第15話 夜営


「覚えた術技の詳細を先に見たかったんだけど……」


 ニードルラットを倒すと同時、魔人の目で五匹の群れたパンサーの姿を捕捉。アッシュが「まだそのまま動かないで」とユーネに伝える。


「わ、分かった。でも五匹もだいじょうぶ?」

「まあ見ててくれ。シェーレに教えて貰った無双コンボを試してみる」



 ちょうどよく集まってるな……

 これならまとめて……

 まずは中心の一匹を……



 アッシュが心の中で動きを確認しながら、魔人の爪をダガーくらいに伸ばす。


「瞬影!」


 瞬影の発動と同時、アッシュの体が陽炎のように揺らめいて黒い霧を滲ませ、パンサーの群れ──

 中心の一匹を切り裂き、瞬時に背後に回る。


「ペインニードル!」


 すかさず先程覚えたペインニードルを発動し、左の手のひらに刺すような痛みが走る。

 それと同時、アッシュの体からは黒い霧が滲み出し──


 ブン──

 ブブブブブン──


 極小の魔法陣がアッシュの全身に無数に現れる。そうして魔法陣全てからいびつゆがんだ漆黒の針が出現。

 現れた漆黒の針が群れるパンサー達の体を容赦なく貫き、抉る。リーチはかなり長く、アッシュの腕三本分はある。

 凶悪なコンボの誕生である。

 瞬影によって魔物の群れの中心へと瞬時に移動し、そこから繰り出される回避不能、絶対死の禍々しき漆黒の針。


「す、凄い威力だな。これならレベル上げもはかどりそうだ。シェーレに感謝だよ」

「すごいよアッシュ! これなら魔物の数が多くても安心だね!」


 ユーネが駆け寄って右手を上げ、ハイタッチで連戦を締めた。


「あれ? そういえば今のハイタッチは痛くなかったな」

「攻撃じゃないからとか?」

「うーん。痛みの増幅も色々と検証してみないとな……って何してるんだよユーネ」


 見ればユーネがアッシュの指を噛んでいた。真剣な表情でガジガジと噛みつき、「こりぇはいひゃくにゃい?」と涎を垂らす。


「痛くないな。敵意のあるなしが関係してるとか?」

「ぷは……『必殺! 噛みつき攻撃!』とか覚えなかった?」

「術技じゃないんだから覚えるわけないだろ?」

「それもそっかぁ」

「ははは。ユーネは本当に無邪気だなぁ」


 アッシュは冷静に答えたが、内心焦っていた。変態ではないつもりだが、噛まれて変な気分になってしまう。やはりユーネは距離感がバグっている。



 このかわいさでこの距離感はキツいって……

 これから耐えられるのか僕は……

 え……?

 そういえば夜になったらテントで一緒に寝るってことだよな……

 暗くなってきたしそろそろテントイベントが……

 くそ……



「我慢出来るのか僕は……」


 アッシュの本音が口から漏れ出てしまう。


「ん? 我慢ってなんのこと?」

「ああいや! 痛みの増幅のことだよ! そ、それよりペインニードルの詳細を見ないとな!」

「何を焦ってるの? 変なアッシュー」


 そう言って無邪気に顔を近付けるユーネにアッシュがたじろぐが──


 とりあえずペインニードルの詳細を出す。ちなみにステータス画面を出す際に、出したい項目を絞ることも出来る。

 


