第47話 黒き流星
──聖都グランヘルム、冒険者ギルド二階
「まだかベルジュ! まだユーネの場所は分からないのか!」
そう言って叫ぶアッシュの体からは、じわじわと黒い霧が滲み出す。レベルが上がったからだろうか、それとも縦縞の痣が現れてからだろうか──
アッシュの感情に反応するかのように、黒い霧が漏れ出して蠢く。
「焦る気持ちは分かるけど落ち着いて! 今タグの位置情報を確認してるから!」
「落ち着いてなんていられるか! ユーネにもしものことがあったら……、くそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「出たわ! え!? ここって……」
「どこだ!? 場所はどこだ!?」
二人がカウンターに置かれたガラスの板を食い入るように見つめる。ガラスの板には世界地図が描かれており、ユーネの名前と残り体力、現在地である赤い点がガラスの表面に浮かび上がる。現在地を示す赤い点は帝都レグニカの位置で止まっており、
減少分はそれほどではないが、確かに体力は減っている。さらに体力ゲージなのだが、
もちろんこれは高熱を出したユーネの体が弱っていることによるゲージの変化なのだが、断片的な情報しか得られないアッシュ達に知る術はない。
タグの状態を見たアッシュが「レグニカだな!!」と言って外に出ようとして、「ちょっと待って!」とベルジュに止められる。
「なんだよベルジュ! ユーネを助けに行かないと!!」
「これを見て。これが投げナイフの男──ビルズって名前なんだけど、ビルズのタグの履歴よ。ユーネちゃんを攫ったのはビルズで間違いないんだけど……」
「ユーネと一緒に山脈の麓まで移動しているな……って──」
タグは位置情報や体力の増減など、履歴を遡ることが出来る。ビルズのタグの履歴によれば、山頂の洞窟でユーネを攫った後でおそらく馬を使ってレグニカ側の麓まで移動し──
「突然死んだ?」
「そう。しかも体力の減り方がおかしいの。普通攻撃を受ければ体力ゲージは右から左に減るわ。それは死亡するほどのダメージを受けた場合でもそうなの。でもこの減り方は……」
「残り体力が一瞬で消失してる……」
そう、体力ゲージはどれだけ高威力、即死級のダメージを受けたとしても、右から左に向かってゲージが減少する。仮に即死ダメージだったとしても、ゲージの減少スピードが早くなるだけである。
「この減り方は
「そうね。確定ダメージ効果の術技の場合だけ、体力ゲージは抉れたように消失するわ。だけど確定ダメージ効果の術技は威力が低いのが相場よ?」
「中位職のビルズを一撃で殺したってことは……」
「おそらく上位職以上で高レベルの相手ね」
帝都レグニカ……
帝王オルレインは上位職の重騎士だ……
時間を巻き戻す前に会ってはいないけど……
オルレインの噂は聞いていた……
確か確定ダメージ技を使用するって……
となるとまさかオルレインが……?
なんのためにビルズを殺してユーネを……?
もしかして……
グランヘルムのように、ビューネスが帝都へお告げを……?
帝都は聖属性職業がほとんどいないってだけで、神官も数名いるはずだ……
なんにしてもユーネは今、継続的なダメージを受けている……
いや、待てよ……
もし仮にビューネスが関わっていたとしたら……
ユーネを痛めつけて遊んでいる……とかか……?
最悪拷問だって有り得る……
そうなれば体力の減少が僅かなことにも説明がつく……
初めはそれほど痛めつけず……
「くそっ! そんなのはダメだ!!」
アッシュが叫び、ベルジュに背を向けて駆け出そうとする。そんなアッシュの腕をベルジュが掴み、「待って!」と止めた。
「一人で行くつもりなの!? 魔人が攻め込んできたって思われてしまうわ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「でも……」
ベルジュが不安そうにアッシュを見つめる。そんなベルジュに「大丈夫。すぐにユーネを連れ戻すよ」とアッシュが力強く告げ、ギルドの外へと出た。急いで帝都へ向かわなければと思うアッシュだったが──
でもベルジュが言うように……
魔人が攻め込んできたって思われる可能性があるのも確かだよな……
かといって、もし仮にビューネスが絡んでいるなら聖者の姿では助けに行けない……
くそっ!
