第14話 新たな術技


 ──街道から外れた道


「アッシュー! 早く行こうよー!」


 デジャブだろうか? ユーネがステータス画面を見てはニコニコし、すこぶる機嫌がいい。無邪気にアッシュの前を走り、スカートがヒラヒラと揺れ──



 あと少しで見えそうだ……

 いや、それよりあの短いワンピースで空を飛んだりしてたってことか……?

 飛んでるとこ見てみたいな……



 アッシュが暖かく邪な視線でユーネを見守る。


「アッシュー! 早くってばー! アッシュは聖女の私と契約してるんだから言うこと聞いてよねー!」


 ユーネと出会って一日、とても懐かれたものだなとアッシュが思う。時間を巻き戻す前の二年間、ずっとアッシュを見ていたから親近感がある──とユーネは言っていたが……

 それにしてもである。

 まるで本当に昔からの知り合いだったようにユーネは接しており、気付けばアッシュもそんなように接していた。


「急ぐのはいいけどさ、目的地は分かってるのか?」

「わ、分かってるもん!」


 そう言ってユーネが考え込み、「……どこだっけ?」と首を傾げる。ユーネの元の知力が∞だというのが信じ難い。Eくらいの間違いじゃないか? とアッシュは思ったが、おそらくこれも弱体化の影響なのだろう。


「聖都グランヘルムだよ。冒険者ギルドに登録するために向かってるの忘れたか? しっかりしてくれよ女神様」

「ご、ごめんね?」


 ユーネが申し訳なさそうに「えへへ」と笑う。これが無理をしての笑顔なのか、弱体化による幼児化での無邪気さなのかは分からないが──

 アッシュはそんなユーネをかわいいと思うと同時に、守ってやりたいなと思う。


「シェーレも言ってただろ? 正直ビューネスの出方は分からない。今戦っても勝てないだろうし、出来るだけレベルを上げたい。それでどうせレベル上げするなら、冒険者ギルドで困っている人を助けようってことになったんじゃないか」

「シェーレが言ってたならそうした方がいいね!」

「あれ? シェーレとバッチバチじゃなかったか?」

「シェーレがトイレに付き合ってくれた時に『アッシュをお願いしますね』って! 仕方ないから頼まれてあげたの!」


 そう言って満足気にうんうんと頷くユーネ。


「グランヘルムまで普通に歩けば二ヶ月以上、寝ずに歩いても一ヶ月はかかる。寝ずになんて無理だからな。どこかで音馬おんば雷馬らいばでも買えればいいんだけど……お金がない。時間を巻き戻す前も貧乏旅から始まったことを思い出すよ」


 この世界の馬は、速さの順に「馬」「音馬おんば」「雷馬らいば」といる。馬は「馬」の時点で魔物であり、襲歩しゅうほと呼ばれる全力の疾走を魔力を消費して休みなく行うことが出来る。平均時速はおよそ四十キロメートル毎時。音馬は馬の二倍、雷馬は馬の五倍程の速度で走ることが出来る。


 魔力が枯渇したとしても、休ませればすぐに回復する。さらにどの馬も走る際には魔力を消費する特殊な力で空気抵抗を軽減して走る。それによって騎乗している人間も空気抵抗を受けずに済む。


「……だからとりあえず道すがら魔物を倒してレベルを上げて、素材を売ってお金にする。寄りたいところもあるし、しばらくは魔物退治だ。グランヘルムに向かうのはそれからだけど、音馬……出来れば雷馬を手に入れたらすぐだ」


 アッシュ達のとりあえずの目的地はグランヘルムにある冒険者ギルド。時間を巻き戻す前に世界を旅していたので、地理は分かっている。冒険者ギルドには様々な依頼があって、討伐系の依頼が多い。その中にはビューネスが強化したのかは不明だが、従来より明らかに強い魔物に困っているという依頼もある。


 そういった依頼の討伐対象を倒していけばレベル上げも捗るだろう。問題は時間を巻き戻す前は、聖者として冒険者ギルドを訪れたという点だ。

 アッシュはこの世界の最上位職である聖者であったため、すぐに高難易度の依頼を受けることが出来た。


 だが今は聖者ではなく魔人。ステータス画面には魔徒と表記されているし、信用されるどころか追い出されかねない。

 ユーネの聖女という詐欺職を信じて貰えれば、ワンチャン何とかなる気はするが──


 だがアッシュはそこまで重くは考えていなかった。何故なら冒険者ギルドの受付嬢のお姉さん──ベルジュとは、ちょっとえっちなことをした仲。性格は把握しているし、何よりベルジュはアッシュの顔がタイプで一目惚れをしていた。



 元気してるかなベルジュ……

 今回も一目惚れしてくれれば楽だけど……

 そうなるとまた……



 アッシュがベルジュとの色々を思い出し、「あれは凄かったな……」と真剣な表情で呟いてしまう。


「あれは凄かった? なんのこと?」

「い、いや! なんでもないよ!」

「なんでもないならいいけど……ちょっと顔が赤いよ? 熱でもある?」


 そう言ってユーネがアッシュに近付き、額に触れる。ひんやりとしたユーネの手は気持ちよく、だが顔が近い。距離感がバグっているのだろうか……

 背伸びをしたユーネの唇が触れそうだ。


「ば、ばか! 近いってユーネ!」


 そうアッシュに言われ、ユーネが頬を赤らめて「ご、ごめん!」と離れる。そんな中、アッシュの魔人の目の効果範囲内に魔物の姿を捉える。


「またパンサーだ。二匹いるな。ユーネは下がっててくれ」

「連戦だけどだいじょうぶ……?」

「パンサーくらいなら何匹でもだいじょうぶかな」


 魔人の目でパンサー二匹の姿を捕捉。四足歩行にしたユーネくらいのサイズ感で、正面の茂みからこちらに向かっている。

 ロックパンサーとは違って弱い魔物であり、一撃入れれば倒せる。


 アッシュが魔人の爪をダガーくらいに伸ばす。



 まだだ……

 もう少し引き付けてから……

 今だ!



