第38話 ベルジュとの再会 1


 冒険者ギルドの二階に上がると、正面には受付カウンター。左手、壁側に依頼ボードがあり、羊皮紙に書かれた複数の依頼が貼ってあった。カウンターの奥にはお洒落な酒瓶が陳列され、手前には丸椅子が並ぶ。さながらBARバーのような雰囲気だ。

 丸椅子の上には黒髪眼鏡のグラマラスな受け付けの女性──ベルジュが座り、カウンターテーブルに物憂げに頬杖をついていた。


 ベルジュはいつもどこかしら透けた服を着ており、今日も胸元と腹部、股下が透けた黒いドレスを身に纏っている。丸椅子の上で組んだ肉感的な脚が男の目を誘い、く吐息は気怠げで蠱惑的。


「……君が下で騒いでたのかしら?」


 ベルジュにも一階での騒ぎは聞こえていたようで、その長い睫毛に縁取られた、煙水晶スモーキークォーツのような淡く茶色い瞳をアッシュに向ける。

 妖艶な視線を流すように向けられたアッシュの中で、ドクン──と熱い何かが脈打った。



 まただ……

 懐かしいような切ないような胸を締め付けるこの感覚……

 時間を巻き戻す前はある程度仲が深まってからだったけど……

 やっぱりベルジュとは冒険者ギルドで会う前にどこかで会ってるのか……?

 いやいや、僕の記憶がないのは幼い時だ……

 ベルジュに抱くこの感情は愛情……喪失……

 そんな感じだ……

 ああくそ……頭がもやもやする……

 だけど今はとにかく目の前のやることに集中しないとだな……



「お騒がせしてすみません。少々絡まれてしまいまして。Sランクの依頼はここで受けられますか?」

「Sランクの依頼は確かにここで受け付けているけど……失礼だけどランクは?」

「ランクはまだありません。本日登録させて頂こうと思いまして」

「んー、それならまずは一階なんだけど……もしかして君は昨日騒ぎになった魔人さん?」


 ベルジュが立ち上がり、アッシュの顔を覗き込んで問いかける。その際、耳元で「とっても好みの顔」と囁いて頬を撫でた。が、アッシュは微動だにしない。なぜなら何となく、ユーネが後ろで睨んでいる気がしたからだ。


「正確には魔人ではなく魔徒です。後ろのユーネに魔人化を抑えて貰っています。サーチなどで確認して頂いて構いません」

「確認しなくても大丈夫よ。聖王様が今朝方に御触れを出したの。『見た目は魔人だけど暴走はしない。私の友人で危険はない』って。それに冒険者ギルドは来る者拒まずがモットーよ?」


 そう言いながらベルジュがカウンターの中へと入っていき、奥の棚から茶色いボトルを取ってグラスに注ぐ。


「かなりお酒に強いって聞いたわ。飲むでしょ?」

「ではお言葉に甘えて……」


 アッシュがグラスに注がれたお酒を一気に飲み干して空にし、カウンターテーブルにそっと置く。その姿をベルジュが満足そうに眺め、唇に指を添えながら「ふふ、本当に強いのね?」と微笑む。


「エルステ……聖王様と話したんですか?」

「ギルドの受付嬢ごときが聖王様と話せるわけないでしょ? あなたのことは噂になってるのよ。『とんでもない美女を連れたイケメンで、聖王様に酒でも腕っぷしでも勝った猛者』ってね。歓迎するわ。ようこそ聖都グランヘルム冒険者ギルド『アースガルズ』へ」

「これは受け入れられたってことでいいんでしょうか?」

「そうね。あの聖王様のお墨付きの子を無下にする理由がないわ」


 そう言って微笑むベルジュの視線には、魔人に対する恐怖が一切感じられない。


「……あなたは僕の事が怖くはないんですか?」

「あなたじゃなくてベルジュよ。魔人は確かに恐ろしい存在だけど……不思議と君のことは怖いって思わないわ。むしろ心が暖かくなる感じね。こんな感覚になるのは初めてよ? お姉さん君に恋しちゃったのかも」

「か、からかわないで下さいよ……」

「あら? 可愛い反応するのね。それよりもう少し砕けた口調で話せない? 。なんでかしら?」

「違和感……ですか?」

「ええ。ちょっと気持ち悪いこと言うわね? なんだか君とは親しくしていた気がするの。それこそ……ね?」


 そう言ってベルジュが熱を帯びた表情で微笑み、しなをつくる。



 なんだ……?

 記憶があるようには見えないけど……

 


「……僕はアッシュ。後ろにいるのはユーネだ。ほらユーネ。あいさつするんだ」


 ユーネがアッシュの後ろからちょこんと顔を出し、「ユ、ユーネです。よろしくお願いします」と頭を下げる。


「美人さんとは聞いていたけど……、まるで女神様ね! ちょっとこっちにきて!」


 ユーネの顔を見たベルジュが興奮した様子で手招きし、ユーネが「え……? え……?」と怯えてしまう。そんなユーネの頭をアッシュが撫で、「ベルジュは悪い人じゃないって知ってるだろ?」とそっと耳打ちした。


「よ、よろしくお願いします……」


 そう言って歩み出たユーネが、無情にもベルジュによってカウンターの中へと引きずり込まれ、「凄い綺麗な髪ね。肌も肌理きめが細かくてもちもち」と、体の隅々まで弄ばれ始める。なんなら頬にキスした気もするし、体の触り方が愛撫でもしているようでいやらしい。ユーネは「ん……あ……」とくぐもった声を漏らし、体に力が入らないのか、目を潤ませて震えている。



 くそ!

 やっぱり見たものを記憶する能力が欲しい!!



 アッシュがそんなよこしまなことを考えながら、二人のえっちなスキンシップを見る。


「……それよりアッシュはなんでSランクの依頼を受けたいの? かなり強いみたいだし、聖王様の友人ならお金も心配ないでしょ?」


 ベルジュが普通に話し始めるが、相変わらずユーネの体を撫で回し、涙目のユーネが身悶えている。


「……お金は自分達で何とかしたい。それに困っている人達を助けたいと思ってるんだ。Sランクの依頼をこなせるやつなんてほとんどいないだろ? だからこの力を困っている人達の為に使いたい」


 アッシュも普通に答えているが、ユーネが「んぁ……」と声を漏らしてビクンッと体を震わせ、カウンターテーブルに突っ伏してしまう。体は痙攣しているのか、ピクピクと震えていた。



 お、おいおい……

 ただ触ってるだけだよな……?

 さ、さすがベルジュだ……



「……アッシュって凄い真面目なのね? 顔もタイプだし……お姉さんと付き合わない? 私から離れられなくしてあげるわよ?」


 その言葉を聞いたユーネががばっと顔を上げ、「アッシュは私の!!」と声を出す。が、膝がガクガクとしている。いったいどこをどう触ればこうなるのだろうか──と、アッシュがベルジュの恐ろしさを再認識する。


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