第17話 死の罠と覚えのない記憶
──場面は戻り、アッシュサイド
「……うぅん……ビューネスは……私……が……」
ユーネのむにゃむにゃと言っている声でアッシュが目を覚ます。どうやらいつの間にか眠ってしまったようで、自分も少し疲れているなと、アッシュが頭を振る。
見張るために起きているつもりだったが、なんだかユーネといると落ち着く。どこか懐かしいというか──
ユーネの服がはだけていたので、そっと毛布をかけて外へ出た。風が冷たく、気持ちいい。
まあずっと起きている訳にもいかないし……
夜営の安全対策をしないとってシェーレも言ってたよな……
なんだっけあの魔物……
そう、シェーレはテントで寝泊まりする際の安全策も考えてくれていた。この辺りに出没する魔物の術技。それを覚えることが出来れば、ゆっくり眠ることが可能になるかもしれないと。
よし、とりあえず探すか。
アッシュが魔人の目を発動。
ユーネが眠るテント付近を注視しながら、対象の魔物を探す。
確か地中にいるんだよな……
デススパイダーだっけ?
今のところ地中は魔人の目の効果範囲外か……
確か目印は……
あった!
アッシュの視線の先、蟻地獄のように窪んだ場所がある。おそらく
暗くてよく見え──
見えた! 凄いな魔人の目は!
集中したら視界が明るくなった。
えっと……これ……か?
蟻地獄のような窪みを円状に囲うように、半径五メートル程の位置に棘のようなものが生えていた。注意深く観察しても見逃してしまいそうな微小な棘で、アッシュが恐る恐る左足で棘を踏む。
「痛っつ!!」
棘を踏んだと同時、窪みから茶色い蜘蛛が飛び出した。手のひらサイズの蜘蛛であり、それほど強そうには見えない。
実は先程の棘には麻痺効果があり、通常であれば踏んだ相手が麻痺をする。それもあって体は小さくとも捕食には困らない。むしろ息を殺して潜むため、体が小さいのかもしれない。
聖者の加護の恩恵で状態異常が無効のアッシュには関係のない話だが──
『記憶しますか?』 YES/NO
現れたおなじみの画面のYESに触れ、左足の裏が燃えるように熱くなる。
『デストラップを記憶しました』
記憶すると同時、瞬影を発動。
左腕に鈍い痛みを感じながらデススパイダーを切り裂き、一瞬で背後に回る。そのままステータス画面を開き、覚えた能力の確認をする。
デストラップ/自身から半径五メートルの円状の位置、麻痺効果のある棘を配置。相手が触れた棘の位置を知覚できる。
物騒な名前だな……
とりあえず使ってみるか……
「デストラップ」
発声と同時、左足の裏に刺すような痛みが走る。体からは黒い霧が滲み出し、霧がアッシュを中心にして円状に地面を這いながら広がる。
霧は五メートル程進んだところで一度止まって揺らめき、そこから更に五メートル程外側に進んだところで再び揺らめいて消えた。
消えたけど効果はあるのか?
棘もないし……
範囲は倍くらいになってるけど……
とりあえず……
アッシュが手頃な石を拾い、前方の暗闇に向かって投げる。それほど力は込めなかったが、凄まじい速度だ。
これは当たりどころが悪いと仕留めてしまうな……
そう思ったところで、暗がりから「ギャン!!」という悲鳴が聞こえた。
魔人の目で捕捉したパンサーに向かって石を投げたのだ。パンサーは三匹。今の攻撃でアッシュに気付き、こちらに向かって走ってくる。石が直撃した一匹は瀕死なのか、フラフラと遅い。
アッシュが後ろを向いて目を閉じ、魔人の目を解除。そう、
これで麻痺しなかったり知覚出来なかったら大惨事だな……
え……?
