第53話 タリア南の決戦


 ──グランヘルム領、大山脈上空


「ね、ねぇアッシュ! あれ見て!」

「なんだあれは……?」


 急ぎタリア方面へと向けて飛び立ったアッシュだったが、レグニカ東の大山脈を過ぎた辺りで異変を目撃する。

 数千人はいるだろうか──凄まじい数の人々が群れをなし、グランヘルムからレグニカに向かっていた。

 そう、ビューネスに操られていた者達が、ホープのギャラルホルンによって意識を支配され、である。

 だが異変はそれだけではない。見ている限りでは、。アッシュが魔人の目で確認した限りでは、全員が聖属性のようだが──



 どういうことだ……?

 レグニカ方面へ向かってるのは全員が聖属性みたいだけど……

 ホープがなにかしてるってことだよな……

 だけど消えてる人は……



 目の前の状況にアッシュが困惑していると、突然頭の中にザザッという耳障りな音が響き、『聞こえるラグナス?』とノイズ混じりの女性の声がした。


「ああ、聞こえるけど……、君は誰だ?」

『ランナよ。無理やりあなたに接続してるから、聞き取りにくいとは思うけど黙って聞いて』


 どうやら声の主は、時折ホープと会話していたランナという女性のようだ。突然アッシュが話し始めたので、ユーネが「どうしたのアッシュ……?」と不安そうな顔をする。そんなユーネの頭を「大丈夫だよ」と言いながらアッシュが撫でた。


『この状況はホープが起こしているの。今現在ビューネスに操られていた人達は、全員がホープを殺しに向かってるわ。消えている人達はビューネスがホープの元まで転移させてるみたいね』


 黙って聞いてと言われたアッシュだったが、あまりにもデタラメな状況に「なんだよそれ!」と叫んでしまう。


『黙って聞いてと言ったわよ。ホープはあなたがビューネスを倒すまで、誰も殺さずに耐えるつもりなの。だけど安心していいわ。ホープはやると言ったらやる男だから。それにオルレインもサポートしてくれてるし、あなたが心配することじゃないわ』

「だ、だけど!」

『もう一度言うわよ? 黙って聞いて。とりあえずあなたは。もし仮にビューネスがどこかへ逃げたとしたら、こっちも全力でサポートする。本当はここまで関わるのはよくないんだけど……』


 ランナはそこまで言うと溜め息を吐き、『……さすがにビューネスには虫唾が走るわ』と怒りを滲ませた。


「……黙って聞いてと言われたけど、一つだけ聞いてもいいか?」

『一つだけよ』


 アッシュはこれまでに三度ホープと会ってはいるが、結局詳しいことはほとんど聞けていない。だがホープが言っていたという言葉から、──と、アッシュもなんとなく理解している。

 ホープが言う第一樹上世界という名称は、ルナヘイムで出回っている『ヴァンズブラッド─黒と白の英雄譚─』という本にも「地球」という名前で出てくるのだが、つまりホープは地球と呼ばれる世界の出身で、さらにはその地球で起きた過去の出来事が『ヴァンズブラッド─黒と白の英雄譚─』として何故かルナヘイムに伝わっているということになる。

 そうしてその地球で、過去に罪を犯した「ラグナス」と呼ばれる人物の魂がアッシュの中にいるということなのだが──



 地球ではラグナス……、いや、僕を探してたってことだよな……

 前にホープが自分のことをと言っていた……

 つまりホープはラグナロク船団って組織に所属しているってことになる……

 しかも前に話していた口ぶりだと、ホープは独断で行動してるっぽいよな……

 ランナも「本当はここまで関わるのはよくないんだけど」って言ってたし……



「……前にってホープが言っていたけど……、今回のことでホープやランナに罰があるんじゃないのか?」

『さあ? そもそも私達が動いているのはまだにはバレていないの。まあ……、バレたとしたら何かしら罰はあるでしょうね』

「そんな……、正直そっちの事情や背景はほとんど分かってないけど、今回のことに関してはホープもランナも正しいことをしてるじゃないか……。なんとかならないのか?」

『質問は一つだけのはずよ。ひとまずこれで交信をいったん終わらせるわ。必要とあらばこちらからまた干渉するわ。それじゃ』

「お、おいちょっと待っ──」


 アッシュが言い終える前に、ザザッという音と共にランナとの交信は途絶えた。


「なんだったのアッシュ……?」

「ああいや、僕達に味方してくれる人からの心強い連絡だよ。前に話したホープって覚えてるか?」

「ホープってアッシュに酷いことした人だよね?」

「そうなんだけど……、もしかしたら最初に酷いことしたのは僕かもしれなくて……、ええと……」


 あまりにも複雑に絡み合った事情。説明しようにも、どう話していいか分からずにアッシュが困っていると「あっ! 見えてきたよアッシュ!!」とユーネが前方を指差す。

 どうやらあれこれと考えている間に、タリア南の洞窟付近に辿り着いたようだ。ユーネが指差す前方には魔物の軍勢が見え、エルステッド率いるグランヘルム騎士団の姿も確認した。今のところビューネスの姿はないが──

