第54話 タリア南の決戦─紅玉の瞳─


 時間を巻き戻す前のアッシュは、世界を取り巻く状況など深く考えず、とにかく目の前の「魔王を倒す」という目的に向かって馬鹿みたいに進んだ。まるでそういった役割ロールを与えられた人形のように、何も疑問に思わずに戦った。

 そうして魔王──ビューネスによってバッドエンドへと叩き落とされた直後、時間が巻き戻され、二年前の冒険へ旅立つ前に戻った。

 そこで知った世界を取り巻く真実。

 千年前に形を変えたというルナヘイム。

 光の女神ユーネと、二百年前に突如ユーネから分裂した偽の神ビューネス。

 別世界から殺しにくる来訪者ホープ。

 信じてはいるが、どこか違和感を覚えるシェーレ。

 覚えのない記憶と、自身を構成するラグナスと詩音しおんという二つの魂。

 ユーネが想いを寄せていたルシオン。

 存在が明らかになった他属性の神。

 ルナヘイムで出回る『ヴァンズブラッド』という本。

 腹部に現れた縦縞の痣によって発情したターニャ。

 金色こんじきの狼がチラつくエルステッドとオルレイン。


 考えなければならないことは多々とあるが、アッシュは魔人の爪をダガーくらいに伸ばし、構えた。今は様々な雑念を捨て、目の前の状況を打破するのみ。おそらくビューネスの大規模な動きからも、だと感じている。

 予定よりもレベルは上げられていないが、魔人の加護によってステータスは神の領域へと突入している。コピーした様々な能力も使い勝手がよく、負ける気はしない。



 おそらく今の僕の最大技はエンシェントドラゴンから覚えたブレスオブエンドだ……

 だけどブレスオブエンドを覚えてからここまで、怒涛の展開で試し撃ちが出来てないんだよな……

 とりあえず確認した内容では「ブレスオブエンド/防御無視の圧縮ブレスを放つ」ってなってたけど……

 魔人の力はコピーした能力が馬鹿みたいな威力になる……

 場合によっては向こうの騎士団を消し飛ばしてしまう可能性があるから使えないよな……

 よし……



行くぞ瞬影!!」


 アッシュの体が陽炎のように揺らめいて黒い霧が発生。攻撃判定の増えた暴風のような致死の斬撃と共に、魔物の軍勢の内部へと突入。


逃がさないっデストラップ! 消し飛べっペインニードル!」


 間髪入れずにデストラップを発動し、広範囲の魔物の軍勢が麻痺で動きを止める。次いで発動したペインニードルにより、アッシュの周囲の魔物が跡形もなく消し飛んだ。


そこだぁ修羅の型・参!!」


 そこへ自身の周囲、円状に斬撃を放つ修羅の型・参を発動。ペインニードルよりも広範囲の斬撃の嵐が、まるで黒い衝撃波のように全てを蹂躙する。だがアッシュの猛攻はとどまるところを知らず、魔人の翼で飛び上がる。



 騎士団との位置関係は把握した……

 上からのこの角度なら巻き込む心配はない……



まとめて保留解除……消えろっ発射!!」


 空中へと飛び上がったアッシュが、修羅の型・伍の保留を解除。空を埋め尽くさんばかりとなった漆黒の刀を魔物の軍勢へと向けて発射。

 攻撃判定の増えた漆黒の刀は、まるで降り注ぐ流星群の如く地面ごと魔物の軍勢を消し飛ばす。ここまでだが、万を超える魔物の軍勢の数を半分ほどまで減らした。



---



 ──エルステッド視点


「おいおいなんだあれは……」


 エンシェントドラゴンと戦闘中のエルステッドが、離れた位置で戦うアッシュを横目に見て呟く。魔人は確かに恐ろしく強い存在だが、もはやアッシュはように感じる。


「はは……もはや私では手の届かん存在だな……。だが……」


 「私も負けていられない!」と、エルステッドが力強く刀を握り直し、「ドラゴンは私一人で倒す! みなはなんとかアッシュの元まで向かえ!!」と騎士団に指示を出す。続けて「修羅の型・肆! 修羅の型・終!」と、連続で術技を発動。修羅の型・肆は斬撃数が増え、修羅の型・終は防御無視、リーチ上昇と攻撃力上昇の効果。

