第56話 game of the golden goddess


 訳も分からずにバッドエンドを迎えた一周目。時間を巻き戻した二週目こそはバッドエンドを回避しようとやれることをやってきたアッシュだったが──

 自分の腕の中で「怖いよアッシュ……」と震えるユーネに、「大丈夫だから……」と力無く答えることしか出来ない。

 上手くやっていたつもりだった。順調にレベルを上げ、ステータスを大幅上昇させる術も身に付け、これであればビューネスと戦うことも可能だと思っていた。

 だが──

 ここに来てホープが言っていた『無属性の人間へ聖属性を付与』『聖属性の人間を強化』『聖属性の人間を操る』『聖属性の人間の周囲数キロメートル圏内を遠隔から観察』『聖属性の人間の周囲数キロメートル圏内まで転移』『聖属性の人間を任意の場所へ転移』というビューネスの能力を思い出す。

 そう、これらの能力を勘案すると、ということだ。もちろんそれはということであり、つまりビューネスは、ことになる。それこそ戯れにお告げを使って介入し、のだ。



 くそ……

 最初からこっちは詰んでいたんだ……

 希望があるように見せて、実はすでに終わっていた……

 バッドエンドを回避したと思ってたけど……

 

 それを僕は馬鹿みたいに……



 そんな絶望的な状況に打ちひしがれるアッシュの頭の中に、ザザッという耳障りな音と共に、『まずいわラグナス!!』と、ノイズ混じりの緊迫したランナの叫び声が響いた。


『よく聞いてラグナス!     ──』


 そこまででザザッ! と一際大きなノイズがアッシュの頭の中で響き、唐突にランナとの交信は途絶えた。絶望的な状況へ追い打ちをかけるようなランナの言葉。状況はまったく分からないが、ということだろう。それはつまり、レグニカにはオルレインしかおらず、そこへビューネスに操られたアランと一万人以上の聖属性の人間がいるということ。もしエルステッドが回復してレグニカに向かったとしても、もはやどうしようもない状況。解決するには──

 

 



 はは……

 なんだよそれ……

 もう完全に終わった……

 僕に出来ることはなんだ……?

 このままビューネスに殺されるだけか……?

 いや……

 ビューネスは絶対に倒さなければならない……

 でもそれはつまり……

 シェーレやニーナを見捨てて……

 いや……

 ビューネスに操られた罪のない人達全てを見捨ててビューネスを倒すってことだ……



 ホープが言っていたビューネスの。それを考えれば、今現在操られている人達を見捨てることでビューネスとは戦えるし、勝機も僅かにある。だが──


「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 アッシュの悔しさが滲んだ叫びが響く。頭では理解しているが、。そもそもビューネスは姿を現さずに一方的にこちらを蹂躙できる。ビューネスの性格を考えれば姿を現す可能性もあるが──

 もし仮に姿を現したとしても、やはりアッシュにはシェーレやニーナ、そして多くの操られた人達を見捨てることなど出来そうもない。だがそうすればビューネスは倒せないし──と、アッシュの頭の中で思考が堂々巡りする。そんな中──

 この場にまるで似つかわしくない音楽が、突然なんの前触れもなく響き渡った。まるで英雄の凱旋のようなファンファーレだ。

 そうして地面が光に包まれ、光の中からは豪華な衣装を身に纏った音楽隊が、行進しながらゆっくりと現れた。


「ああくそ……最後の最後までふざけやがってビューネス……」


 そう呟いたアッシュの眼前には、まるで音楽隊を指揮するような動きで楽しそうに笑っているビューネスの姿。その姿は眩い光に包まれ、まるで芸術的な絵画のようにさえ見える神々しさ。


「はーい。音楽はそのままでぇー……ぜんたぁーい、止まれぇー」


 ビューネスの緊張感のない合図でファンファーレはそのままに、音楽隊の行進がピタリと止まる。


「ビューネス……」

「あらあらぁー。そんな暗い顔してどうしたのかしらぁ? もしかして仲間を皆殺しにしたことでも思い出して暗くなってるのぉ? でも気持ちよかったでしょぉ? あなたの硬ぁいモノを仲間の肉に捩じ込んでぇ……ふふ」


 ビューネスがその場でふわりと回る。とても優雅で柔らかな動き。事情を知らない者からすれば、それだけで魅入られてしまうほどに美しい。


「ではでは改めましてぇ……魔王? うーん……女神? うーん……何か私にぴったりな呼び方はないかしらぁ?」


 そう言ってビューネスが唇に指を当て、考え込むような動作で「うーん」と唸る。そうして「あっ! いい名前を思いついたわぁっ!」と嬉しそうにはしゃぎ、「改めましてぇ……、聖天使ビューネスよぉー。よろしくねぇー?」と、楽しそうにくるくる回った。


