第13話 UNKNOWN
朧気な意識の中、アッシュが大戦斧の少年を見る。少年は苛立ったように頭をガシガシと掻きむしり、辺りを見渡していた。
「ちっ、なんだよこの世界はよぉ。なんかゲームみてぇじゃねぇか?」
そう言って大戦斧の少年が空を見上げ、「やっぱランナもそう思うか?」「あぁん? 時間がねぇだぁ?」と、何者かと会話しているように見える。
そうこうしている間に、アッシュの痛みの増幅による痛みが和らいできた。
「ぐうぅ……いきなりなんなんだよ君は……」
アッシュがふらふらと立ち上がり、大戦斧の少年に問いかける。正直見覚えがないし、知らない少年だ。だが誰かに似ている気はする。
「あぁん? 俺の名前かぁ? 俺の名前はホープってんだ」
アッシュが「ホープ……」と呟いて考え込むが、
勘違いで殺されそうになったのであれば、たまったものではない。
「……人違いじゃないか? 申し訳ないんだけど僕は君を知らない」
そこまで言ったアッシュがハッとした顔になり、「いやちょっと待てよ……、アランに似てる……か?」と呟く。
そう、髪の色や瞳の色は違うが、
「ちっ、やっぱアランさんのこと知ってるってこたぁ……」
ホープが大戦斧を構え、ギチギチと全身に力を漲らせる。体からは爆発するように黒い霧が溢れ出し、瞳が
「構えろや、
「ラグナス? 君は何を言ってるんだ? 僕の名前はアッシュ。ラグナスなんて知らな──」
アッシュが言い切る前に、ホープがズガンッ! と地面を蹴りつけて突撃。大戦斧による問答無用の致死の一閃。
ギィンッ! と甲高い音がして、ホープの大戦斧の一閃をアッシュが防ぐ。今度は両手の魔人の爪を交差させ、なんとか攻撃を防いだ。だがやはり凄まじい衝撃で、腕の骨がへし折れたのではないかという痛み。
「はんっ! 俺の絶対領域がおめぇの魂がラグナスだって叫んでんだ! 他にも変な魂が混ざってやがるがよぉっ!」
凄まじい力でギリギリとアッシュが押される。
「人の話を聞かない奴だな!
アッシュが瞬影を発動。体が陽炎のように揺らめいて黒い霧が滲む。それと同時──
アッシュの姿が消え去り、ホープの体に無数の斬撃が発生して血を吹き出す。
気付けばアッシュはホープの背後に立っていた。その状態で鋭く伸びた魔人の爪を、ホープの首筋にヒタリと添える。
「なんなんだよ君は……。とりあえずステータスを見させてもらう」
アッシュが魔人の目でホープのステータス画面を見る。魔人の目は「ステータス画面を見たい」と考えながら対象を捕捉するだけで、自動でステータス画面を確認することが出来る。
【名 前】ホープ
【職 業】UNKNOWN
【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅
【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅
【レベル】UNKNOWN
【体 力】∞
【魔 力】∞
【攻撃力】UNKNOWN
【防御力】UNKNOWN
【知 力】UNKNOWN
【素早さ】UNKNOWN
・術技
UNKNOWN
・加護
UNKNOWN
「なんだよこれ。全然情報が分から……がはっ!!」
ステータス画面を見つめて困惑するアッシュの隙をつき、ホープがアッシュの腹部を殴りつけて距離をとる。
「戦闘中に隙を見せるたぁ随分余裕だな、ラグナス」
「だから僕はラグナスじゃないって言ってるだろ! 話を聞いてくれよ!!」
そんなアッシュの言葉を聞かず、ホープが大戦斧を構える。その姿を見たアッシュも「やるしかないのか?」と、身構えた。
しばしの静寂が訪れる。
ホープからは凄まじいプレッシャーが漏れだし、空気が張り詰める。
「ちっ、もしかして記憶がねぇとかかぁ? だけどよ、そんなん関係ねぇんだ。責任も取らずに逃げやがってよぉ。そんなんで許されると思うか? おめぇに理由があるのも聞いた。仕方がねぇってことも知った」
ホープが語るほどに、体から滲み出す黒い霧の勢いが増していく。
「……けどよ、それが逃げていい理由になると思うか? 俺ぁ責任も取らずに逃げる奴が嫌いなんだ。何勝手に幕ぅ引いてやがんだ? せめてよぉ……俺のお袋や親父ぃ……迷惑かけた奴らに償ってからだろぉが!! なぁにが
ホープが叫ぶと同時、体からは黒い霧が爆発するように溢れ出す。溢れ出した黒い霧は燃えるようにゆらゆらと揺らめき、熱くはないはずなのだが、周囲の景色を歪める。
殺される──
そうアッシュは思った。それほどにホープは常軌を逸していた。ビューネスがかわいく思えるほどに、目の前の大戦斧を構えた少年は禍々しく見える。
そうしてホープがアッシュに向けて突撃しようとしたところで──
「ちっ」と舌打ちして構えを解き、頭をガシガシと掻きむしる。
「どうやら時間切れみてぇだ。とりあえずまた来るからよぉ、そん時は本気で俺と戦え……って悪かったよランナ。やっぱ我慢出来なかった。あぁん? とりあえず説教だぁ? ちっ……」
ホープが空を見上げて何者かと会話し、そのまま体が黒い霧となって霧散した。
「な、なんだったんだよ今のは……」
アッシュがその場にへたり込む。ホープは時間切れだと言っていたが、おそらくあのまま戦っていたら殺されていたはずだ。聖者の加護によって日に一度は死亡を回避出来るし、全ての攻撃を防ぐ女神の盾も日に一度は使用出来る。だが──
たぶんあのまま戦ってたら殺されたよな……
くそ……
全然意味が分からない……
ホープが言った
ただ、ホープは「また来る」と言っていた。ビューネスとの戦いにも備えなければならないし、これは大変なことになったなと、アッシュが頭を抱える。
「アッシュー! 凄い音したけど何かあったのー!!」
そんな中、ユーネが元気いっぱいに走って戻ってきた。そこに少し遅れてシェーレも到着し、「凄い音がしたけれど……何かあった?」とアッシュに問いかける。
「いやそれが……」
アッシュがいまさっき現れたホープのことや、自分が「ラグナス」と呼ばれたことなどを二人に話す。
「アランに似たUNKNOWNの少年ホープ……白銀の英雄ラグナス……。全然意味が分からないわね。ユーネ様はホープやラグナスという人物に心当たりはありますか?」
「ううん。聞いたことないかな」
「アッシュも分からないのよね?」
「ああ、全く。なんで殺されそうになったのか検討もつかない」
誰一人として覚えのないホープやラグナスという存在。そんな状況に「でも何かが起きているのは確実よね」と、シェーレが唇に指を当てて考え込む。
「……ダメだわ。全く検討がつかない。とりあえずビューネス以外にも考えることが増えたってことね。こっちで色々と調べてみるけれど、アッシュも何か分かったらグレイを使って連絡して」
「了解。ひとまず優先すべきはビューネスだよな」
「そうね。ユーネ様がこのままなのか……これ以上弱体化が進むのかは分からないけれど、おそらくビューネスを倒すことで解決する問題だとは思うから──」
話しながらアッシュとシェーレがユーネに視線を向ける。
一番不安なのは弱体化し、徐々に幼くなっているユーネ本人のはずだ。
そんな二人の心配を知ってか知らずか──
ユーネはこっそり服に隠し持っていたレムの実に、満面の笑みで齧り付いていた。
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