第36話 黒狼の戦士 2


「くたぁ……ばれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ふっざ……けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 聖都グランヘルムから南西へ数キロ先の草原。土埃を巻き上げながら激しい戦闘音が響く。

 アッシュが一分間斬撃の両脇に同威力の斬撃を発生させる修羅の型・を発動し、魔人の爪を使った神速の乱舞を見舞うが──

 ホープが禍々しき大戦斧で全て防ぐ。大戦斧はホープの身の丈よりも大きいのだが、まるでダガーでも扱うような軽快な動き。



 くそ……

 やっぱりめちゃくちゃ強いじゃないかよ……

 だけど相手は人間……

 本気を出して殺してしまったら……

 とりあえず殺さずに動きを止めないと……


 

「そこだ! 瞬影っ!!」


 アッシュの体が陽炎のように揺らめいて黒い霧が滲む。それと同時、ホープの体に無数の斬撃を叩き込んで背後に回る。が──

 ホープが身に纏う黒狼の鎧に斬撃を全て防がれた。


 そのままホープが「うぜぇっ!!」と叫び、背後に回ったアッシュに痛烈なボディブローを見舞う。


「がっはっ!!」


 メシメシと嫌な音を立て、アッシュの腹部に拳がめり込む。凄まじい激痛で一瞬意識が飛ぶが──


「しゅ……修羅の型・さん!」


 ──明瞭としない意識の中、自身の周りに障害物を一つ無視した円状の斬撃を放つ修羅の型・さんを発動。修羅の型・によって斬撃数が増え、魔人の力によって強化されたことによる暴風のような斬撃が吹き荒れる。だが──


 ガギガギィンと、によって斬撃を防がれた音が響く。見ればホープの周囲には、黒い鉄の板のようなものが無数に浮いていた。その鉄の板が頭や心臓など、致命の一撃クリティカルヒットとなり得る部位を守っているようだ。と言っても、致死部位や弱点部位以外からは血を噴き出している。



 ふ、防いでくれてよかった……

 反射的に修羅の型・さんを発動してしまったからな……

 それにしてもあれはなんだ……?

 とかか……?



 アッシュがそんなことを考えていると、ホープの方から「アクセプト」という声が聞こえた。声はホープのものではなく、

 それと同時、ホープの目の前に『/convertコンバート iceアイス javelinジャベリン Ashアッシュ』と白く輝く文字が現れ、無数の氷の槍がアッシュを貫く。


「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 氷の槍によって貫かれたアッシュの体からは血が噴き出し、気が狂いそうな程の激痛が襲う。「痛い」という言葉が脳内を支配し、何も考えることが出来ない。この時、あまりの痛みでアッシュは気付かなかったが、


「ちっ、おめぇふざけてんのかぁ? なんで手加減してやがんだ? 俺の魂の咆哮ソウルハウリングで強化してやったってのによぉ」

「ね、ねぇ……大丈夫? い、いちおう急所は外すように攻撃したけど……」


 ホープとスコルがアッシュに声をかけるが──

 アッシュは痛みで地面をのたうち、それどころではない。


。ランナが解析した結果によりゃあ、急所を攻撃しねぇ限りは簡単には死なねぇし、たぶん一回は死亡を回避する。マジでゲームみてぇな世界で嫌気がさすぜ」

「で、でも……やっぱり僕はこんなやり方は反対だよ……」

「しょうがねぇだろ? この世界じゃデータ共有も出来ねぇ。魂に刺激与えて思い出させるって話したじゃねぇか」

「う、うん……」

「なんにせよこの世界じゃあやりようがねぇんだ」

「でも……殺しちゃダメだよ? ラグナス……アッシュがちゃんと思い出してから判断するんだよ……?」

「ちっ……めんどくせぇ。俺だって分かってんだ! だけどよぉ……、どーしてもこいつを前にすると我慢出来ねぇ! ……うぜぇ……うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ……うぜぇってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 大気を震わせるほどのホープの叫び。その叫びは痛みで地面をのたうつアッシュの魂を震わせ──

 ドクン──と、アッシュの中で何かが力強く脈打つ。そうしてアッシュの脳裏に浮かぶという三文字の言葉。そのままアッシュの口からは「ノヒン……」という言葉が漏れ出た。アッシュの記憶が確かならば、ターニャが言っていたヴァンズブラッドという本に、「黒狼の戦士ノヒン」という人物が出てくるということだが──


 アッシュの「ノヒン」という呟きを聞いたホープの雰囲気が変わり、「もしかして思い出したのか?」とアッシュに詰め寄る。が、アッシュの脳裏に浮かんだのはという三文字だけ。なにか細かい部分を思い出した訳ではない。


「ぐうぅ……悪い……、思い出したとかそういうのはよく分からない……。頭に浮かんだのは『』の三文字だけ……だ……」


 アッシュの言葉を聞き、ホープが「ちっ、」と吐き捨てるように呟き、頭をガシガシと掻きむしる。


「まあなんにしてもいい傾向だ。今回もそろそろ時間切れだからよぉ、また来るぜ」


 そう言って離れていくホープに向かい、「ま……待ってくれ……」とアッシュが声を絞り出す。


「あぁん? なんか聞きてぇのか?」

「僕には失われた記憶があるのは確かだ……。だけど分からない……分からないんだ。少し前に夢を見た。たぶん。その夢だと僕は『詩音しおん』や今のように『アッシュ』と呼ばれていた……。だけど君は僕をラグナスと呼ぶ……。もう意味が分からないんだ……」


 失われた幼い日の記憶。夢で見たユーネやニーナ、詩音しおんという呼び名。そうして自分をラグナスと呼ぶホープ。全てがバラバラで、だが全て自分のことなのだろうとアッシュが頭を抱える。


「……前にも言っただろ? ってよ。今のおめぇは。一つはラグナスで、もう一つはおめぇが今言った『詩音しおん』ってやつだ。っても俺らもまだおめぇの状態をはっきり解析できたわけじゃねぇ」


 ホープはそこまで言うと「ちっ……」と舌打ちして頭をガシガシと掻きむしり、「まあだけどよ」とアッシュを見る。


「おめぇがなんでそんな状態なのか調べなきゃなんねぇだろうな。時間はかかるだろうが、こっちでもちょっと調べてやるよ。記憶がねぇおめぇをぶっ殺しても後味悪ぃからな」

「ありがとうホープ……」

「ちっ……」


 ホープが舌打ちし、「とりあえずまた来る」と呟き、体が黒い霧となって霧散した。


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