第26話 聖王VS魔人


 面倒なことになったな……

 まさかエルステッドが来るなんて……

 ああいや、こいつは昔からフットワークが軽かったか……


 

 そんなことを考えているアッシュの目の前、エルステッドが人の頭ほどはある水晶を眺め、「レベル8でこの強さ……」と唸っている。神官に水晶を持ってこさせ、アッシュのステータスを確認している最中である。


「……確かに魔人ではなく魔徒。だが見た目は半分ほど魔人化しているな。確か私の記憶では、魔徒はある段階を境に一気に魔人となるはず。……どういうことか説明してくれるな?」


 エルステッドの紫がかった菫青石アイオライトのような碧眼がアッシュを射抜く。そこへユーネが声を上げた。


「私のことも見て頂けたのでしたら分かるとは思いますが、私の職業は聖女。珍しい職業らしく、詳細が分かる方がほとんどいません。ただ魔徒の魔人化を抑えられるようで、旅先で出会った魔徒のアッシュと契約しました。契約した魔徒は魔人化せずに魔人の力を使えるようです」

「ほう。それで見た目が半分魔人なのか。興味深い……」


 エルステッドはそう言いながら無抵抗のアッシュをベタベタと触り、口を無理やりこじ開けて牙を確認している。そう、エルステッドは距離感がおかしい人種だ。


「今はアッシュ一人だけしか抑えられませんが……旅をして力を付け、多くの魔徒や魔人を救えるようになりたいと思っております」

「なんだか作ったような設定だな? 聖女など聞いたこともない」



 まずいな……

 エルステッドは恐ろしく勘がいい……

 こいつの前で嘘を吐くのは正直自殺行為だが……



「……まあステータスは誤魔化せない。ひとまずは信じよう」

「ありがとうございますエルステッド様。私も自分の力を把握しておらず、申し訳ございません」

「いや、構わんさ。もし本当に聖女という職業があるならば人類の希望たり得る。……な」


 再びエルステッドの菫青石アイオライトのような碧眼がアッシュを射抜く。



 なんだ……?

 やっぱり嘘だと気付いているのか……?

 さっきステータス誤魔化せないって言ったし……



 アッシュがエルステッドの態度に困惑していると、「少しよろしいでしょうか、エルステッド様」と、水晶を持ってきた神官がエルステッドに耳打ちする。



 くそ……

 じれったいな……

 大丈夫……

 大丈夫なはずだ……



 神官の言葉を静かに聞いていたエルステッドが、「ほほぅ」と声を漏らす。


「……ユーネと言ったか? その声についてなにか言われたことはないか?」

「声でございますか? 他の土地で私の声を聞いた神官様が、女神様の使いだと仰っていたのですが……私にはなんのことだか……」

「そこの神官がな、声がお告げの声と一緒だと言っている。実は昨夜もお告げがあったのだ。なにか心当たりはあるか?」

「いえ……私にはまったく。似ているだけではと」



 さっきからお告げってなんのことだ……?

 城門の騎士も言ってたよな……

 まさか……



 エルステッドや城門を守っている騎士から出てくる「昨夜のお告げ」という言葉。内容を確認したいアッシュだったが、ひとまずここは静観してエルステッドの出方を伺う。


「そうか。神の御使いだと名乗れば旅も楽になるだろうに、そうはしない。ユーネは正直なのだな」

「そんな! 私などが神の御使いなど畏れ多くてとても……」


 エルステッドがかしこまるユーネを見つめて目を細め、「ふむ」と頷いてからアッシュに視線を移す。


「それとアッシュと言ったか? 魔徒のまま魔人の力を使えるのは本当なのか? 制御できている感覚は自分でも分かるのか?」

「はい。エルステッド……様の仰るように魔人の力を使えます。暴走する感覚もありません。すべて聖女であるユーネ様のおかげかと思われます」


 アッシュが危うく「エルステッド」と呼び捨てしそうになる。対して「様」を付けて呼ばれたユーネの顔が嬉しそうに綻んでいる。いや、綻んでいるどころか「アッシュに様って付けられちゃった」と小声で呟いた。