 魔物の軍勢の数はおそらく万を超え、グランヘルム騎士団が押されているように見える。


「一旦降りるぞユーネ。このままユーネを抱えて戦うわけにはいかないからな」

「う、うん! 分かった!」


 そう言ってアッシュが地上に降り、冥府の王で黒王丸を呼び出してユーネを乗せる。


「よく聞いてくれユーネ。ユーネの方に魔物は近付けさせないように立ち回るけど、正直どうなるかは分からない。デストラップも設置していくけど……、危なくなったら黒王丸と一緒に全力で逃げてくれ」

「うん……、私……足でまといだもんね……」

「そんなことはないよ。僕はユーネに救われた。ユーネのおかげで今ここに立っている。時間を巻き戻す前はビューネスに手も足も出なかったけど……」


 「今度は絶対にみんなを守る」と、アッシュが力強く拳を握る。そんなアッシュに向けて「こっちに来て」とユーネが手招きしたので、アッシュが顔を近付ける。


「どうしたんだ? なにか伝えたいことでも──」


 アッシュが話している途中、不意にユーネの唇がアッシュの唇に重ねられ、続く言葉を奪われた。柔らかくも温かいユーネの唇が、アッシュの唇の上で拙く動き──

 しばらくして、唇を話したユーネが恥ずかしそうに「えへへ」と笑う。


「な、何してるんだよこんな時に……」

「こんな時……だからだよ。今のはおまじない! 頑張ってねアッシュ!!」

「はは、なんだか肩の力が抜けたな。ありがとうなユーネ」


 アッシュはそう言うと、ユーネに背中を向けてデストラップを発動。背中越しに「ユーネを頼んだぞ黒王丸」と呟く。すると黒王丸も任せておけ! と言わんばかりに「ヒヒーン!」と応えた。



 よし……

 まずはエルステッドだ……



 アッシュが魔人の目の効果範囲を広げ、エルステッドを探す。眼前には万を超える魔物の軍勢がおり、中にはエンシェントドラゴンの姿も見える。



 どこだ……

 どこにいるエルステッド……

 まさかもうやられたなん──

 いた!!



(聞こえるかエルステッド!? 加勢に来た!!)

(この声はアッシュか!?)

(ああ! 魔物の軍勢を挟んだ反対側にいる!)

(助かる! 私はドラゴンの相手で手が離せない! アッシュは騎士達が相手をしている魔物の軍勢の方を頼む!)

(エンシェントドラゴン相手に一人で大丈夫か!?)

(なに、私は修羅の方が性に合っているのでな。聖騎士ではダメだったが、修羅となった今であればドラゴンごときに遅れはとらんさ!)

(はは、エルステッドがそう言うなら大丈夫そうだな! ひとまず僕は騎士団の方を何とかする!)



 まずは事前準備だ……



 アッシュが修羅の型・伍を発動して漆黒の刀を空中に次々と展開。デメリットの体力減少によってステータスを限界まで上げ、空中を埋め尽くすほどとなった漆黒の刀を保留で消す。続けて修羅の型・肆で攻撃判定を増やす。



 修羅の型・伍だと、反対側の騎士団に被害が出るかもしれないから使い所が肝心だ……

 後は……



 アッシュが前方の魔物の軍勢に手をかざし、黒い霧をざわざわと滲ませる。手から滲み出た黒い霧はかなりの広範囲を包み込み、武具を装備した魔物の装備を悉く消失させた。そう、人に使ったら間違いなく嫌われる能力の溶解液である。これによって苦戦している騎士団が幾分か楽になるはずだ。



 やっぱり溶解液は強力だ……

 捕食花の呪いで小さくしようかとも思ったけど……

 あれは効果範囲が狭いからな……

 よし……

 準備は整った……


 

 アッシュが魔人の爪をダガーくらいに伸ばし、構える。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る