第46話 雨の中の慟哭


 ──グランヘルム西、東西を分断する巨大山脈の頂上付近


 グランヘルム大陸とレグニカ大陸を東西に分断する巨大な山脈。実はこの山脈には、「グランヘルム山脈」と「レグニカ山脈」という二つの名称があり、呼び方が定まっていない。

 なぜなら鉱物資源が豊富であり、ベリルやトパーズといった宝石類が採掘され、地下には豊富な金鉱がある。そのため長きにわたってグランヘルムとレグニカで領土争いをしており、未だ決着がついていないのだ。そんな中でドラゴンが居着いてしまい、今現在領土問題は保留中である。

 そうした流れから、便宜上「グランヘルム西の山脈」「レグニカ東の山脈」「巨大山脈」「大山脈」と、呼び方は様々とある。


 そんな山脈の頂上付近、雨宿りにちょうどいい洞窟の前で、アッシュとユーネが黒王丸から降りる。「もう少し進んだら山頂なんだけど……」と、ユーネの顔色を窺いながらアッシュが口を開くと、ユーネは少し顔を顰めた後で「私が行っても邪魔になっちゃうんでしょ?」と、だいぶ聞き分けがいい様子。


「ありがとうユーネ。とりあえずこの洞窟の入口にデストラップを配置しておく。黒王丸も置いていくし、すぐに戻ってくるよ」

「じゃあクロちゃんと一緒に遊んで待ってるから……クロちゃん小さく出来ない? 小さいクロちゃんぬいぐるみみたいでかわいいんだぁ」


 そう言ってユーネが「えへへ」と笑うが──



 また幼くなったか……?

 あれから見た目はそれほどだけど……

 精神年齢がかなり下がってる気がするな……

 くそ……

 時間をかけてなんかいられないな……



「黒王丸を小さく? 正直大きいままの方が安心なんだけど……」

「だめ……?」

「まあ……ドラゴンのせいでこの辺はほとんど魔物もいないからな。デストラップもあるし……」


 言いながらアッシュが黒王丸に手をかざし、補食花の呪いでぬいぐるみサイズに変化させる。


「やったー! ありがとうアッシュ!」

「とりあえず山頂は近いし、魔人の目で洞窟付近を警戒しておくよ。黒王丸もユーネのこと頼んだぞ?」


 アッシュが小型化した黒王丸の頭を撫でると、「任せろ!」と言わんばかりの雰囲気で「ヒヒーン!」と黒王丸が応えた。


「じゃあ行ってくるよ」

「はーい! 気を付けてね!」


 洞窟内でデストラップを発動し、アッシュが外に出る。そうしてしばらく歩いて洞窟が見えなくなった辺りで、魔人の目で捕捉中のユーネに魔人の回路を使って声を届ける。


(聞こえるかユーネ?)

(は、はわわ! アッシュの声がする! つ、ついに寂しくて幻聴が……)

(何言ってるんだよユーネ……、魔人の力で遠くからでも会話出来るようになったんだ)

(そ、そうなの?)

(それより離れてまだ一分くらいだぞ? それで寂しいって……)

(だ、だって……、なんだか不安で……、アッシュ……? ずっと一緒にいてね……?)

(ああ。すぐにドラゴン倒して戻るよ)

(うん……。でも戻ってきたら、ギュってして欲しいな……)

(ユーネは甘えん坊だなぁ。まあサクッと終わらせるから、そんなに心配しないでくれ)

(はーい……)


 エンシェントドラゴンとの戦いに集中するため、ユーネとの会話を切り上げてアッシュが山頂へ向かう。



 確か基本的には山頂で休んでるんだよな……

 山を越えようとすると動き出すって……

 南北どの位置でも気配を察知して襲って来るドラゴン……

 そのせいでグランヘルムとレグニカの境界線はデッドラインとか呼ばれてるんだよな……

 そもそもなんで山を越えようとすると襲ってくるんだ……?

 まるで何かの装置みたいな存在だ……

 昔アラン達とよく遊んだボードゲームの強制イベント……みたいな感じか……?