そうなると僕はパンサーの爪に切り裂かれて……
失敗した時のことを考え、振り向いて目を開けたくなるが──
何とか耐える。
そんな心配を他所に、向かい来るパンサーがアッシュから十メートル程の位置で動きを止めた。アッシュには見えていないが、パンサーの足元には黒い霧が発生している。棘は再現されず、発生した黒い霧によって麻痺したようだ。
それと同時、アッシュが凄まじい頭痛に襲われて膝をつく。麻痺によって動きを止めたパンサーの位置が、脳内に直接叩き込まれた感覚。
ぐぅ……
痛みで知覚するのかよ……
頭が割れるかと思った……
アッシュが痛む頭を抑え、麻痺で動けなくなっているパンサーの元に向かう。そうして魔人の爪でとどめを刺したのだが……
なんだか胸が痛んだ。
前々から魔物であっても殺すのは嫌だと思っていたが、放置したとしても被害が出る。共存は出来ないのだろうとは思うが──
だめだ……
なんだかもやもやするな……
あれ……?
なん……だ……?
アッシュの頭の中、唐突に覚えのない記憶の映像が浮かぶ。
そこには見たことのない……いや、
見たこともないデザインだが、
そんな服装のニーナが心配そうな顔で「解剖はやっぱり嫌い?」と問いかけ──
「なんだか命を弄んでる気がして……。生きるために他者の命を奪って食事はするし、何言ってるんだよって話だけどな。やっぱりゲームと現実は違う」
「それはゲームだと殺してもいいってこと?」
「そう言われると……、確かに僕が好きなファンタジーやゲームは残酷な世界……か。はは……矛盾してるな……僕は」
「
そう言ってニーナが笑い、更に覚えのない記憶の場面が切り替わる。目の前にはユーネの姿。だが──
ユーネは白銀に輝く羽を広げ、圧倒的に美しいその姿は今よりも大人びて見える。そんなユーネが口を開き──
「ふふん! 美女には秘密が多いものなのだよアッシュ君! ある時は絶世の美女、
と──
訳の分からないことを言って、覚えのない記憶の映像は途切れた。
なんだったんだ今のは……?
僕の記憶……か?
そういえば僕を
ホープだったか……? も「もしかして記憶がねぇとかかぁ」とか言ってたな……
確かに僕はタリア村に来る前の記憶がないけど……
今の記憶だとニーナもユーネもそれなりに大人だった……
だめだ……
全然意味が分からない……
覚えのない記憶に考えを巡らせるが、本当に覚えがない。
とりあえず戻るか……
アッシュが軽く頭を振り、ユーネが眠るテントへ戻る。
ユーネは出た時のまま丸まって寝ていた。かけた毛布を挟み込み、抱き枕のようにして寝ている姿がたまらなくかわいい。
「ただいまユーネ。僕も少し眠らせてもらうよ。なんだか疲れた……」
とりあえずデストラップを発動し、ユーネに背中を向けて横になる。デストラップはあの頭痛だ。おそらく魔物がかかれば凄まじい頭痛で目を覚ます。
「おやすみユーネ……」
ユーネの温かさを背中に感じながら、アッシュは気絶するように眠りに落ちた。
──数刻後
「ぐぅっ!!」
アッシュが激しい頭痛に襲われ、目を覚ます。脳内にはデストラップによる魔物の位置が叩き込まれ、だが寝起きのせいか朧気だ。
「魔物か! 起きろユー──いない!? ユーネ! ユーネ!? くそっ!!」
アッシュがテントの外に出ようとしたところで、ユーネの「助け……て……」という震えた声がする。
最悪の事態がアッシュの脳裏をよぎり、嫌な汗が吹き出す。
そうしてテントの外に転がるように飛び出したアッシュの眼前には、信じられない光景が──
「何してるんだよユーネ……」
そこにはデストラップで麻痺し、四つん這いでテントにお尻を向け──
ぷるぷると震えながら助けを求めるユーネの姿。悲劇的なことに、スカートは捲れ上がっている。
うん……
眩しい朝日に眩しい純白のパンツ……
頭痛で最悪の目覚めだったけど……
ありがとう……
ユーネの元までゆっくりとアッシュが歩く。
麻痺によってぷるぷる震えるお尻と眩しいパンツ。とりあえずアッシュは、捲れ上がっているスカートを優しく直してあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます