第28話 エルステッド・グランヘルム 2


 エルステッドの身を刻むかのような視線が突き刺さり、ずしゃり──と一歩、アッシュに向けて足を踏み出す。


 これはやるしかないのか──とアッシュが構えたところで、「……というのは冗談だ」と言ってエルステッドが微笑み、「何かあるのは分かっていたさ。話せないか?」と、穏やかな口調でアッシュに問いかける。

 ここまできたら話すしかないのだろうが、アッシュが逡巡する。


「大丈夫だ。私は人を見る目には自信がある。私を信じろ」

 


 ああ……

 こいつのの説得力は凄いよな……

 よし……

 エルステッドを信じてみるか……



「じゃあエルステッド。今から話すのは本当のことだ。嘘偽りなく話す」

「目を見れば分かる。安心して話せ」

「じゃあ──」


 そこから酒を酌み交わしながら全てを話した。エルステッドは玉座から降りて床に胡座をかき、時間を巻き戻す前のように友人のように話した。


 時間を巻き戻したこと──

 魔王の正体──

 ユーネの正体──

 そして魔王……ビューネスには、聖属性の職業では絶対に勝てないこと──


 エルステッドは黙って全てを聞いてくれた。正直信じられないだろうな──とアッシュは思うが、エルステッドは疑う素振りもみせずに「そうか」「大変だったな」「そんなことに──」と、真剣に話を聞く。


「アッシュ。話してくれて感謝する」

「信じてくれるのか……?」

「嘘なのか? 安心して話せと言っただろうが」

「ありがとうエルステッド……、お前は本当に変わらないな」

「アッシュだけが覚えているのは気に食わないが……前も友人だったんだな?」

「ああ。一緒に酒も飲んだし、手合わせもしょっちゅうだ。まあ僕が全部勝ったけどな」

「んなっ! ……だがいつか私が勝つ! どうせなら今からやるか?」

「エルステッドは酒に弱いだろ? ふらふらしてるじゃないか。飲んだあとの手合わせは毎回勝負にならなかったぞ?」

「ぐっ……では手合わせはまたにしよう」

「そうしてくれ。ユーネを起こすのもかわいそうだしな」


 アッシュがユーネをちらりと見る。ユーネはエルステッドに酒を勧められて一口飲んでから、気持ちよさそうにアッシュの膝枕で爆睡している。アッシュが「おつかれ、ユーネ」と、頬をぷにぷにしてみるが、起きそうにない。


「それよりエルステッド、お願いがあるんだ」

「ユーネのことだろう?」

「どれだけ察しがいいんだよお前は……」

「だいじょうぶだ。誰にも言わない。誰にも言えないと言った方がいいか。正直な話で言えば、みなみな信じてはくれないだろう。今現在、何も出来ないユーネを女神だと言ったところで説得力は皆無だ。むしろ混乱を招いてしまうだろうし、場合によっては余計な争いを生むかもしれん」

「話が早くて助かるよ。それともう一つ、エルステッド自身のことでお願いがある」

「聖騎士のことだろう?」

「だ、だからなんでそんなに察しがいいんだよ……」

「それならばだいじょぶだ。私と友人だったのであれば覚えていないか?」


 エルステッドにそう言われ、アッシュがハッとする。


「そうか! そうだった! 確か元は──」

「修羅だ。攻撃特化で壊すだけしか能のない、捨て身の無属性上位職。王に相応しくないと陰で云われ、色々と大変だったな。なので王に相応しい力が欲しくて気合いで聖騎士になった」

「ははっ! お前は気合いでなんでもやる奴だったな! 不安材料が一つ消えてほっとしたよ! さすがエルステッド!」


 アッシュが思わずエルステッドに抱きつく。


「おいおい。私にはそんな趣味はないんだが……」

「ごめんごめん。嬉しくてついな」

「それより……だ」


 エルステッドが真剣な表情に変わる。


「ユーネのことでまだ話したいことがあるんじゃないのか?」

「本当になんでもお見通しだな」

「いや、なんとなくそう思うだけで、別に確証がある訳ではない」

「実はあまり時間がないかもしれないんだ。このままだとユーネが消えてしまうかもしれない」

「なにか兆候でもあるのか?」

「色々覚えていないんだ。記憶にムラがあると言えばいいのか……最初はユーネもそれに気付いてたっぽいんだけど、今は忘れたこと自体に気付いていない場面が増えた。正直見た目も出会った時より幼くなってるし……なんでユーネがこんな目に……」


 ユーネの今までの頑張りや絶望を考え、アッシュが言葉に詰まる。


「それでエルステッドに頼みがある」

「……できることは全てしよう。言ってみろ」

「冒険者ギルドで最高難易度の依頼を受けられるようにして欲しい。なるべく早くレベルを上げたい。地道に最低難易度からやってる時間はないんだ」

「そんなことか。一緒に来いと言われるかと思ったぞ?」


 そう言ってエルステッドが「少し待っていろ」と言って玉座の間から立ち去り、しばらくしてから手に何かを握りしめて戻ってきた。


「これを持っていけ。これがあればこの聖都で従わない者はいない」


 そう言ってエルステッドが十字架のネックレスをアッシュに渡す。十字架の中心にはエルステッドの瞳のような菫青石アイオライトが輝き、白銀の龍が巻き付いている。


「エルステッド……お前これ……」


 ネックレスを受け取ったアッシュが、絶妙に微妙な表情でエルステッドを見る。そんなアッシュをエルステッドが満足そうに眺め──


「そうだ! 私とお揃いだ!」


 そう言ってエルステッドも、胸元から誇らしげに同じネックレスを取り出した。


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