「くそ……、何がしたいんだお前は!!」

「えぇ? 楽しいことがしたいだけよぉ。まだまだ私のゲームは続くからぁ……、途中で離脱は許さないわよぉ?」


 ビューネスはそう言うと目の前に手をかざした。すると再び地面が光り輝き、光の中からシェーレとニーナが姿を現す。二人はまるで人形のように微動だにせず、その場に佇んでいる。


「二人が来るまでもう少し時間がかかると思ったぁ? ふふふ、残念ねぇ?」


 そう、ビューネスは二人をいつでも転移させることが出来たのだろうが、苦悩するアッシュを眺めて楽しんでいたのだろう。


「ふふ、本当はいつでもすぐに操れたしぃ、色々と出来たのよぉ? それこそ時間を巻き戻してすぐでもよかったんだけどぉ、頑張るアッシュを見るのが楽しくてぇ。ふふ、ではではまずはニーナちゃーん?」


 ビューネスの掛け声でニーナの顔に表情が戻り、「アッシュ! 体が! 体が自由に動かないの! 助けて!」と叫んだ。そうしてゆっくりと服を脱ぎ始め、「やだ! やだやだ! み、見ないでアッシュ!」と叫びながら自身の体を慰め始める。その間もニーナは「やだぁ! やだよ! やだ!」と泣き叫び──

 次いでビューネスが「次はシェーレちゃんよぉ?」と楽しそうに笑う。

 命令を受けたシェーレも服を脱ぎ始め、ニーナを押し倒し──




「くそっ……、やめろ……、やめてくれよビューネス!」


 そんな叫ぶことしか許されないアッシュの目の前で、大切な仲間が操られ──

 体を──

 心を──

 ズタズタに陵辱されている。


 ニーナは「嫌だ嫌だ」と泣き叫び、シェーレは「ごめんなさい……、ごめんなさいニーナ」と言いながらも、ニーナの体を辱める。

 アッシュの腕の中で震えるユーネも、「こんなの……、こんなのひど過ぎるよ……」と泣きじゃくる。



 くそ……

 どうする……?

 一撃でビューネスを倒せればいいんだけど……

 もし仮に仕留められなければシェーレとニーナが……

 


 そんなアッシュの考えを察したのだろうか、ビューネスが次なる動きに出る。自身の周りに音楽隊をぐるりと配置し、「この子達は私が操っている人間よ?」と、アッシュに釘を刺す。これによってアッシュの動きは完全に封じられた。もちろん、全てを見捨ててビューネスに攻撃を仕掛けるという手は残されているが──

 そんな中、「うーん、あんまりは楽しくないわねぇ? やっぱり女の子同士だからかしらぁ?」と、ビューネスが不満げに呟いた。それと同時、音楽隊から一人の男が歩み出る。歩み出た男はゆっくりとアッシュに向けて歩を進め──


「やっぱりは男女のペアじゃないと楽しくないわよねぇ? あなたもそう思うでしょ?」

「ふざけるなっ!!」

「ふふ、そうやって叫ぶしか出来ないなんて可愛いわねぇ? とりあえず? ああ、もし抵抗なんてしたらすぐにシェーレやニーナを殺すわ」


 ビューネスがそう言うと、アッシュに歩み寄っていた音楽隊の男がユーネの腕を掴む。ユーネは「嫌だぁっ!」と泣き叫び、アッシュもユーネを離さないように力強く抱きしめるが──

 ビューネスの「今すぐ離さないとぉ……、分かっているわよねぇ?」という言葉で、アッシュの腕からは力が抜ける。


「ふふ、いい子ねぇ? それじゃあ……、今からゲームをしましょうか?」

「ゲームだと……?」

「ええそうよぉ。それじゃあシェーレちゃん? ニーナちゃん?」


 ビューネスがそう言うと、シェーレとニーナがビューネスから剣を受け取り、アッシュの元まで歩み寄る。


「その剣は防御貫通効果の付与された剣よぉ? グランヘルムの宝物庫にあったから頂いたのぉ。今からその剣でシェーレちゃんとニーナちゃんにぃ、順番に。それであなたが声を漏らす度にぃ、この出来損ないのオリジナルの服を一枚ずつ破いていくのぉ。服をぜーんぶ破き終わったらぁ……ふふ、今度は音楽隊の男達に順番に犯して貰うのぉ! どう? 楽しそうなゲームでしょぉ? あなたが声さえ漏らさなければぁ……、誰も傷付かない優しいゲームよぉ?」

「くそ……、ふざけるなよビューネスッ!!」

「あはぁ? さっきから同じようなことしか言えないのねぇ? そんなあなたぁ……、とっても可愛いわぁっ!! あはっ! あはははははははははははははははははははははは──」


 ビューネスが心の底から楽しそうに笑う。そうして剣を握りしめたニーナがアッシュに近付き、「やだぁっ! やめて! やめてよ!」と叫びながら──


 アッシュの脇腹に剣を突き立て、貫いた。





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