第37話 冒険者ギルド


 ──聖都グランヘルム、冒険者ギルド近くの一角


「もう! 私も一緒にお酒選びたかったのに!」

「ごめんごめん。今度は一緒に行こうな?」


 そう言ってアッシュがユーネの頭を撫でると、「うん! えへへ」とユーネが笑う。


「でも魔物は大丈夫だったの? アッシュが倒したんでしょ?」


 ホープが現れる際の空の亀裂や、亀裂からナニかホープが飛び出した瞬間は多くの人に目撃されている。これ以上ユーネを心配させたくないアッシュは、空から現れたを魔物だと説明していた。


「あ、ああ。なんだか見たことない魔物が空から出てきたから、とりあえず倒してから酒屋に行ったんだ。もしかしたらビューネスが強化した魔物かもな」

「……早くビューネスを何とかしないとだよね……」



 そう……

 優先すべきはビューネスであって、それは変わらない……

 変わらないんだけど……

 僕の記憶のことも調べないとだよな……

 エルステッドも協力してくれるみたいだし……



 ホープが去った後、異変を聞きつけたエルステッドがアッシュの元へと駆けつけた。そこでまだ話していなかったホープのことを話し、エルステッドも色々と調べてみると言っていたのだが──



 って聞いたエルステッドの目……

 一瞬険しくなった気がするんだよな……

 本人は知らないって言ってたけど……

 あのエルステッドが嘘つくわけないしな……

 それよりホープが言っていただ……

 冒険者ギルドの後でターニャのところに行って読ませて貰うか……

 確かアースイコー商会だったよな……

 ラグナス……ホープ……ノヒン……ヴァンズブラッド……

 夢で見たユーネ……ニーナ……詩音しおん……

 二つの魂で構成されてるってなんだよ……

 ああくそ、考えること多すぎだって……



 そんなことを考えながら歩いていたアッシュだったが、二階建ての大きな建物の前で足を止める。


「ここが冒険者ギルドだよユーネ。覚えてるか?」


 冒険者ギルドは年季の入った木造の建物で、重厚な扉と大きな窓には豪華な彫刻が施されている。入口の扉の上部には盾と剣が交差するエンブレムが掲げられ、さらに扉の両脇には騎士の彫像が鎮座する。


「覚えてる! 時間を巻き戻す前にここで経験値とかお金を稼いでたよね!」

「そうそう。前回は聖者だったから信用させるの楽だったんだけど……、ってやっぱり全部見てたのか?」

「いつも見てたわけじゃないよ? アッシュに語りかけるのに頻繁に見には来てたけど……」


 そこまで言ったユーネがハッとした表情になり、アッシュをじっとりとした目で見る。


「そういえば受け付けのお姉さん……ベルジュだっけ? ……のお部屋に入ったことあるよね?」

「な、なんのことかな?」

「さすがにお部屋の中を覗くのはよくないと思って見なかったけど……」


 「あの時何してたの……?」とユーネのジト目がさらに細くなる。


「い、いや、依頼について色々聞いてたんだって!」

「でもお部屋から出てきたアッシュの服……乱れてたよね? 追っかけて出てきたベルジュは裸にシャツ羽織ってるだけだったし……」

「そ、それはベルジュって部屋だと裸族らしくて! ぼ、僕は服を着てくれって言ったんだ!」



 べ、ベルジュが部屋で裸族なのは本当だからな……

 部屋の中まで見られてなくてよかった……



「じゃあ……『私の口が恋しくなったらまたいつでも来て』ってセリフは?」

「ぐぅ……、そ、それはたぶん『私の愚痴ぐちが欲しくなったらいつでも来て』の聞き間違いじゃないか? ほ、ほら、僕って聖者だっただろ? 色んな人の愚痴を聞くのも仕事のうちかなぁって!」


 苦しい言い訳だな──とアッシュが思うが、予想に反してユーネが笑顔になる。


「そういえばそうだったね! 時間を巻き戻す前のアッシュって色んな人の悩み相談とかしてたもんね! そういうところが好きだったんだぁ! えへへ」



 ぐぅ……

 いい子すぎるだろユーネ……

 でも確かあの時は……

 ベルジュからの誘いを断るつもりだったんだよな……

 でも話してるうちになんだか懐かしいような切ないような気持ちになって……

 まるでそうするのが自然なことのように……

 もしかしてベルジュも僕の失くした記憶に関係してるのか……?



「そ、それよりユーネ! 僕は冒険者ギルドに入ったらちょっと怖い演技をする。今後のためにも僕達に近付く人を減らしたいからな。怖いからって泣いたりするなよ?」

「な、泣かないよ! ば、馬鹿にしないでよね!」


 そう言ってむくれるユーネの頭をわしゃわしゃとアッシュが撫で、入り口の扉に視線を向ける。

 冒険者ギルドの中は一階は広いホールになっていて、食事や酒を提供する酒場のようになっている。ここで冒険者同士で酒を飲みながら情報交換をしたりもする場所だ。奥にはカウンターがあり、そこで依頼の受け付けを行う。

 依頼は入口から入って左奥の壁際に貼ってあるのだが、初めから全てを選べる訳ではない。受注できる依頼は細かくランク分けされている。


 ランクはSランク・Aランク・Bランク・Cランク・Dランクに別れていて、冒険者ギルドの職員判断でランクが上がっていく。一階にはAランクまでの依頼が貼ってあり、Sランクの依頼は二階。入口から入って右側にある階段で二階に上がる。


