第29話 仲間のために【シェーレサイド】


 ──タリア南の洞窟


 タリア村から南に進んだ海岸沿いの洞窟。長大な洞窟であり、中は迷路のように入り組んでいる。奥に進むほど強力な魔物が棲息し、だがレベル上げにはちょうどいい場所だ。今現在、シェーレやアラン、ニーナはこの洞窟でレベル上げに励んでいた。もちろん聖属性ではない職業を獲得するためでもある。



 アッシュは順調に進んでるみたいね。

 こっちも頑張らないといけないわ。



 グレイが届けてくれたアッシュからの手紙に、シェーレが目を通す。



 でも「こっちはアッシュと二人で仲良くやってるから心配しないで下さい」って言葉はいるのかしら?

 ユーネ様は旅行気分なのね。

 しょうがない女神様だわ。



 そう言いつつもシェーレの顔は穏やかだ。シェーレもユーネの優しさは感じている。時間を巻き戻す能力は任意の相手の記憶を残せる。つまりシェーレ達の記憶も残せたはずだ。


 だがユーネはそうはしなかった。あえて真意は問わなかったが──

 アッシュに殺された記憶が残ってしまうことを心配したのだろう。記憶が残っていた方が色々とやりやすいだろうに、そうはしなかった。合理性よりも感情を取ったのだ。


 そんな手紙に目を通すシェーレに、「シェーレ? その手紙なに?」とニーナが声をかける。


「ああこれのこと? 手紙じゃなくてメモよ。この洞窟のことを事前に調べてメモしてきたの」

「そっかー。シェーレはいつも先回りして色々してくれるね! ありがと!」


 そう言ってニーナがふわりと笑い、シェーレの胸の奥がチクりと痛む。



 また私は嘘を吐いて……

 自分が嫌になるわ……

 アッシュとユーネ様にも私は嘘を……



 そう、シェーレは。実は時間を巻き戻す前の記憶が断片的にあるのだ。と言っても、それは本当に断片的である。職業の情報や魔物の情報など、記憶というよりもデータを覚えていると言えばいいのか──


 それが何によるものなのかをシェーレはなんとなく察している。



 たぶんよね……

 でも本当に……?

 もしかすれば別の要因が……

 でもどっちにしても言えないわ……

 アッシュに心配……

 かけたくないもの……



 


「つーかよぉ、メモなんているかぁ? 罠も魔物も力でねじ伏せれば問題ねぇだろ!」


 アランがなんの警戒もなくずんずん進んでいく。


「じゃあアランが罠にかかっても置いていくわ。ご自慢の筋肉で何とかしてちょうだいね」

「ぐぅ……、でもよぉ、本当に他の職業になれんのか? 上位職じゃねぇと意味ねぇぜ? それに聖属性はダメってよぉ……」


 職業には下位職、中位職、上位職、最上位職があり、属性もある。それぞれ強さの差は十倍程度。

 基本的にこの世界は中位職の人間がほとんどで、上位職は一万人に一人生まれるかどうか。最上位職の聖者に関しては、もはや物語の中の伝説の職業だ。


 最上位職と上位職だけで構成されたアッシュのパーティー。時間を巻き戻す前、掛け値なしに世界最強のパーティーだった。ただ全員が聖属性だったために負けた。



 上位職も最上位職も聖属性が多い……

 それなのに戦う相手は聖属性を操れる…… 

 偶然……じゃないわよね……

 それに私達がたまたま全員上位職以上って……



 シェーレは一連の流れに疑問を感じていた。仕組まれた何かを感じる。


「ぼーっとしてどうしたのシェーレ? 何か悩み? 私でよかったら聞くよ?」


 シェーレが考え込んでいると、後ろからふわりとニーナに抱きしめられる。いつもニーナは雰囲気を察して気を使ってくれる。


「いえ、なんでもないわ。それよりやることは分かってるわよね?」

「うん! 強い気持ちで別の職業を望むのが大切なんだっけ?」

「そうよ。女神様からアッシュにお告げがあったのは言ったわよね? 魔王……ビューネスって名前らしいんだけど、聖属性に耐性があるらしいの」


 シェーレのその言葉に「魔王なのに聖属性に耐性って変だねぇ」とニーナが呟き、アランは「耐性あるくらいならゴリ押しでいけんだろ!」と拳を握る。


「念には念を……ね?」


 今とは別の職業を獲得する方法なのだが、実はシェーレもはっきり分かっていない。今まで読んだ本や聞いた話での推測である。

 シェーレが知っている例であれば、「遠距離攻撃を持たない近距離特化パーティーがピンチを迎え、魔法使いの職業が発生した例」「回復薬が底を尽き、これまたピンチを迎えたパーティーに治癒士が発生した例」などがある。別の職業が発生してクラスチェンジしたとしても、レベルは引き継ぐのですぐに術技を使うことも可能である。


「んー、でも強い気持ちってどうすればいいんだろ? 難しいよぉ」

「俺も聖騎士が気に入ってるからよぉ、別の職業を強く望めって言われてもなぁ」

「二人はアッシュの力になりたいとは思わないの? アッシュが魔徒の力を消して聖者に戻っても聖属性なのよ? アッシュは魔徒のことで大変だろうし、他の職業獲得なんて言ってる場合じゃないと思うの。私達で聖者に戻ったアッシュを守ってあげましょ?」


