第27話 エルステッド・グランヘルム 1


 ──グランヘルム城、謁見の間


「それで……アッシュはこれからどうするつもりだ?」


 手合わせからそれほど時を置かず、アッシュはグランヘルム城の謁見の間へと通された。フランクに語りかけてくるエルステッドだが、周囲には刺すような視線を投げかける臣下の姿。中には臨戦態勢の騎士もいて、居心地は最高に悪い。



 ああくそ……

 これ以上エルステッドといたらバレるって……

 え……?

 もしここでバレたら処刑……か?



 謁見の間はそれほど華美な装飾は施されておらず、代わりに壁面に散りばめられたステンドグラスから注ぐ光りが、温かに景色を飾り立てる。

 天井は通常の建造物よりもかなり高い位置にあり、白を基調とした空間を支えるように太い柱が何本も立つ。

 柱には天高く登る聖龍が彫り込まれ、玉座の前まで金糸で縁取られた赤い絨毯が、入口からまっすぐと伸びる。



 とりあえず無難に対応しておくか……



「そうですね。しばらくはグランヘルムに滞在して冒険者ギルドで依頼を受け、困っている人達を助けたいと思っております」

「おお! いい心掛けだ! しばらくは滞在するんだな? これで手合わせがいつでも出来る!」

「ははは……」



 まずいぞ……

 この流れは非常にまずい……

 


「宿などはどうするつもりだ? 良かったらこの城に滞在してもいいんだぞ?」

「エルステッド様のご厚意は有難いのですが、自分達で何とかしようと思います。ユーネ様もそれでよろしいですか?」

「ええ。私も修行中の身。苦難があればこそです」


 本当は城に滞在させて貰えるのなら、金銭面でもそれに越したことはない。だがそういう訳にはいかない。エルステッドと長くいれば色々とバレるだろうし、訪れるであろう手合わせ地獄も回避したい。


 何よりも臣下達の目だ。エルステッドは好意的な態度を示しているが、臣下達はそうではない。警戒態勢を解かず、鋭い視線をアッシュやユーネに向ける。


「そうか、それは残念だ……」


 そう呟いたエルステッドが「だがそれはそうとアッシュ……」と、神妙な面持ちでアッシュを見る。



 なんだ……?

 ここから本題か……?



「私のことはエルステッドと呼んで普通に話せ。ユーネもだ」



 そんなことを神妙な顔で話すな!

 くそ!

 完全にエルステッドのペースだ!



「そんな無礼なことはできません」

「嫌なのか? 私達は友人ではないのか?」


 そういえば──と、前に同じやり取りをしたことをアッシュが思い出す。確か呼び捨てにして普通に話すまで、このやり取りが続いた気がする。



 ああもう面倒だ!



「分かったよエルステッド。これからは普通に話す。不敬とか言うなよ?」

「ははは! さっそくか! 気に入ったぞアッシュ! ユーネも普通にしてくれてかまわないからな? なんだか無理をしているようで見ていられん」



 え?

 やっぱり何かに気付いてるのか……?

 もうダメだ……

 エルステッドの真意が分からない……

 だけどエルステッドが敵意を向けていないのは分かる。

 ここは言われた通りにした方がいいよな……



「エルステッド。周りの人達を下げられないか? ユーネが緊張してしまって萎縮している。お告げの声のことを気にして、あまり声を聞かれたくないみたいだしな」

「おお、それは気が付かなくてすまなかったな。みな外に出てくれ! この者は私の友人だ! 警備もいらん!」


 エルステッドのその言葉に「聖王様それはさすがに……」と、臣下達がザワつく。


「さすがになんだ? 私の友人がなにかするとでも? 

「かしこまりました……」


 臣下達が恨めしい視線をアッシュ達に向けながら、ぞろぞろと謁見の間から出ていく。本来であれば誰かが何としても止める案件だろうが──


 エルステッドはグランヘルム最大武力。何人なんぴとたりとも折ることの叶わない、聖都を守護せし聖剣の如き男。このグランヘルムで「」とエルステッドが言えば、



 ほんと強引だよなぁ……

 まあだけど……



 エルステッドはこんな性格だが、民や臣下からの信頼が厚いのも確かだ。どこまでも真っ直ぐで純粋。やり方は強引ではあるが、エルステッドのおかげでグランヘルムは平和でいられる。


「下がらせたぞ。これでいいか?」

「ありがとうエルステッド。ユーネも普通にしていいぞ」


 アッシュのその言葉に、ユーネが「普通にしていいの?」と目をキラキラさせる。


「いつも通りでだいじょうぶだ。エルステッドも普通にしろって言ってるだろ?」

「あー! よかった! 息が詰まって窒息するかと思った! よろしくねエルステッド!」

「ははっ! なんだかユーネは子供みたいだな! 聖女という職業を授かって『聖女らしくいよう』と無理をしているように見えたのでな。演技は疲れるだろう?」



 おいおい鋭すぎるだろエルステッド……

 え?

 これ本当にバレてないのか……?



「うん! えへへ、エルステッドはなんでもお見通しなんだねぇ」

「人を見る目には自信があるのでな。二人はまだ時間はあるか? 少し酒でも飲もうじゃないか」

「また酒か? 何回付き合わせるんだよ。エルステッドは昔から変わらな──」


 アッシュがハッとした表情で言葉を止める。完全にやってしまった。今回エルステッドに会うのは初めてだ。これはまずいことになった──とアッシュがユーネを見ると、ユーネが「はわわ」と焦っている。


「アッシュ! そんなこと言ったら時間を巻き戻したことがバレちゃ──はっ! ち、違うの! これは違うのエルステッド! はわわわわわわ……」


 ユーネも面白いくらいにやってしまう。焦りすぎて「これは大変なことをしてしもた……あかん……これはあかん……」と、謎の口調で呟いている。


「ほう……まるで私に会ったことがあるような口ぶりだな? どういうことか説明出来るか? 答え如何によっては──」


 エルステッドが玉座から立ち上がり、カチャリと剣に手をかける。一瞬で周囲の空気は重いものとなり、その紫がかった菫青石アイオライトのような碧眼がアッシュを見据える。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る