 エルステッドは騎士団の団員を守りながら、自身の攻撃に巻き込まないように力を抑えて戦っていたのだが、アッシュが加勢に駆け付けたことで状況は変わった。今ならば全力で戦える──と、エルステッドの目付きが変わり、漏れ出す気迫からズシンッと空気が重くなる。


「修羅の型・壱!」


 相手との距離を瞬時に詰め、高速の斬撃を放つ修羅の型・壱を発動。これまでの苦戦が嘘のように、一瞬でエンシェントドラゴンの体力を削りきる。が──

 エンシェントドラゴンは一度だけ体力を一割残して死亡を回避する。そうして死亡を回避したエンシェントドラゴンの次なる行動は──


 ヒィィィィィィィィィィィィィィィン──


 エンシェントドラゴンが大きく口を開け、耳障りな音と共に口腔内を燃え上がらせる。そう、超高火力の防御無視、当たれば絶命必死のほぼ即死技である圧縮ブレスだ。が──


「遅いっ! 修羅の型・弐!!」


 圧縮ブレスの溜め動作中、エルステッドの高速連撃がエンシェントドラゴンの残った体力を一瞬で奪う。


「終局っ!」


 キンっと音を立てて刀を鞘に納めるエルステッド。聖騎士の加護の引き継ぎにより、敵を撃破で減った体力も回復した。



---



 ──アッシュ視点



 つ、強いなエルステッド……

 さすが人類最強の騎士って云われてただけはある……

 よし……

 僕も負けてられない……

 残った魔物の軍勢を掃討して……

 


 そうアッシュが考えたところで、異変が起きる。


「なん……だ?」


 アッシュの視線の先、地面から黒い霧が立ち上り始めた。そうして霧の中から現れる無数の魔物。さらには──

 気付けば魔物の軍勢の数は、アッシュが倒した数よりも増えていた。

 

 嘘だろ……?

 こっちは大丈夫だとしてもさすがにエルステッドは……


(大丈夫かエルステッド!? こっちを片付けたらすぐに行く! それまで持ちこたえてくれ!)」

(ぐぅ……、さ、さすがにドラゴン五匹はキツい! だがなんとか耐えてみせるさ!)



 よし……

 とにかくこっちをすぐに片付けてエルステッドを──



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! やめて! 来ないでよ!」


 アッシュが目の前の魔物の軍勢を蹴散らそうとしたところで、ユーネの悲鳴が耳に飛び込んできた。急いで戦場から離れた位置にいるユーネに視線を向けると、そこには百を超える数の鷲型の魔物、サンダーバードに追われて逃げ回る黒王丸とユーネの姿。サンダーバードは翼が稲妻を纏ったように帯電しており、標的に向かって雷を落とす。なんとか黒王丸が逃げ回って雷を避けてはいるが──

 


 くそっ!

 こっちもか!!

 だけどどうする!?

 どっちだ!? どっちを先に!?



 ユーネを狙うサンダーバードは動きが速い上にバラバラに散開しており、倒すのには時間がかかりそうだ。そうなれば新たに現れた魔物の軍勢とエンシェントドラゴンに、エルステッドと騎士団は殺されてしまう。かといってエルステッドと騎士団を優先すればユーネが危ない。そんな窮地の中──

 奮戦する騎士団側、つまりタリア南の海岸洞窟側に炎が上がったようにアッシュには見えた。それと同時、アッシュの耳に聞き覚えのある声が響く。


「はんっ! 洞窟から出てきてみりゃこりゃなんだぁ? なんか羽を生やしたアッシュが飛んでやがるしよぉ!」


 アランだ。そこには紅蓮に輝く真っ赤な鎧で身を包み、髪や瞳も以前よりさらに燃え上がるように赤々しくなったアランの姿。アランはアッシュに視線を向け、「この目の前の魔物を燃やしゃぁいんだよなぁ!!」と叫ぶ。この瞬間、アッシュの魔人の目にはアランのステータス画面が映し出されていた。



