第49話 帝王オルレイン 2
どうにもならない現実にアッシュがギリギリと歯を食いしばっていると、全身鎧の男がユーネのギロチンの鎖を一人の騎士に任せ、ゆっくりとアッシュに近付く。ずしゃり、ずしゃりと地面を踏みしめながら醸す雰囲気の重々しさは、周囲の空気ですら重くなったように感じさせる。
「動くなよ魔人。少しでも動けば、ギロチンの刃と弩の矢があの少女の命を終わらせる」
「こんなことして何がしたいんだ! お前は!!」
「なに、魔人というものに少し興味があってな。ああそれと、お前を拘束しているギロチンは特別性だ。防御貫通効果が付与されている」
防御貫通は防御力を無視する。つまりアッシュがどれだけステータスを上昇させようが、致死部位に近い弱点部位である首にギロチンの刃を落とされれば、即死だ。もちろんアッシュは死亡を一度回避出来るが、この状況で死亡を回避したところでどうしようもない。
「死ぬ前に何か言い残すことはないか?」
「ユーネは関係ないと言っただろうが! 殺すなら僕だけにしろ! 頼む! 本当に関係ないんだ!! ユーネ……ユーネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」
アッシュが力の限り、ユーネの名前を叫ぶ。すると「ううん……、アッシュの声……?」とユーネが目を覚ました。そうして自身やアッシュの置かれた状況に気付き、「なんで? なんでアッシュが捕まってるの? ねえオルレイン!? これはどういうこと!? 聖女の私が抑えてるから大丈夫って言ったよね!?」と、全身鎧の男に向かって叫んだ。そう、やはり全身鎧の男がオルレインだったということだ。
「どういうことも何もない! 魔人は邪悪な存在であり! 人々の恐怖の対象! 見ろ! 魔人から漏れ出るあの禍々しいオーラを! 何が聖女だ! まったく抑えられていないではないか!!」
オルレインが言うように、アッシュから滲み出る黒い霧は勢いを増していた。ユーネを助けたい一心からだろうか、魔人の力を知らず全発動し、爪や牙は伸び、顔には黒いラインが増え、背中には禍々しき漆黒の翼。こんな状態では、制御できているようには見えないだろう。
「オルレイン……、私を騙したの……?」
「騙したとは人聞きの悪い。私は自分の目で確認すると言ったのだ。あの禍々しい姿を見て信じろと?」
「見た目で判断しないで! アッシュは……、アッシュは誰よりも優しいんだから!!」
「なんだ? もしや魔人に魅了でもされているのか?」
どうやらオルレインは、事前にユーネから情報を聞き出していたようだ。防御貫通のギロチンや弩を持った弓兵も、情報を聞き出した上での万全な体制なのだろう。そんな中、アッシュが「ごちゃごちゃうるさい!」と叫んでオルレインを睨みつける。
「邪悪な視線だな。私を殺したいか?」
「うるっさい! そんなことはどうでもいい! とにかくユーネを解放しろよ! くそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
アッシュはそう叫んだ後で、ユーネに視線を向ける。
「だいじょうぶだからユーネ! 心配するな! 戻ったら一緒にレムの実を食べるんだもんな!」
涙ながらのアッシュの叫びに、ユーネもボロボロと泣きながら叫ぶ。
「オルレイン! 私はどうなってもいいからアッシュを解放して! アッシュは優しいの! 誰も傷付けないの! アッシュは……、アッシュは私の大切な人なんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そんな叫ぶ二人に向け、オルレインが口を開く。
「実は少し前、お告げがあったのだ。『魔人が東から攻めてくる』とな。『銀髪の女は魔人の仲間だ』とも言っていた。神の言葉と魔人とその仲間の言葉、どちらを信じると思う?」
ビューネス……
どこかでこの光景を見て笑っているんだろうな……
くそ……
だめだ……
打開策が一つも浮かばない……
せめて……、せめてユーネだけでも……
そんな思いから、アッシュがオルレインに向けて叫ぶ。
「分かったオルレイン! 僕を殺せ! ユーネは僕に騙されて契約しただけなんだ! ユーネがまだ弱いのを利用して逆に僕が支配した! 僕を殺せばユーネとは契約が切れるはずだ! 契約が切れたらユーネは関係ない! それともオルレイン! お前は魔人の支配から解放された聖女を殺すのか!?」
アッシュ渾身の嘘の叫び。噂でオルレインは正しい人間だと聞いていた。こう言えばすぐさまユーネが処刑されることはないだろうと思っての嘘。再びビューネスがお告げで介入してくればバレる嘘ではあるが──
もしかすればビューネスは、
(僕が死んだらステータス画面から僕の名前を消すんだ。オルレインにステータス画面は見られてるんだろ? だとしたらステータス画面から僕の名前が消えることで
(何言ってるのアッシュ!? やだ! やだよ!!)