 おいおいユーネ……

 エルステッドに聞こえたらどうするんだよ……



 そんなアッシュの心配をよそに、エルステッドが「そうか……そうか!」と、突然興奮しだした。


「暴走する感じはないのだな!? それは素晴らしいことだ! よし! よしよし! アッシュよ! 私と手合わせしようではないか!」

「え……? 手合わせとはどういうことでしょうか?」

「手合わせは手合わせだ! 私は剣を交えた方が相手のことが分かる! 話して解決は元から苦手なのだ!」



 ああそうだ……

 エルステッドの性格を忘れていた……



 アッシュが時間を巻き戻す前のことを思い出す。前回もそうだったのだが、エルステッドは根っからの戦闘狂。強者と聞けば城を空けてふらりと出かけてしまうし、もちろん最上位職である聖者のアッシュもその餌食になり──

 寝て起きたら手合わせ──食事をしたら手合わせ──酒を飲んだら手合わせ──楽しく談笑していたのに突然の手合わせ──


 

 おいおい勘弁してくれよエルステッド……

 またあの手合わせ地獄が始まるのか……?

 こ、ここは何としても回避しなければ……



「そんなそんな……エルステッド様と手合わせなど御容赦ください」

「なにか不都合でもあるのか? 本当は暴走してしまうのか? そうなのか?」



 ぐぅ……

 ずるい、ずるいぞエルステッド!

 そんなことを言われたら手合わせするしかないじゃないかよ……

 くそ……

 こいつは言い出したら聞かないからな……

 アランと一緒で脳筋バカだ……

 もしかして聖騎士って脳筋じゃないとなれないのか……?



「やるのか? やらないのか? やらなくてもやるぞ?」


 エルステッドが一人で盛り上がり、なんだか準備体操のようなことを始めている。こうなったらもう無理だ。いや、こうならなくても無理なのだが、アッシュが覚悟を決める。


「……では僭越ながら魔徒アッシュ。手合わせさせて頂きます」

「よし! 聖騎士にして現聖王エルステッド! 参る!!」


 畏まったアッシュに対し、何とも軽い感じのエルステッドが白銀に輝く大剣を構える。だが「参る」と言った瞬間に周囲の空気が明らかに重いものへと変わった。


 記憶が確かならば、エルステッドはこの時点でレベルが60ちょいあったはずだ。アッシュのレベルは8。レベル差があり過ぎるようには思うが、最上位職の強さは上位職の十倍程。魔人も初期ステータス的には最上位職クラス。

 つまりレベル8の魔人ならば、上位職のレベル80くらいに相当する。最上位職の凶悪さが分かる計算だ。あとは資質による補正などが多少あるが──



 本気で行くしかない……

 手を抜いたのがバレるとエルステッドは激怒するからな……

 これ以上の面倒は勘弁だけど……

 真剣に戦うのも面倒だというジレンマ……

 とりあえず溶解液でも使うか?

 あの高そうな装備に……?



「どうした? 来ないのか? 来ないならこちらから行かせてもらうぞ? 聖龍剣せいりゅうけん!」


 エルステッドの剣に光り輝く龍が巻き付き、「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」と溜めの動作で輝きを増していく。

 剣に纏わせた光り輝く龍を放ち、広範囲の対象をまとめて殲滅する遠距離技──

 広範囲殲滅剣技の聖龍剣だ。



 おいおい……

 最大火力技かよ……

 殺す気か……?