急がないといけないのは分かってるけど……
念の為、エルステッドに報告はしないとだな……
このネックレスも……
エルステッドから貰ったネックレスをアッシュが握りしめ、城へと向かう。
---
──聖都グランヘルム王城、中央中庭
魔人の目でエルステッドの居場所を捕捉し、もはやエルステッドの修練場と化した中庭へとアッシュがやってくる。
中庭には、一心不乱に刀の素振りをするエルステッドの姿。アッシュが来たことに気付いたエルステッドが刀を納め、「どうやら手合わせをしに来た訳ではなさそうだな」と真剣な面持ちになる。
「すまないエルステッド。時間がないから簡潔に伝えさせてもらう。これから帝都にユーネを取り戻しに行ってくる。場合によっては帝都とやり合うことになるかもしれない」
「急展開だな。大山脈のドラゴンを倒したという情報は来ていたが……ユーネが攫われたのか?」
「ああ」
「誰に攫われたかは?」
「最初に攫った奴はすでに死亡してるんだ。その後でまた誰かに攫われ、帝都へと連れて行かれた可能性が高い」
「詳細は分からないということか……」
「ああ。だけど
「なんだと!?」
「だから悠長に話している場合じゃない。このネックレスはいったん返すよ。これを持っていたら聖都から魔人を送り込まれたと誤解されかねない」
そう言ってアッシュがネックレスをエルステッドに差し出す。
「何を言う! ユーネが危ないと聞かされて黙っていられるか! 私も行こう! すぐに出るぞ!!」
エルステッドがネックレスを突き返し、駆け出そうとしたところで、「悪いエルステッド」と、アッシュに肩を掴んで止められた。
「なんだ!? 急がなければユーネが!!」
「だからこそだ。こんなこと言うのは本当に申し訳ないと分かってる。だけど悪いエルステッド……」
「今は足でまといなんだ」とアッシュが苦しそうに呟いて拳を握り込む。握りこんだ拳からは血が滴り、アッシュが言いたくて言っている訳ではないことが窺い知れる。正直な話、もしビューネスが絡んでいるのだとしたら、エルステッドでは歯が立たない。エルステッドもそれが分かっているからこそギリギリと歯を食いしばり、「私がいては邪魔だな……」と悔しそうに呟いた。
そんなエルステッドの背中を「ごめんな」と言ってアッシュが軽く叩き、「だけどエルステッドは僕が出会った中でも最高の戦士だ」と、今度は力強く叩いた。
「だがアッシュ、私にも出来ることをさせてくれ。レグニカの王とは知った仲だ。急いで書状をしたためよう」
そう言うとエルステッドが「紙と筆!
エルステッドは筆を持つとサラサラと達筆な文字で文章を書き始め、最後に国璽を押印した。
「これには『この者は聖都グランヘルムの使いである』という旨が記されている。そのネックレスと一緒に持っていけ」
エルステッドの力強い視線。書状やネックレスがあれば帝都で動きやすくなるのかもしれないが、場合によっては「魔人を送り込まれた」と誤解される。
だがエルステッドの覚悟を無下にする訳にはいかず、「分かった」と言ってアッシュが書状を受け取る。そうして道具袋にしまった後で捕食花の呪いを発動。目視出来ないほどに小型化させた。
エルステッドの気持ちは有難いが……
聖都と帝都が戦争にでもなったら目も当てられない……
だけどありがとうなエルステッド……
気持ちはしっかりと受け取った……
そんな中、一人の衛兵が慌てた様子でエルステッドに近付いて耳打ちし、すぐに立ち去った。衛兵から何事かを聞かされたエルステッドの表情は険しいものへと変わる。
「どうした? 何かトラブルか?」
「グランヘルム大陸の南部で魔物の軍勢が暴れているらしい」
「南部……ってことはタリア村方面か?」
「タリア村から南、海岸沿いに洞窟があるのは分かるか? その付近だということだが……」
海岸沿いの洞窟……?
ってことはシェーレ達がいる洞窟辺りってことか……
このタイミングは嫌な予感がするな……
くそ……
次から次へと……
「悪いエルステッド。もしかすれば僕の仲間達がその洞窟にいるかもしれない。こんなこと言えた義理じゃないけど……」
「よろしく頼む」と言ってアッシュが頭を下げる。エルステッドはそんなアッシュに「顔を上げろ」と言って拳を突き出し、顔を上げたアッシュが「お互いに健闘を祈る」と拳を合わせた。
それと同時、アッシュの背中からは漆黒の翼が生える。エンシェントドラゴンを倒してレベルが上がり、「魔人の脚」「魔人の翼」という新しい術技を覚えたのだ。
魔人の脚は発動することで脚に黒いラインが増え、脚力が限界を突破。駆ける速度は黒王丸を凌駕する。
魔人の翼は文字通り翼が生え、飛行が可能となる。飛行速度は──
まだ試していない。
これまで覚えた魔人の術技を全発動することで、見た目は誰がどう見ても忌まわしい存在だと認識するほどに禍々しい。だが──
かなり見た目の変化を遂げたアッシュだが、一般的に存在する魔人とはどこか違う。これまで確認されている魔人は
人間らしさもかなり残されている。
僕の知ってる魔人とはどこか違うな……
くそ……
全部だ……
全部が全部意味が分からない……
だけど今は……
「待ってろユーネッ!!」
叫び声と共にアッシュが天高く舞い上がり──
キャドンッ! と轟音を響かせ、まるで流星の如き速度で帝都へ向けて飛び立った。
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