第39話 ベルジュとの再会 2


「ふーん。二人は付き合ってるの? それとも夫婦? もうえっちはした?」

「ち、違う! 僕達はそんなんじゃ──」


 アッシュがそこまで言ったところで、「そんなんじゃないんだ……」とユーネが落ち込んでしまう。その様子を見ていたベルジュが「今はまだって感じねぇ?」と意地悪そうに笑う。


「そ、それより依頼だ! 今はどんな依頼があるか見せてくれ!」

「依頼はそっちのボードよ」


 そう言ってカウンターに向かって左の壁側、依頼ボードをベルジュが指差す。ボードには所狭しと羊皮紙に書かれた依頼が貼ってある。中には貼りっぱなしなのか、風化しているものも見受けられる。

 実はSランクの依頼は達成出来る者がほとんどおらず、エルステッド率いる騎士団で対応することが多い。難易度的には上位職で何とかクリア出来るレベルなのだが、そもそも上位職の数が足りていない。それもあって貼りっぱなしで放置されている依頼も多いというわけだ。

 そんな中、アッシュが依頼ボードから一枚の羊皮紙を剥がす。剥がした羊皮紙には「エンシェントドラゴン」という文字と、凶悪な表情をしたドラゴンの絵が書かれていた。


「これを受けたいかな」


 そう言って剥がした羊皮紙をベルジュに見せる。「グランヘルムから西の山脈にドラゴンが居着いてしまい、往来が困難になっているので討伐して欲しい」という内容だ。

 グランヘルムから西の山脈を越えると、帝都レグニカのあるレグニカ大陸に通じているのだが、ドラゴンが居着いたことで国交は長年断絶している。


 アッシュがこの依頼を選んだのには訳がある。帝都を治めるのは上位職で重騎士の帝王オルレイン。修羅と同じで属性がない職業だ。さらに帝都には神官などの聖属性職業もほとんどおらず、ビューネスに操られる心配のない国。もしもの時のために国交を再開させておけば、強力な味方になってくれるだろう。


「……これは流石に厳しいんじゃない? 分類上Sランクしかないけど、これはSSSランクよ。ギルドの職員側でSランクを三つに分けてるの。S、SS、SSSランクってね」

「いや。これで頼む。ランクが高い方が困ってる人も多いだろうし」



 この依頼は時間を巻き戻す前に一度達成してるからな。

 だけどあの時はレベル40で今は8……

 まあでも、エルステッドのおかげでステータスを大幅上昇させる方法を手に入れたから問題はないはず……

 


「この依頼は聖王様でも撤退した依頼よ?」

「僕は本気のエルステッドに十秒かからずに勝ったし、たぶん大丈夫だと思う」

「え!? 聖王様相手に十秒かからず!? ……って聖王様を呼び捨て!?」

「エルステッドに呼び捨てにしろって言われてるんだ。それとここだけの話にしてくれよ? エルステッドと手合わせした時、僕は本気を出していない」


 アッシュのその言葉に、ベルジュが目を白黒させる。それもそのはず、だと云われている。さすがにベルジュも驚いた後、訝しんだ目でアッシュを見つめていたが──


「……嘘を吐いてる目じゃないわね。……よし! 信じたわ! 依頼を受け付けてあげる! 本当はギルマスに確認したいんだけど、今は外出中で明日にならないと戻らないから私が許可するわ」

「ありがとうベルジュ。けど久しぶりにダ──げふんげふん」


 アッシュが「久しぶりにダンガルに会いたかったな」と口にしそうになり、焦って咳払いで誤魔化す。ダンガルとはギルドマスターのことなのだが、時間を巻き戻したこの時間軸でまだアッシュは会っていない。


「……ひ、久しぶりに誰かとたくさん話したよ。僕は見た目が魔人っぽいし、誰かと関わるのを避けていたからな。ま、まあエルステッドとは話したけど、あいつはちょっと特殊だろ? そ、それよりそこの扉の紋章? か、かっこいいな」


 アッシュが焦りながら受付の左奥にある扉を指差し、なんとか誤魔化そうとする。指差した扉には、燃え上がる炎のような紋章が刻まれていた。


「執務室に向かう扉? その扉の紋章は火の神様のよ。うちのギルドマスターが火の神様が好きで、職人を呼んで扉に刻ませたみたいね。いい歳してが好きなんて無邪気よねぇ」


 そう、この世界は聖属性の神──つまりユーネビューネスしか存在しないことになっている。※実際に信仰されている聖属性の神の名前はルナレスやシャイーナなど様々とあり、これに関してはユーネが神託を行う際に名前を名乗っていなかったせいということである。


 そんな中、火の神の紋章が刻まれた扉をユーネがじっと見つめ、「……火の神……ドラヌ……ス……なんで消え……」と呟いた。その顔からは幼さが消え、桜色の艶やかな唇が僅かに震える。

 どうやらユーネが何かを思い出したような雰囲気なのだが、相変わらずベルジュに体をまさぐられ、「ん……あ……」と漏らす声がえっち過ぎて──



 ああくそ、えっち過ぎて聞き逃すところだったけど……

 今のユーネの口ぶりだと、火の神様が消えたってことか……?

 ドラヌス……

 確か伝承で登場する火の神の名前の一つだ…… 

 つまりってことだよな……?

 シェーレからの手紙にもそんなようなことが書いてあったし……



 少し前、シェーレから届いた手紙に書かれていた「他に神は何人いるのか」「他に神がいたとして、ユーネの時を戻すような強力な術はあるのか」「世界が分断する前、誰かに時間を戻すよう頼まれなかったか」という内容。今のユーネの呟きも加味して考えれば、やはりという事だろうか。

 それらも踏まえ、アッシュが「もしかして何か思い出したのか?」とユーネに聞こうとしたところで、ユーネが唐突に頭を抑えて苦しみ出した。


「ど、どうしたユーネ!! だいじょうぶか!?」

「う……うん……、それよりアッシュ……少し思い出し……」


 ユーネはそこまで言うと、「うぅ……頭……痛くて吐き……そ……」とカウンターテーブルに突っ伏し、気絶するように眠ってしまった。アッシュが急いでユーネのステータス画面を確認するが、どうやらステータス的には異常はなさそうで──



 確か二階にはベルジュ専用の休憩室があったはずだ……

 そこで休ませられればいいんだけど……



「ごめんベルジュ。どこかでユーネを休ませたいんだけど……」

「それならベッドのある休憩室があるわ。私しか使わない部屋だし、そこでいい?」

「助かるよ」

「じゃあこっちよ」


 アッシュが気絶したように眠るユーネを抱き上げ、ベルジュと共に休憩室へ向かう。


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