 聖騎士は万能タイプの近接戦闘型なのだが、遠距離技である聖龍剣を覚えてからが恐ろしい。聖龍剣はクールタイムなしで打つことができ、広範囲殲滅マシーンと化すのだ。

 しかも魔力ではなく体力を使う。聖騎士の加護には「敵を撃破で体力回復」というものがあり、相性抜群だ。


 だがアッシュのやることは変わらない。魔人の爪をダガーくらいに伸ばす。



 とりあえず魔人の回路の練習をさせて貰うか……



行くぞ瞬影!」


 アッシュがイメージのみで瞬影しゅんえいを発動。黒い霧を滲ませながら、体が陽炎のように揺らめき──

 エルステッドが放った光り輝く龍を瞬影ですり抜け、魔人の爪で切り付けながら背後に回る。だが鎧が邪魔でダメージがほとんど通らない。さすが聖王の鎧は硬い。

 

「セイントバッシュ!」


 エルステッドが振り向きざま、防御と攻撃を同時に行う盾技を使う。いわゆる盾殴りだが技名が無駄にかっこいい。

 中位職の騎士が使用するのはシールドバッシュという本来の盾殴りなのだが、聖騎士の使用するセイントバッシュは攻撃判定発生と同時に輝く斬撃が飛ぶ。


はあっ流水!」


 だがアッシュが流水りゅうすいで盾ごと受け流して攻撃判定を無効化。エルステッドが体勢を崩す。


聖衝来せいしょうらい!」


 体勢を崩したエルステッドが、自身の周囲に輝く衝撃波を起こす技を使う。


無駄だ冥府の王!」


 聖衝来が来ることを予想していたアッシュが、冥府の王で呼び出した槍を地面に深々と刺して衝撃波に耐える。


「やるじゃないか! 楽しいなー! アッシュよ!」

「さすがエルステッド様。隙がまったくないですね。私には楽しんでいる余裕なんてありません」

「私には余裕そうに見えるが? まだまだいけるのだろう?」

「いえいえ、切羽詰まっております」


 アッシュがわざと首をすくめて挑発する。


「はっ! どうやら遊ばれているようだな! 今度は本気で行くぞ! 聖龍剣! ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 本気の聖龍剣だ。

 溜め発動が可能な聖龍剣だが、実は溜め時間に応じて凄まじく威力が上がる。その分、体力はかなり減るのだが──

 威力はえげつない。広範囲殲滅剣技と云われる所以がこの最大溜め発動だ。



 本当にエルステッドは脳筋だなぁ……

 挑発にすぐに乗って来るところも変わらない……



 そう、アッシュはこれを待っていた。一度目の聖龍剣でタイミングは掴んだので、もう一度聖龍剣を使ってくれるように挑発したのだ。


「死んでくれるなよアッシュ! はあっ!!」


 とてつもなく巨大な光り輝く龍となった聖龍剣が、アッシュに向けて解き放たれる。放たれた龍は大気を震わせ、大地を抉り──


 

 まだだ……

 ギリギリまで引き付けて……


 

「ぐぅっ! 今だっ瞬影!!」


 聖龍剣のダメージ判定がアッシュに発生した刹那の間──

 瞬影でエルステッドの背後に回る。聖龍剣の威力は凄まじく、ほんの一瞬だったが、アッシュは全身の骨が砕けたのではないかという痛みに襲われた。

 そうして頭がおかしくなりそうな痛みに耐え、エルステッドの背後で「聖龍剣」と呟く。それと同時、アッシュの腕には漆黒の龍がとぐろを巻いていく。


「……どうしますかエルステッド様。まだ続けますか?」


 アッシュのその言葉に、エルステッドが手に持った大剣を離して両手を上げる。


「いやー、参った! まったく勝てる気がしない! 勝てる気はしないが次は負けんぞ!」

「え……? 次……ですか?」

「当たり前だろう! 勝ち逃げは許さんぞアッシュ!」



 そう言ってエルステッドが振り向き、アッシュに右手を差し出す。アッシュはそんなエルステッドの手を、引き攣った表情で「よ、よろしくお願いします」と握り返した。

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