(ごめんなユーネ。今までありがとう。ユーネと過ごせて楽しかった。まだまだ話したいこともいっぱいあったけど……、さよならだ)
アッシュはそうユーネに伝えると、再びオルレインを睨んで「早く僕を殺せっ!!」と叫ぶ。ユーネも「何言ってるのアッシュ!? 嫌だよ! ずっと一緒にいてくれるんじゃなかったの!? オルレイン! 私がアッシュを使役してるの! 私を殺して!」と叫ぶが──
「そうか。聖女は魔人に操られていたのだな。今もそうして庇う言葉を言わされているという訳か。手荒な真似をしてすまなかったな、聖女よ」
そう言うとオルレインが剣を構え、アッシュを拘束するギロチンの鎖に視線を向ける。
「では魔人を処刑して仕舞いにする!」
無慈悲なオルレインの言葉と共に構えた剣は振り下ろされ、キィンという甲高い金属音を響かせて鎖が切断。防御貫通、回避不能の刃がアッシュの首に向けて落下。「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! アッシューーーーーーーーーー!!」と、喉が張り裂けんばかりのユーネの絶叫が処刑場に木霊する。が──
ギロチンの刃はアッシュの首ギリギリの位置で止まっていた。どうやら鎖の長さが調整されていたようで、「どういうことだ……?」と、アッシュが疑問の声を漏らす。ユーネも状況が分からないのか、声にならない声でしゃくり上げるように泣いていた。
そんな中、オルレインが「二人を解放しろ!」と言って騎士達を呼び、アッシュとユーネの拘束が解かれていく。そうして開放された二人は全力で駆け寄り、息が出来ないほどに力強く抱き合って泣いた。
「だいじょうぶだったかユーネ……? 怖い思いさせちゃったよな……」
「私は大丈夫……、大丈夫だけど……」
「さっきのは何よ!!」と、ユーネが本気で怒った顔を見せる。
「一人で死ぬなんて嫌だよ! 本当にアッシュが死んじゃうと思って私……私!!」
そう言ってユーネが泣きながらアッシュの胸を叩き、「バカ! バカバカ! ずっと一緒にって言ったじゃない!」と叫ぶ。そんなユーネの背中をアッシュがさすり、「ごめんな……」と優しく呟いた。
---
──しばらくして
オルレインが「そろそろいいかな?」と、抱き合うアッシュとユーネに声をかけ、「やり方が強引で申し訳なかった」と頭を下げる。
「全然意味が分からないんだけど……、どういうことか説明してくれるか?」
「お告げがあったのは本当なのだが……」
オルレインはそこまで言うと空を見上げ、「私がお告げを信じられなかっただけだ」と吐き捨てるように呟いた。
「お告げではユーネを邪悪な存在だと言っていたが、私にはそうは思えなくてな。実際に話したユーネは、純粋で美しい心根の存在だと私は判断した」
「お告げよりもユーネを信じたのか?」
「私は自分の目で見たものしか信じない。だからこそ、ユーネが言っていた『アッシュは優しく正しい存在だ』ということを証明するために一芝居打ったのだ」
「芝居にしてはやりすぎだろ……」
「いやなに、この芝居は私に対してではなく、騎士達に見せたのだ。口でいくら『正しい存在だ』と言っても伝わらんだろう? 周りを見てみろ」
そう言ってオルレインが周囲を見るように促すので、アッシュが処刑場を見渡す。するといつの間にか集まっていた騎士達がアッシュに向けて頭を下げていた。中には手を叩き、涙ぐんでいる者までいる。
「処刑場に配置していた騎士達には事情を話していたが、それ以外の騎士達は何も知らん。まあつまり、先程のアッシュとユーネ、身を呈してお互いを守ろうとする姿を見て頭を下げているのだ。私は常々『自分の目で見て、心で判断しろ』と騎士達には教えている」
「神のお告げよりも僕たちの行動を信じてくれたってことか……? そんなバカな……」
信じられない事の顛末に、アッシュがもう一度周囲を見渡す。すると先程まで頭を下げていた騎士達がしっかりとアッシュを見据え、「かっこよかったぞ!」「なんもしてくれねぇ神より最高だ!」「いいもん見せてくれてありがとうな!」「銀髪の女の子も最高だった!」と、口々にアッシュとユーネを褒め称えている。
「すごいな……、信仰心が薄い国だとは聞いてたけど……」
「この国では今まで数え切れない人間が魔王の軍勢に殺されている。職業という武器だけ与え、高みの見物を決め込んでいる神など指揮官として信用出来ん」
「ああ……、それはまあ……」
オルレインは事情を知らないんだもんな……
ユーネがどれだけ絶望しながらも頑張ってきたのか……
「……とまあ、話したいことはまだまだあるが、
「それもそうだな」
「ああ、そういえば……」
オルレインがそう呟くと兜を脱ぎ、「アッシュにはきちんと名乗っていなかったな。私は帝都レグニカ、現帝王オルレイン・レグニカだ」と名乗った。のだが──
兜を脱いだオルレインの顔に、「お前その顔……」とアッシュが絶句する。
「ああ、見覚えがあるか? 双子なのでな。エルステッドからよろしく頼むと書状が届いていたぞ」
そう言ってオルレインが肩口までの金髪を風に揺らし、紫がかった
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