 シェーレのその言葉に「そっか、そうだよね! アッシュは私が守るんだしね!」とニーナが気合いを入れ、アランが「ちっ、しゃあねぇなぁ」と頭をガシガシと掻く。そんな中──


「二人とも気を付けて。前からリザードマンが来ているわ。武器は剣ね」


 リザードマン──

 二足歩行するトカゲのような魔物で、大きさは個体差があるが人間程。手には様々な武器を持つ。シェーレは索敵も出来るのだが、前方から近付くリザードマンの姿を捕捉した。


「戦い方はわかってるわね?」

「私は魔法じゃなくて弓で攻撃すればいいんだよね?」

「俺は剣じゃなくて拳で殴ればいいんだな?」

「ええそうよ。なるべく聖騎士と光術師の力は使わないでちょうだい。私は二人が新しい職業を手に入れるまでは聖闘士の力を少し使うけれど……」


 ニーナの光術師は広範囲殲滅のエキスパートだ。時間を巻き戻す前、極大レーザーで山を消し飛ばしてしまったことがある。

 聖騎士であるアランは、剣を両手持ちで発動する破邪の剣で地形を変えたり、聖龍剣で洞窟を崩落させたりしていた。もちろん今はレベルが低いのでそれらの技は使えない。

 シェーレの聖闘士に関しては──

 正直シェーレが凄すぎて、聖闘士が凄いんだかどうだか分からない。聖闘士の能力かと思ったら、ただ単に常軌を逸したシェーレの運動神経によるものだったということも多々とある。


「じゃあ私が先に攻撃するから合図したらニーナは弓を。弱ったところでアランがとどめをお願いね」


 そう言ってシェーレがどこからともなく双剣を出し、構える。


「瞬影……」


 シェーレの体が陽炎のように揺らめいて消え、双剣でリザードマンを浅く切り付けて背後に回る。発生した斬撃は六連。通常であれば瞬影はよくて二連撃、多くて三連撃だ。

 正直シェーレは化物である。


 リザードマンが振り向き、剣でシェーレに切りかかるが──

 シェーレが流水で攻撃をいなし、体勢が崩れたところに双剣での八連撃を叩き込む。見れば関節や筋が的確に抉られており、たまらずリザードマンが地面へと倒れる。

 

「ニーナ! 私はだいじょうぶだからそのまま弓をってちょうだい! 止めないで射ち続けて!」

「わ、分かった!」


 ニーナが不慣れな弓を連続でる。放たれた矢はもちろんシェーレにも向かうが──

 シェーレはその場をほとんど動かず、全ての矢を躱す。まるで矢が避けているようだ。倒れているリザードマンにはいくつも矢が刺さり、たまらず悲鳴をあげる。


「次はアランよ! 決めてしまっていいわ!」

「はっ! やっと俺の出番か!」


 そう言ってアランが身を低くして構え、全身にギチギチと力を漲らせる。


「っくぞっ!! 俺の拳は全てを砕く! 燃える魂引っさげてぇ……喰らえっ! 獄炎拳ごくえんけんっ!!」


 アランの筋力にものを言わせた普通のパンチがリザードマンに炸裂。リザードマンはあえなく昇天した。


「どうだ! 獄炎拳の威力を思い知ったか!」

「今のは何かしらアラン?」

「あぁん? 前から思ってたんだよ。俺には火属性が似合うってな! 強ぇ気持ちが必要なんだろ? 絶てぇ火属性の上位職だ! それ以外は認めねぇ!!」

「そもそも火属性の上位職は確認されていないわ」

「はっ! 知ったことかよ! つーか大昔の文献にゃあ火属性の上位職も出てくるじゃねぇか! ありゃ想像上かなんかなのかぁ?」



 そう……

 そうなのよね……

 確かに古い文献には他属性の上位職が出てくるわ……

 それに加えて他の大陸も……

 今では過去の人間の創作した物語だと思われてるけど……

 やっぱりこの世界はバランスが悪いのよ……

 ユーネ様も「千年ほど前に突如として世界が分断された」と言っていた……

 分岐点は千年前……

 確か文献によると属性は火、水、土、風、光の五属性……

 例外として闇属性も描かれてはいるけれど……

 ほとんどの文献では五大属性として描かれているわ……

 そして二百年前にユーネ様から分離したビューネス……

 


「想像上……とは言いきれないわね。でも今のところ他属性の上位職がほとんど確認されていないのは動かしようのない事実よ?」

「はっ! 可能性があるなら俺はやるぜ!」


 そう言ってアランが洞窟の先へと進んで行く。


「ニーナもなりたい属性はあるの?」

「え? 私? 私は……他の属性の上位職になれるなら風がいいなぁ! アッシュをふわぁって包んであげるんだぁ」

「ニーナはアッシュが大好きだものね?」

「えへへ。でもシェーレもアッシュが好きでしょ?」

「私は……」


 シェーレが口ごもっていると、ニーナがアランに呼ばれる。そのままニーナは「なぁーにー?」と小走りでシェーレの元から離れた。シェーレはそんなニーナの後ろ姿を見つめながら、「私はアッシュを愛しているわ」と呟いた。



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