瞬影しゅんえいっ!」


 アッシュの左腕に走る鈍い痛み。それと同時、体が陽炎のように揺らめいて黒い霧を滲ませる。直後──

 パンサーの片方を魔人の爪で切り裂き、瞬時に背後に回るアッシュ。一撃で倒したが、残りの一匹が爪で襲いかかる。


流水りゅうすいっ!」


 左腕の鈍い痛みと共に、アッシュの手に黒い霧が発生。パンサーの爪による攻撃を体ごと受け流し、顔面から地面に激突させる。

 すかさず魔人の爪をショートソードくらいに伸ばし、胴体を真っ二つに両断。

 余裕の勝利である。


 魔人の目と瞬影は相性がよく、ほぼ確実に先制攻撃ができる。流水のおかげで次も動きやすく、魔物の数が多くなければ苦戦することなどなさそうだ。


「すごいねアッシュ!」

「いや、これはシェーレのおかげだよ。時間を巻き戻す前も、シェーレには色んな場面で助けられたしね」

「確かにシェーレは凄かったよね。シェーレが攻撃を受けてるところ見た事がないし……何者なんだろうね?」


 そう、シェーレは圧倒的だった。

 防御力を捨てたノースリーブの黒いタイトロングドレスを身に纏い、短剣や長弓、その他様々な武器種を網羅し、類まれな運動神経と分析力から繰り出される多彩な術技で敵を封殺。


「もしかすれば最上位職の僕より強かったのかもしれない。それにどんな難局でも仲間を見捨てない頼れるやつだ。ただ一つ心配なのは……仲間の為なら自己犠牲も厭わない性格なとこかな」

「なんだか女神様みたいだね。私なんかよりよっぽど……」


 そう言ってユーネが項垂れたので、「僕の女神様はユーネだけだよ」とアッシュが優しく微笑む。


「そ、そう? ありがとうアッシュ」


 そう言って「えへへ」と笑うユーネ。ちょろい女神様だが、その笑顔にアッシュの心が撃ち抜かれる。


「それにしてもパンサーだと何匹倒してもレベルが上がらないな。ここまでで倒したのは何匹だっけ?」

「三十匹くらい?」


 パンサーの変異種であるロックパンサーは、一匹倒すだけでかなりレベルが上がったが──


 これはどうしたものかとアッシュが考えているところで、魔人の目にパンサーではない魔物の姿を捕捉する。


「ようやく現れたぞユーネ。ニードルラットだ」

「シェーレが言ってた魔物?」


 魔人の目で捕捉した魔物はニードルラット。身体中が長い針に覆われたネズミのような姿の魔物。ラットという名前の割に体は大きく、ユーネが丸まったくらいのサイズ感。


 実はこの辺りで覚えておいた方がいい術技を使用する魔物を、事前にシェーレから教えて貰っていた。その魔物がニードルラットだ。


「気を付けてねアッシュ……」

「了解。でもニードルラットなら戦ったことがあるし、たぶん大丈夫だ。まさかニードルラットの技を覚えることになるとは思わなかったけど……」



 確か攻撃範囲は僕の腕を伸ばしたくらいだったはず……

 一撃で倒さないで弱らせるんだよな……

 魔人の爪を短めにして……



 アッシュがぶつぶつと呟きながら、魔人の目で捕捉中のニードルラットに近付いていく。そうして瞬影の発動可能距離まで移動し──


「瞬影」


 瞬影を発動。

 黒い霧を滲ませながら陽炎のように体が揺らめき、ニードルラットの横っ腹を切り裂いて瞬時に背後へと移動。

 魔人の爪を短くしたおかげか、一撃では死なずにニードルラットが弱る。


 続いて背後に回ったアッシュが、バックステップで腕二本分程の距離をニードルラットから取る。バックステップをしたことでステータスは下がるが、問題はない。



 この位置なら大丈夫なはずだ……

 怖がらずに腕を伸ばして……



 アッシュがニードルラットに向けて腕を伸ばし、手のひらを向ける。すると弱ったニードルラットの全身の針が淡く光り、勢いよく立ち上がった。立ち上がった針はアッシュの手のひらに僅かに刺さり──

 

「痛った! これでこんなに痛いとか直撃したら痛みで気が狂うって……」



『記憶しますか?』 YES/NO



 現れたおなじみの画面のYESにアッシュが触れ、左の手のひらが燃えるように熱くなる。



『ペインニードルを記憶しました』



 技を覚えたと同時、アッシュがニードルラットにとどめを刺す。





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