 


 ドラゴンの主食は魔物であり、場合によっては魔物を減らしてくれるありがたい存在だ。土地によっては信仰の対象になったりもする。だがこの山脈を根城にするエンシェントドラゴンは少し特殊だ。もちろん魔物を主食にしているのだが、山を越えようとする人間がいた場合に排除しようとする。

 グランヘルム西の山脈──大山脈は、大陸を東西で完全に分断するように、南北に長い。距離にして5千キロメートルもあるのだが、どの地点から山を越えようとしてもエンシェントドラゴンが現れる。場合によっては超長距離からの高火力のブレスで、跡形もなく焼き払われてしまうこともある。



 ここを越えればいるはずだけど……

 時間をかけてる場合じゃないからな……

 悪いけど瞬殺させてもらう……

 その為の仕込みも終わってる……

 行くぞ……

 修羅の型・伍!!

 


 アッシュがイメージで修羅の型・伍を発動。冒険者ギルドで一度保留にした大量の刀が空中に出現する。そう、実はギルドでの大立ち回りはこの時の仕込みでもあったのだ。

 さらに保留を解除して再発動したことで、追加でどんどんと刀が増えていく。修羅の型・伍のデメリットによって体力も減っていき、魔人の呪いによってステータスがガンガン上がる。

 気付けば空を埋め尽くさんばかりの漆黒の刀。



 よし!

 一瞬で終わらせる!!



 ステータスが限界突破したアッシュが、ズガンッと地面を蹴りつけて山頂へと躍り出る。蹴りつけた地面は榴弾が炸裂したように抉れ──


そこだ発射っ!!」


 空中に展開した漆黒の刀を、山頂で横たわるエンシェントドラゴンに向けて発射。アッシュは少し離れた場所から一気に山頂まで移動したので、エンシェントドラゴンの反応が遅れる。


 圧倒的な瞬殺。

 エンシェントドラゴンは何が起きたかも理解出来ずに、漆黒の刀によって剣山のような状態となった。だが──

 エンシェントドラゴンの体に突き刺さった漆黒の刀が、ボロボロと地面へ落ちる。そうして体をぐぐぐっと持ち上げてアッシュを睨む。



 予定通りだ。

 こいつは一度だけ死亡を回避する。

 悪いがこの後の流れも僕のものだ。

 


 実はエンシェントドラゴンは、日に一度だけ体力の一割を残して死亡を回避するという、聖者の加護に似た能力を持っている。それによって死亡を回避したエンシェントドラゴンの次なる行動は──


 ヒィィィィィィィィィィィィィィィン──


 エンシェントドラゴンが大きく口を開け、耳障りな音と共に口腔内が燃え盛っていく。超高火力の圧縮ブレスだ。防御無視の超高威力で、当たれば絶命必至の即死技と言って差し支えない程の威力。



 大丈夫だ。

 時間を巻き戻す前にタイミングは掴んでいる。

 落ち着いて見極めれば問題ない。



 エンシェントドラゴンの口腔内に圧縮されたエネルギーが溜まっていき、目視できないほどの輝きを放つ。タイミングを見誤れば一撃で死亡。例え死亡を一度回避出来るとはいえ、おそらく痛みで頭が狂う。だがアッシュのやることは変わらない。

 魔人の爪をダガーくらいに伸ばし、構える。それと同時──


 キュオッ! という高い音と共にエンシェントドラゴンの口から放たれる即死ブレス。


そこだ瞬影!!」


 ブレスの熱を感じた瞬間、アッシュが瞬影を発動。放たれたブレスをすり抜け、エンシェントドラゴンに斬撃を叩き込んで背後に回る。限界を突破した攻撃力での致死の斬撃により、エンシェントドラゴンは崩れ落ちた。