【名 前】アラン

【職 業】滅炎帝

【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】12

【体 力】SS

【魔 力】B+

【攻撃力】SS

【防御力】S

【知 力】B

【素早さ】S


・術技

 焔滅拳えんめつけん/燃え上がる炎の拳で敵を滅する。敵との戦力差で確率が変わる即死効果。周囲に熱ダメージ

 爆焔拳ばくえんけん/炎の拳での連撃。一撃ごとに攻撃力上昇。周囲に熱ダメージ

 焔招来えんしょうらい/自身の周りに熱ダメージの衝撃波を発生。吹き飛ばし効果

 焔鎖縛えんさばく/全ての攻撃に燃える鎖で縛る効果。熱ダメージ。五本で行動不可効果


・加護

 燃える魂/攻撃行動をし続ける間ステータス上昇。全ての攻撃に熱ダメージ。自身の魂を燃やし、溜め時間に応じてステータス大幅上昇の滅炎めつえん発動

 消えぬ炎/全ての攻撃に継続熱ダメージ追加。火属性攻撃の被ダメージ無効。自身の魂を燃やし、日に一度全ての攻撃を防ぐ絶炎ぜつえん発動


・加護(引き継ぎ)

 敵を撃破で体力回復。ガードで体力回復。ジャストガードでステータス大幅上昇



 アランのやつ新たな職業を手に入れてたのか!

 しかも文句なしで最上位職クラスの性能だ!

 これなら魔物の軍勢はアランに任せられる!



 アッシュが魔人の力を使い、「そっちは任せた!」とアランに伝える。それを聞いたアランは「頭の中でアッシュの声がしやがる!」と驚いたが、すぐさま騎士団に向かって「ここは俺に任せて騎士団は後ろに下がりやがれ!!」と指示を出す。状況が飲み込めていない騎士団だったが、アランの気迫に押されて後退。

 気付けば魔物の大軍勢の前に、アラン一人が立っていた。アランは「いいねぇ! 俺向きの舞台だぜ!」と叫び、腰を落として身を低くして構える。そうしてギチギチと全身に力を漲らせ、「滅炎っ!!」と叫んだ。するとアランの体が炎に包まれて燃え上がっていき──


「まだまだ燃えるぜぇ? こんなんじゃ全然足んねぇんだ! もっと熱く燃えやがれ! 全てを焼き尽くすほどに燃えやがれ!!」


 滅炎──それは自身の魂を燃やし、溜め時間に応じてステータス大幅上昇の力。熱い口上と共にアランのステータスはガンガンに上がっていき、限界突破の燃え盛る炎の柱と化す。



 すごい熱量だな……

 あれはこっち側までヤバいんじゃないか……?



 アッシュが急ぎ、サンダーバードに襲撃されているユーネを回収。黒王丸を一度冥府へと返還し、魔人の翼で遥か上空へと退避。それと同時、アランが溜め動作を終え「行くぜ!!」と拳を構える。


「俺の熱く燃える心を映す拳は誰にも止められねぇっ! 紅蓮に輝く魂ぃ信じて全てを燃やす!」


 先程の滅炎発動の際もそうだったのだが、技の発動に必要のない熱い前口上をアランが叫ぶ。その紅玉ルビーのように輝く瞳の光度は増し、紅蓮の魂が咆哮する。


「必殺!! 焔滅拳えんめつけん!!」


 ドゥパンッ!! と轟音を響かせ、アランの拳からは燃え盛る炎のうねりが放たれた。炎の畝りは全てを燃やし尽くし、眼前を埋めつくしていた数万の魔物の軍勢が蒸発するように一瞬で消滅した。

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