 二階には依頼用のボードと受付のカウンター。奥にはギルドマスターであるダンガルの執務室がある。最初はどんなに強い冒険者でもDからのスタートだが、特例として上位職はBから始められる。最上位職に関しては一般的に未知のものなので、ギルドマスターに判断を委ねることになっている。


「……じゃあ行くぞユーネ。ガラが悪い奴もいるから僕の後ろに隠れていてくれ」

「はーい!」


 アッシュがフードを被り、ゆっくりとギルドの扉を開ける。扉の先には懐かしい景色が広がっていた。酒を飲んで酔っ払った者や、真剣に依頼の作戦会議をする者。女性冒険者に絡む軟派者や、一緒に依頼を受けてくれる相手を探す者。

 扉を開けたカランカラン──という音でギルド内の数人が入口を見るが、アッシュはそんな視線には構わず二階へと続く階段へと進む。Sランク以外の依頼をコツコツやっている場合ではないので、とりあえず二階──ベルジュがいるSランクの受付へ話を通さなければならない。だが──


 真っ直ぐ二階に向かおうとするアッシュに向け、「ちょっと待てよ」と一階にいる冒険者の一人から声をかけられた。


「おいおい、見ねぇ顔だが新入りか? ここはデート用の店じゃねぇんだがなぁ。二階はSランクの依頼しかねぇぞ。新入りはDランクからだ。そんなことも知らねぇのかぁ?」



 まあそりゃ見ない顔が二階に向かったらそうなるよな……

 はぁ……

 嫌われる演技は嫌だなぁ……



「……わざわざすまない。でも僕は二階に用があるんだ。放っておいてくれ」

「ああ? 人が親切に教えてやってんのによぉ、なんだぁその態度は?」


 典型的なチンピラだ。服装は盗賊のような粗野な格好で、酒に酔っているのか声が大きい。冒険者ギルドは来る者拒まずなので、一定数こういう奴がいる。あまりにも目に余る場合はギルドマスターの判断で出禁になるが──


「放っておいてくれと言ったんだ。耳が悪いのか?」

「てめぇ! 降りてこい!」

「やれやれ。相手との実力差も分からないで吠えるなんてね。お前は臆病な子犬か? ああすまない、子犬に失礼だったな」

「ぶっ殺す!」



 確かこいつ……

 時間を巻き戻す前もいたような気がするな……



「ははっ。語彙力がないんじゃないか?」

「ふざけんじゃねぇ! くらえ! シュートダガー!!」



 ああ、思い出した……

 確かこいつは暴力沙汰で出禁になった奴だ……

 中位職のシーフだったか……?



 中位職は頑張ってレベルを上げても基本的にはステータスがA止まり。資質によってはSにもなるが、たとえレベル60あったとしても上位職のレベル6程度の強さ。「シュートダガー」という技をアッシュに向けて放ったが、正直ただの投げナイフだ。


「遊んでるの流水か?」


 魔人の回路により、流水をイメージだけで発動。シュートダガーを投げ返す。もちろん誰にも当たらないように調整はした。


「やるなら相手になる修羅の型・伍ぞ?」


 続けて修羅の型・伍を発動。無数の漆黒の刀を空中に展開。時間経過で刀はどんどんと増えていき、体力減少によってステータスが大幅アップ。アッシュから滲み出る威圧的な雰囲気も増していき、心なしか空気すらも歪んでいるように感じる。

 ギルド内があまりに常軌を逸した雰囲気にざわめき、そうしてこのタイミングでフードを下ろし、アッシュがその顔を晒す。


「喧嘩を売る相手を考えるんだな。どうする? 続けるか?」

「ぐぅ……お、お前その顔……昨日門の前で暴れてた魔人じゃねーか!」


 ギルド内が騒然となる。そう、アッシュはわざと目立つ技を使い、注目を集めたのだ。今やギルド内の全ての視線がアッシュに向き、空中に展開した漆黒の刀は保留にして消した。


「昨日の騒動は知っているんだろ? なら僕が聖王様に勝ったのも知っているはずだ。勝てない相手に挑むのは勇気ではなく無謀だと思うが……、理解出来るか?」


 ここでエルステッドに貰ったネックレスを、アッシュがわざとらしく服の中から出す。

 再びギルド内がザワつく。


「理解出来たのならもう僕に絡むな。後ろにいるユーネにもだ。それと投げナイフのお前はユーネに視線を送るのもダメだ。もし約束を破れば、殺しはしないが死ぬほど後悔させてやる」

「ぐぅ……くそ……」

「返事は?」

「わ、分かった……」


 アッシュの鬼気迫る雰囲気に押され、投げナイフの男が悔しそうに席に着く。

 ユーネは黙っていればとんでもなく美人だ。ちょっと幼くはなっているが、それでも変わらず天使のように美しい。注目を集めないわけがない。投げナイフの男はギルドに入ってきたユーネを舐め回すように見ていた。


 ただ、他にもユーネを舐め回すように見ている下衆な男達がいる。

 アッシュがユーネに視線を送っている男達を魔人の目で捕捉。魔人の回路を使って脳内に直接「お前らもだ。顔は覚えた」と語りかけた。


 ギルド内の複数の男達が驚いた顔で目を見開き、周囲をキョロキョロと見回す。そんな男達にアッシュが視線を向けると、全員怯えた表情で俯いた。


「行くぞユーネ」

「う、うん……」


 ギルド内が静まり返ったので、二人が二階へと向かう。

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