 ペインニードル/体から無数の光る針を出して攻撃



 単純な能力だが強い。

 魔人の力で強化され、範囲も威力もバカみたいに上がっていた。もはやペインニードルだけで近接戦闘は無敵なのでは──と感じるほどに強力だ。


「どんどん強くなるね!」

「でも通常の魔物だとなかなかレベルが上がらないな」

「魔人はレベルが上がりにくいのかな?」

「職業によって差があるからなぁ」


 アッシュはそこまで言うと、「それよりユーネ……」と真剣な表情になる。


「急に真剣な顔してどうしたの?」

「い、いや……暗くなってきたし、今日はそろそろテントで休まないか?」


 そう、避けては通れないテントイベント。シェーレから渡された簡易テントは広くはなく、体が密着することだろう。

 だが……

 寝ないわけにはいかない。

 体を休ませるためにも、休憩や睡眠は必要だ。

 ユーネは弱体化しているし、きちんと休ませるのが保護者の務め。



 そう、これはユーネのためなんだ……

 ユーネの体を休ませるためにも必要なことなんだ……

 でももしかすれば……

 逆に疲れることになるかもしれないな……



 邪な考えがアッシュの脳裏をよぎる。


「アッシュも連戦で疲れてるだろうし……」


 再びユーネの顔が近付き、「そうしよっか!」と満面の笑みを見せる。あまりにも純粋で悪意のないユーネの笑顔に、アッシュの心が痛む。


「魔人の目で警戒しておくし、魔物にいきなり襲われるってこともないだろうな」

「アッシュがいれば安心だね! でもずっと魔人の力を使ってるけど、疲れない?」

「全然。それよりユーネもしばらく歩き続けたから疲れただろ? 足痛くないか?」

「ちょっと疲れたけど……、だいじょうぶ!」


 ユーネはそこまで言うと、「えへへ」と嬉しそうに笑う。


「何笑ってるんだ? 疲れておかしくなったか?」

「ち、違う! アッシュは優しいなーって思ってたのに台無しだよ!」

「アメばっかりじゃつまらないだろ?」

「私はアメだけがいいの!」



 本当に幼くなったな……

 かわいいけど……



 ユーネを見ていてアッシュが改めて実感する。口調のせいだろうか、なんだか見た目も幼くなったような気がする。


 ただ今の明るく無邪気なユーネの雰囲気に、アッシュは救われてもいた。今でも時間を巻き戻す前の惨劇を思い出し、吐きそうになる。そんな時、ユーネの笑顔を見ると心が落ち着く。

 出会った当初の女神様らしい雰囲気も好きだったが、今のユーネの雰囲気の方が好きだなとアッシュは思う。


「ありがとうユーネ」

「い、いきなりどうしたの?」

「どうもしないけど……ユーネはそのままでいてくれよ?」

「変なのー」


 しばらく和やかに談笑しながら歩き、開けた場所に出る。見通しがよく、テントを張るにはちょうどよさそうな場所だ。


 とりあえずアッシュが簡易テントをそつなく組み立てる。組み立ててみれば、やはり二人で寝るには体を密着させなければならないくらいの広さ。

 おそらくそんなことは一切考えていないユーネが、早速テントの中に入って寝転ぶ。


「ねぇねぇアッシュー。テントの中に何か貼ってあったよ!」



 うわうわ!

 パンツ見えそうだって!



 と邪なことを考えていたアッシュに、ユーネがテントの中に貼ってあったという紙を見せる。そこには──


『私のテントで変なことをしない』


 とシェーレの字で力強く書いてあった。


「あいつ……」

「変なことって何かな?」


 ユーネがアッシュに体を密着させ、不思議そうに問いかける。


「な、なんだろうな?」

「うーん。これはミステリーだねぇ。シェーレがわざわざメモを残すってことは大事なことなはず……」


 そう言ってユーネがアッシュに腕を絡ませ、「アッシュは分かる?」と顔を近付ける。なんだかアッシュの腕には柔らかいものが当たり、「ねぇねぇ分かる?」とぐりぐり押し付けられる。



 ちょっと待てちょっと待て……

 これは本当に我慢出来ないって……

 でもだめだ……

 弱ったユーネを僕は守るんだ……

 そう……

 僕の心は聖者だ!



「さ、さあ? 遊んでないで早く休めってことなんじゃないかな?」

「そんなことまで考えてくれてるんだ! さすがシェーレだね!」



 ぐぅ……

 なんていい子なんだよこの子は……

 自分の心が薄汚れて感じる……

 はっ!

 もしかして僕は心まで魔人化しているんじゃ……

 だめだだめだ!

 と、とりあえず今日はユーネだけでも休ませよう……



「……じゃ、じゃあ僕は外で見張ってるからユーネは休んでな」

「え? アッシュは入らないの? なんで?」

「いや、見張りは必要だろ? ユーネは弱ってて戦えないんだから、見張りは僕がするよ」

「え? だってテントの中からでも魔人の目で見張りは出来るでしょ?」

「ぐぅ……」


 純粋な瞳でじっとアッシュを見つめるユーネ。「なんで?」と首を傾げる姿がたまらなくかわいい。



 うわぁ……

 逃げ道を封じられてしまった……

 え……?

 いいのか……?

 本当にこのままユーネとテントに入っていいのか……?



「もう! いいからこっち来て! アッシュも疲れてるんだから!」


 葛藤もむなしく、アッシュがテントの中へと引き摺り込まれる。テントの中は狭く、ゼロ距離にユーネの顔。ユーネはその宝石のように輝く銀色の瞳でアッシュを見つめ、柔らかく微笑みながら「アッシュ……」と呟き──


「おやすみなさい。ちゃんと起こしてね……」


 そう言って一瞬で眠ってしまった。



 そりゃ疲れてただろうな……

 ユーネは明るく振舞ってるけど……

 ずっと一人で勝ち目のない戦いを続けて……

 それでも諦めずに戦い続けて……



 何度も絶望したであろうユーネ。自分はどんどんと弱っていき──

 

「すごいな……ユーネは……」

「……んん……なに……が……」


 寝ぼけながらもにょもにょと答えるユーネ。


「起こしちゃったか? なんでもないからゆっくり休むんだよ」

「……はぁい……」


 ユーネが子供のように丸まって寝息をたてる。アッシュが背中をさすると、幸せそうな顔でむにゃむにゃと口を動かした。

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