第30話 修羅の王 1
「うう……ん……むにゃむにゃ……」
豪華な装飾品に彩られた王城の一室、ユーネがいつものように丸まって寝ている。まったく起きる気配のないユーネのために、エルステッドが部屋を用意してくれたのだ。
それにしても豪華過ぎだろこの部屋……
ベッドの上から吊るされてるこのカーテンみたいなのはなんだ……?
前に僕が泊めさせて貰った部屋とは全然違う……
まあユーネが女の子だから気を使ったんだろうけど……
ユーネが眠るベッドは天蓋付きのベッドで、大きさは宿にあるベッドの何倍もある。そんなベッドの端で丸まるユーネの横に、アッシュが腰を下ろす。
それにしてもお告げの内容だ……
本当にビューネスはふざけたやつだ……
先程までの酒宴の最中、昨夜神官に告げられたというお告げの内容をエルステッドから聞かされた。神官によれば女神からの神託らしいのだが、もちろんユーネではない。となればそんなことが出来るのはビューネスだ。
お告げの内容は「近いうちにこの世に災いをもたらす
その上でビューネスは遊んでいるな──とアッシュは思う。こちらを追い詰めるつもりなら、言いようはいくらでもあっただろう。「黒灰色の髪の人間を聖都に入れるな」「黒灰色の髪の人間を捕らえて処刑しろ」など、効果的な言い方はいくらでもあったはず。
いや、そもそも記憶があるのならば、アッシュという名前を知っているだろうし、もしかすれば魔人についても知っているのかもしれない。にも関わらず、わざわざ遠回しに伝えたことになる。
僕とユーネに対する「時間を巻き戻したことは知ってるわよ」ってメッセージだよな……
くそ……
何が「聖なる力を信じて備えて下さい」だ……
これも「何をしても無駄よ?」ってメッセージだよな……
どこまでこっちをバカにすれば気が済むんだあいつは……
ビューネスがその気になれば簡単に世界を滅ぼせるのだろう。何故ならこの世界は聖属性が多すぎる。時折他属性の上位職も確認されてはいるが、おそらく発生確率で言えば聖者よりも低い。
そういえばエルステッドはよく僕達を信じたよな……
普通お告げの方を信じるだろ……
「私は自分の目で直接見たもので判断している。アッシュは信用に足る友人だと判断した」って言い切ってたけど……
やっぱあいつは凄いやつだよ……
ブレずに自分をしっかり持っている……
まあ凄いと言えばシェーレもだよな……
この届いた手紙……
エルステッドとの酒宴の途中、グレイがシェーレからの手紙を届けてくれた。手紙には「こっちは順調に新しい職業獲得に向けて動いているわ」という言葉と共に、ユーネへの質問が添えられていた。
・他に神は何人いるのか
・他に神がいたとして、ユーネ様の時を戻すような強力な術はあるのか
・世界が分断する前、誰かに時間を戻すよう頼まれなかったか
と、まるでなにかの答えに辿り着いていそうな内容が書かれていた。
シェーレは職業獲得以外のことも考えて動いてる……
僕は目の前のことで精一杯だってのに……
みんなに助けられてばっかだ……
「情けないよな……」
アッシュがユーネの手を握り、思わずそう呟いてしまう。するとユーネが「うう……ん……」と寝返りを打ち──
「……ルシオ……ン……どこ……どこに……いる……の……」
──そう寝言を呟き、アッシュの手を強く握った。
「はは。ユーネは寝言が多いな。ルシオンってエクスルシオンのことか? ほんとに気に入ってるんだな」
「ル……シオン……むにゃむにゃ……」
「うわうわ……毛布がはだけて色々と丸見えだって……」
アッシュがユーネに毛布をかけ直し、窓辺へとやってくる。
月が綺麗で、窓を開けると心地よい風が吹き込む。そのまま窓の外を眺めると、広大な中庭の中央に動く人影。
剣の稽古に励み、一心不乱に素振りをするエルステッドの姿が見えた。
そういえば毎日素振りしてたっけ……
今日くらい休めよな……
まあでも……付き合ってやるか。
アッシュ達に与えられた部屋は三階に位置するのだが、この城の部屋は天井がかなり高い。通常の建物に換算すれば、五階分くらいはあるだろうか。
よし、ちょっとエルステッドを驚かせてやろう
ちゃんと発動するかも確認したいし……
日を跨げば使用回数はリセットされる。
そんなことを考えながら、アッシュが開け放った窓から中庭に向けて飛び降りる。
「女神の盾っ!!」
日に一度全ての攻撃を一分間無効化する女神の盾を発動。アッシュの体を淡く優しい光りが包み込む。
発動中は高所からの落下による衝撃や、壁への叩き付けの衝撃も無効化する。そうしてそのままアッシュは自由落下し──
ズガンッ! と大きな音を立てて着地。
「おっ! 痛くもなんともない。さすが女神の盾だな」
無事着地したアッシュだったが──
首筋に背後からカチャリと剣が向けられる。チラりと視界に入る剣の刃先が細い。
「おいアッシュよ。夜分遅くに大きな音を出してはダメだと習わなかったのか?」
「いやいや、エルステッドの素振りの声の方が大きかったぞ? 『ぬんっ!』『はあっ!』ってな」
「なっ! 私の声が大きいのは生まれつきだ! 仕方ないだろう!」
「ほーら、また大きい声を出す。加護か術技で小声でも覚えたらどうだ?」
「ぐぅ……、軽口を叩きおって」
「それより剣……いや、刀を下ろしてくれないか?」
そう言ってアッシュが振り返ると、エルステッドの手には聖騎士の大剣とは違う武器が握られていた。
細身で反りのついた片刃。刀身はスラリと長く、刃の部分には美しい独特の紋様が浮かぶ。
さらにエルステッドは鎧を着ておらず、黒地に薄紫の模様の入った
「さっそく
「修羅にクラスチェンジするのは久しぶりだったのでな。感覚を早く取り戻そうと思っていたところに──」
そう言いながらエルステッドが刀を構え「ちょうどよくアッシュが来たというわけだ」と、ニヤリと笑う。
「ははっ。見物に来ただけなんだけど……」
「嘘を言うな。鍛錬に付き合ってくれるつもりだったのだろう? 雰囲気がそう言っている」
「相変わらずエルステッドは察しがいいな」
そんな会話をしながら二人が距離を取り、構える。
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