 そうしてアッシュの目の前には、例の画面が出現。ブレスをすり抜けはしたが、放たれた瞬間の超高火力の熱で、皮膚表面に僅かなダメージを受けたのだ。



『記憶しますか?』YES/NO



 YESに触れ、アッシュの全身が燃えるように熱くなる。



『ブレスオブエンドを記憶しました』



 予想以上にドラゴン討伐が早く終わり、アッシュがステータス画面を確認しようとしたところで──

 目の前に「ヒヒーン!!」と小型化した黒王丸が駆けてきた。


「なんで黒王丸が!? ユーネは!?」


 アッシュの背中を嫌な汗が伝う。エンシェントドラゴンのブレス攻撃に集中するため、魔人の目の効果範囲を狭めてしまっていた。急いで魔人の目の効果範囲を広げるが──

 すでに洞窟内にはユーネの姿はなく、だが見覚えのあるが落ちていた。



 このダガー……

 あの冒険者ギルドで絡んできた投げナイフの男と同じダガーだ……

 わざわざダガーに自分で柄巻つかまきしていたから見間違えるはずがない……

 確かあいつの職業はシーフ……

 状態異常床無効や索敵無効の能力があったはず……

 索敵無効は任意の相手にも効果を付与出来る……

 視認しない限りは索敵系の能力から完全に消えてしまうはず……



「くそっ! 行くぞ黒王丸! 索敵にかからなくても足跡を辿れば!!」


 そうしてユーネがいたはずの洞窟まで辿り着いたアッシュが絶望する。


「なんで……なんで足跡がないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 そう、シーフにはという能力もある。アッシュが洞窟の外へと転がり出るが──

 無情にも土砂降りの雨が、微かな物音ですら掻き消してしまっていた。





---





「痛い! 触らないで! やめて! やめてよ!! アッシュー!! アッ──」


 叫ぶユーネを投げナイフの男が「うるせぇっ!!」と殴り、ユーネが短い悲鳴を上げて気絶する。投げナイフの男は馬で移動しており、すでに洞窟からはかなり離れていた。進む方向は帝都領。

 そう、アッシュがエンシェントドラゴンを倒したことで、帝都領へと行けるようになったのだ。おそらく投げナイフの男は、帝都領へと逃げ込むつもりなのだろう。


 しばらく馬を走らせた投げナイフの男が、帝都領、山脈の麓まで辿り着く。そこにはちょうどよく雨宿り出来そうな洞窟があり──


「へへ……、こいつは奴隷商にでも売っぱらうとして……」


 投げナイフの男が下卑た笑い声を上げ、洞窟内に横たえたユーネの服を乱暴に破く。服の裂け目から覗く、白く柔らかなユーネの肌。投げナイフの男がその肌に乱暴に触れる。


「たまんねぇなぁ……、こんな美人を好き放題出来るなんてよぉ……、奴隷商なんかに売らねぇで俺の性奴にでもするか……? へへ……」


 そう言って投げナイフの男が、ユーネの露わになった下着も破り捨てたところで──

 背後から「その手を離せ下衆が。私の視界に入れるのも汚らわしい」と、声をかけられて驚いて振り返る。そこには鋼鉄の全身鎧に身を包んだ人物が立っていた。兜で顔は見えないが、声から男性だということは分かる。


「な、なんだぁ? 邪魔すんじゃねぇよ! つーか邪魔しねぇなら……おめぇにもこの女ぁ抱かせてやるぜ?」


 投げナイフの男のその言葉に、全身鎧の男が「醜いな」と、吐き捨てるように呟いて剣を抜く。


「貴様は余りにも醜い。私の領が穢れてしまう前に……せめて一瞬で済ませてやろう」


 全身鎧の男が剣を構え、「残命剣ざんめいけん!」と力強く叫んで剣を振り下ろす。するとスヒィンと澄んだ音がして、投げナイフの男の体が真っ二つに両断され、絶命した。

 そのまま全身鎧の男がユーネを抱き上げるが、ユーネの体は熱を帯びており、ぐったりとしている。おそらく雨に打たれたことで熱を出したのだろうが──


「すごい熱だ……、おそらく体力も低下している……」


 全身鎧の男がユーネを抱えたまま、洞窟の外に出ようとしたところで、「アッ……シュ……」と熱にうなされたユーネが呟く。


「アッシュ? 誰かの名か……?」


 全身鎧の男がユーネの頭を撫で、「まずは体を休ませなければな」と呟き、洞窟の外に待たせていた馬に跨る。そうして「行くぞスレイプニル!」と掛け声をかけ、まるで疾風のようにスレイプニルと呼ばれた馬で駆け出した。


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