第50話 兄弟─金色の狼─


 ──レグニカ城、応接間


 帝都レグニカ。形としては帝国と呼ばれているのだが、それはオルレインが帝王になる前までの話。以前までのレグニカは、高い軍事力によって広大な地域を支配し、時には侵略的な行為もしていた。オルレインが帝王となった際にも、まだまだ国の中枢にはそういった思想が蔓延っているという状況。

 だがオルレインが時間をかけて国を変え、今となっては一切の侵略行為を許していない。

 そういった歴史背景のあるレグニカ城は、どこか重々しい雰囲気である。調度品や装飾などは豪華なのだが、どこか寒々しい印象を与える。アッシュが案内された応接間もそんな雰囲気で、座る革張りのソファや目の前のローテーブルなどは豪華なのだが、やはりどこか無機質で冷たい。

 とりあえずソファは広いので、ユーネを膝枕で寝かせ、アッシュがオルレインと向かい合う。


「ユーネは眠ったのか?」

「ああ。泣き疲れたんじゃないのかな」

「少しやり過ぎたな」

「本当だよ。それより説明してもらっていいか? オルレインとエルステッドの関係を」


 処刑場でエルステッドと瓜二つの顔を晒したオルレインだったが、「説明は応接間でする」と言って颯爽と去っていた。その後、騎士に案内されて応接間に通されたアッシュとユーネだったが、オルレインを待つ間にユーネが眠ってしまい──というのが今の状況だ。


「……エルステッドとは双子の兄弟だ。一応私が弟という事になるな。レグニカとグランヘルムは元は一緒の国だったのだが、かなり昔に色々あって二つに別れた。私は元はグランヘルムにいたのだが、レグニカの先王が急逝してな。それで色々あって幼い時分に担ぎあげられた。その後で大山脈にドラゴンが居着いてグランヘルムとはそれっきりだ」


 真面目な表情で語るオルレインだが、「色々」という言葉で押し切ろうとする説明に、アッシュが怪訝な表情を見せる。


「色々って端折りすぎだろ……、なんでオルレインがレグニカの王に? レグニカの先王には跡取りがいなかったのか?」

「そうなるな。色々とあって先王には子供がいなく、養子を取っていた。だがそいつがどうしようもないやつでな、色々あって私が王になった」


 またしても色々で押し切ろうとするオルレインに、アッシュが溜息を吐く。


「もしかしてオルレイン……、お前も話すのが苦手なタイプか? もしかして戦って語り合う人種なのか?」

「おお! なぜ分かった!? 私は剣を交えた方が相手のことが分かる性分でな。話して解決は苦手だ」


 間違いなくエルステッドと同じ血筋だということが分かるオルレインの様子に、アッシュが「手合わせだけは勘弁してくれよ……」と声を漏らす。


「魔人は心も読めるのか? 話が終わったら手合わせをお願いしようと思ったのだが……」

「ま、まあそれはいずれな? でもエルステッドも兄弟なんだったら先に言えよな……」

「私はレグニカに来た際、グランヘルム姓から出たからな。書類上は兄弟ではない。だからではないか? まあそれ以外にも──」


 オルレインによれば、グランヘルムでは養子としてレグニカに渡ったオルレインのことを、よく思っていない層がいるということだ。そんな状況で「オルレインは自分の弟だ」とエルステッドがみだりに発言すれば、だということである。つまりエルステッドは弟のことを思い、その事実をあまり口にしないということなのだろう。


「それで話は変わるが、アッシュに聞きたいことがある」

「なんだ? 答えられることならなんでも答えるよ」

「お告げの相手は本当に神なのか? 私の直感だとあれは神などではない、邪悪な何かだと思うのだが……」


 事情を知らないはずのオルレインが、確信めいた面持ちでアッシュに問いかける。



 すごいな……

 直感だけでビューネスの悪意に気付いたってことだよな……

 エルステッドもお告げより僕を信用してくれたし……

 本当にこの兄弟には頭が上がらない……

 


 オルレインも信用出来る相手だと判断したアッシュが、「実は……」とこれまでの経緯を話す。話していて自分でも信じられない話だよな──とアッシュは思うが、オルレインは疑う素振りもみせずに「そうか」「大変だったな」と、真剣に話を聞く。そうして全ての話を聞き終えたオルレインが「……まさかそんなことになっていたとはな」と呟いた。


「信じてくれるのか……?」

「当たり前だ。私の目で見て心で感じ、アッシュは信用に足る人物だと判断したのでな。私も全面的に協力しよう。グランヘルムにも使いを送り、国交を速やかに再開させる。ドラゴンがいなくなったことで、雷馬を使えばグランヘルムまではすぐなのでな」

「そういえばエルステッドからの書状だけど、届くの早かったな。近道でもあるのか?」


 一時気絶していたとはいえ、アッシュがレグニカに到着してからそれほど時間は経過していない。グランヘルムからレグニカは、大山脈を挟んで四千キロメートル以上は離れている。雷馬を使ったのだとしても、少し異常な速度だ。


「なんだ、知らないのか? アースイコー商会のターニャを」

「タ、ターニャだって!? な、なんでここでターニャの名前が……?」


 思いがけずオルレインの口から出てきたターニャという名前に、アッシュが見るからに焦る。ターニャは「気にしないで」と言っていたが──



 ターニャは気にしないでって言ってたけど……

 やっぱり気にしちゃうって……

 それよりなんでターニャが……



「悪いオルレイン。ターニャは知ってるんだけど、なんでここでターニャの名前が出るのかが分からない」

「ターニャは調教師という上位職だそうだ。『調教』という術技で強化された雷馬は何よりも速く、ターニャ自身が騎乗することで更に速度が上がる。わざわざアッシュのために書状を届けてくれたのだぞ?」

「え!? ターニャが届けてくれたのか!?」

「そうだ。なんでもグランヘルムでは、火急の用の場合はアースイコー商会のターニャに頼ることになっているようだな。実はそれもあって私はアッシュを信じたという部分もある。ターニャが熱く語っていたのだ。『アッシュは私を救ってくれた正義のヒーローなんです!』とな」



 ターニャが上位職なんて全然知らなかった……

 時間を巻き戻す前だとターニャは殺されてしまっていたし……

 それがこんな形で僕を助けてくれるなんて……

 いつも僕は誰かに助けられてるな……



「……それでターニャはどこに?」

「ターニャならばもう戻った。調教でレグニカの保有している雷馬を強化した後でな。一度では強化効果は長続きせんが、定期的に調教することで地力じりきが向上するらしい。今後定期的に調教してくれるよう交渉したところだ」

「上位職は貴重だもんな」

「そうだな。レグニカには調教師の下位となる調整師しかおらん。レグニカとグランヘルムでの国交を再開させた暁には、アースイコー商会の支部をこちらに作り、ターニャにはレグニカとグランヘルム、両方の雷馬の調教を頼みたいと思っている」

「大抜擢だな、ターニャは」

「まだ答えは聞いていないが、『私もアッシュの第二夫人として出来ることは頑張ります』と言っていた」


 またも思いがけないオルレインの言葉に、アッシュが「えぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。


「だ、第二夫人だって!?」

「なんだ? 違うのか? ユーネが第一夫人でターニャが第二夫人なのだろう? すでにターニャとアッシュはちぎ──おおっと!!」


 慌ててアッシュが魔人の爪を伸ばし、オルレインの口の手前で止める。


「あ、危ないではないか!」

「い、いやすまんオルレイン。ただ……」


 そう言って膝枕で眠るユーネを、アッシュがちらりと見る。


「そういうことか。上位職以上は一夫多妻や一妻多夫が多いが、かといってやはり事前の話し合いは大事。まだ話していないのだな?」

「あ、ああ……」


 アッシュはそう答えたが、そもそも自分が誰かと結婚するなどまだ考えたこともなかった。



 そうだよな……

 いずれ僕だって誰かと結婚する……

 時間を巻き戻す前だって色々あったけど……

 そんなことは考えもしなかった……

 ただ流されて関係を持って……

 最低だな僕は……



 そんな自己嫌悪から俯くアッシュに、「真面目なのだな」とオルレインが声をかける。


「真面目なんかじゃなくて、ただ考えなしなだけだよ。だけど時間を巻き戻してから、前よりも色々と考えるようになった気はする」

「時間を巻き戻したことで、心境にいい変化があったようだな」

「心境どころか環境も激変したけどな? 時間を巻き戻す前、オルレインとは会ってなかったし」

「そうなのか? 私は私で……、いや──」


 「むしろ」 と、オルレインが遠くを見る。そのオルレインの横顔が一瞬、金色こんじきの狼のように見え──



 エルステッドの時と同じだ……

 これは何か意味があるのか……?

 くそ……

 本当に訳が分からないことが多過ぎて頭が破裂しそうだ……



「……それはそうとアッシュ」

「なんだ?」

「よければ受け取ってもらいたいものがある」


 オルレインはそう言うと、高そうな宝石が誂えられた指輪をアッシュに渡す。十字架に剣が交差するようなデザインで、かなり高価そうだ。


「オルレイン……、お前これ……」

「そうだ! 私とお揃いだ!」

「おいおい勘弁してくれよ……」

 

 こうしてアッシュは、エルステッドとお揃いのネックレスだけではなく、オルレインとお揃いの指輪も手に入れた。


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