二年間、ユーネは僕を見てたってことだもんな……

 いったい何を見たんだ……?

 あれか……?

 あれのことか?



 アッシュが自身の過去を振り返る。そう、これまで色々あった。実は時間を巻き戻す前の二年間で、シェーレやニーナと色々あった。なんなら冒険者ギルドの受け付けのお姉さんとも色々あった。


「絶対に見ない……?」

「み、見るわけないだろ! と、とりあえずちょっと待っててくれ!」


 そう言ってアッシュが口笛を吹き、グレイを呼び出す。そうしてシェーレから渡された便箋に「ユーネがおしっこを漏らしそう。そっちに向かわせるから迎えに来てくれ」としたため、グレイを送り出した。


「とりあえずシェーレに迎えに来てもらうように頼んだから、ユーネはタリア村まで向かってくれ。シェーレと合流するまでは魔人の目で魔物がいないか見てるけど、合流したらすぐに解除する。それにタリア村のトイレなら魔人の目の効果範囲外だ」

「わ、分かった! も、漏れそうだから急いで行ってくるね!」


 ユーネが慌てて駆け出す。おそらく本当に漏らしそうなのだろう。

 だがここでアッシュは嘘をいた。である。

 ロックパンサーと戦う前までは、確かに効果範囲外だったのだが──

 レベルが上がり、魔人の目の効果範囲が広がった。もはやあられもない姿で眠るニーナや、パンツ一丁でいびきをかくアランの姿まで捕捉している。そうしてシェーレの元にグレイが辿り着き、手紙を読んで大きなため息をく姿も。

 このまま魔人の目を解除しなければ──

 と、アッシュがよこしまな逡巡をする。


 そう、アッシュは優しく正しい性格ではあるのだが──

 少しムッツリなのだ。


 「はぁはぁ」と息を切らしながら走るユーネ──

 タリア村へと向かう下り坂でシェーレと合流し──

 「しょうがない女神様ですね」とため息を吐いたシェーレ──


 そう、今のアッシュは魔人の耳を習得し、魔人の目で捕捉した相手の声や周囲の音を拾える。


 タリア村の外れにあるトイレへ向かう二人──

 何故か仲良さそうに手を繋ぎ──

 「ギィ……」とトイレの扉を開け──

 「しゅるしゅる」と衣擦れの音が聞こえ──


「くそっ! 見てはダメだと分かっているのに見てしまう!!」


 そうアッシュが叫んだと同時──


 


 そう、。まるでガラスにヒビが入るかのようにビキビキと空が割れ、割れ目からは黒い霧が溢れ出す。

 そうして割れ目からはズガンッ!! とが地面へ向けて落下。落下地点にはもうもうと砂煙が立ち込める。


 急な出来事にアッシュが呆然としていると、砂煙の中から一人の少年が姿を現す。黒髪の短髪に鋭い切れ長の目。動きやすそうな黒い革鎧レザーアーマーを身に纏い、ギチギチに鍛え上げられた肉体の少年だ。

 手には己の身長よりも大きい両刃の斧、大戦斧だいせんぷを握り──


「とりあえずぅ……飛んどけやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 少年はアッシュを見るなりそう叫び、問答無用で大戦斧だいせんぷの一閃をアッシュに向けて放つ。すかさずアッシュが魔人の爪を伸ばして攻撃を防ぐが──

 ガッギィンッ! と凄まじい衝撃音を響かせて吹き飛ばされ、地面を転がる。


 耐え難い激痛。腕が千切れ飛んだのではないかと思う程に痛み、意識が遠のく。吹き飛ばされた衝撃で背中を地面に叩き付けられ、背骨が粉砕されたかのような痛みも襲う。

 



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