第4話 女神の後悔


 その後、ユーネはアッシュに色々と話して聞かせた。この世界のことや力のこと。アッシュが知っている情報も多かったが、にわかには信じられないようなことも話してくれた。


 まずはこの世界──ルナヘイム。

 一年が四百十二日あり、四季折々の自然が豊かな光の加護に満ちた世界。

 ルナヘイムは大きく分けて四つの大陸からなる。

 聖都グランヘルムがあるグランヘルム大陸。タリア村があるのもグランヘルム大陸だ。タリア村はグランヘルム大陸の南東に位置し、そこから北北西に数千キロの位置に聖都はある。


 聖都から西には東西を分断する巨大な山脈が横たわり、それを越えれば地続きではあるのだが、帝都レグニカのあるレグニカ大陸となる。帝都レグニカから南は大渓谷と呼ばれる谷に南北を寸断され、谷を越えた先はエリュオン連邦と呼ばれる連邦国のある南レグニカ大陸だ。


 グランヘルム大陸から海を東に渡ると、未開拓のオリエン大陸がある。オリエン大陸は冒険者が腕試しや貴重な宝を求めて旅立つが、魔物が恐ろしく強いこともあって詳しくは解明されていない。他にも小さな島などはあるが、それで全てのはずである。


 だがユーネが言うには、その他にも大きく分けて五つの大陸と島があったのだという。確かに古い物語や書物にはそういった大陸などが出てくるし、伝承などでも他の大陸などのことは語り継がれている。


 しかし現実にはそんなことはありえないのだ。船で北を目指せば一周して南に。東を目指せばオリエン大陸を挟んで西に。途中に大陸などない。


 どうやら千年ほど前に突如として世界が分断され、今の形になったらしい。他の大陸などは消滅したのか、まだ存在するのかも分からないとユーネは言う。


 そして今から二百年ほど前に再び異変が起きた。ユーネの体から金色の女神──

 ビューネスがのだという。ビューネスは「ヒマだわーつまらないわー遊びましょー」と言ってユーネに襲いかかった。


 分離したビューネスの方がはるかに強く、勝てないと悟ったユーネが人間の力を借りることにしたのだという。それからしばらくは何事もなかったのだが──

 ある日ビューネスは本人曰くを始め、魔物たちを使って人間を襲いはじめた。


 それに対抗するため、ユーネは十六歳になった人間に才能や性質に合わせた職業を与え、強力な術技を使えるようにした。以前から才能のあるものには神の祝福として職業を与えていたのだが、できる限り全ての人に力を与え、戦力増強に努めた。これを「祝福の儀」という。


 祝福の儀がなぜ十六歳で行われるのか──

 それは十六歳で才能の方向性がほぼ決まるからということだ。※稀に十五歳時点で職業を与えられる場合もあり、ニーナはこれにあたる。これを「早熟」という。


 祝福の儀はユーネが神官に語りかけ、教会で行った。神官やそれに準ずる者はユーネの声を聞けるようで、聖者もそれに含まれる。


 だがこの世界の女神であるユーネでも、無条件で強い力は与えられない。本人の才能や性質に大きく依存するようで、戦力増強は苦戦したということだ。中には遊び人やギャンブラーという職業もあるらしく、なってしまった人が可哀想だなとアッシュは思った。


 人間の中には元から属性を持っている者がいて、その場合は強力な職業になりやすい。と言っても、このルナヘイムでは

 アッシュは見た目に反して聖属性だったのだが、聖属性の最上位職が聖者。アッシュの他には過去に一度しか誕生しなかったようだ。


 その過去に一度誕生した聖者のパーティーをユーネが導き、ビューネスの元に向かったらしいのだが──

 そこでビューネスが信じられない力を使ったのだ。


 そう、アッシュを操ったあの力だ。


 ビューネスはその力を「聖者の行進」と呼んでいる。「魔王ごっこ」や「聖者の行進」など、いちいちふざけているなとアッシュが憤る。


 そうして聖者の行進によって過去の聖者パーティーは全滅。

 ユーネは絶望した。


「さすがに心が折れそうになりましたね……。過去の聖者パーティーには本当に悪いことをしました。聖者ではビューネスを倒せない。時間を戻したところで同じことの繰り返しですし……。それに私の術は中途半端で、その時点では使用不可の状態だったんです」


 ユーネはそこまで話すと遠くを見つめ、力なく項垂れて「女神失格よね」と呟いた。

 こんな時に不謹慎だとアッシュも分かってはいるが──

 憂いを帯びたユーネの横顔が息を飲むほどに美しく、思わず見とれてしまっていた。


「それからどうしたんだ?」

「この世界の最上位職は聖者。ただ聖者ではダメなことが分かりましたし、いたずらに時間だけが過ぎました」

「そこで僕の魔人の力ということになるのか……。だけどおかしくないか? 過去にも魔人は発生しているし、魔人は人を襲う。制御できないものなんじゃないのか? 魔に堕ちし者の職業って聞いてるけど……」


 そう、魔人の区分は職業なのだが、詳しいことは分かっていない。


「そこなんです。魔人は祝福の儀とは関係なく、後天的に発生する職業のようなものです。はじめに発生するのは魔人ではなく魔徒と言いますが、魔徒の段階では制御が効きます。制御が効いているうちは、自分の職業と魔徒を使い分けることもできます。そうして魔徒、魔人ともに人が使えない闇属性の術技が使え、とてつもない力なのですが……」


 「魔徒は必ず魔人になります」と、ユーネが真剣な眼差しでアッシュを見る。


「魔人になると元の自分の職業には戻れず、制御不能。手当たり次第に人を襲い始めます」


 ユーネはそこまで言うとアッシュの目をじっと見つめ、「そのはずだったんですが……」と呟く。

 吸い込まれてしまいそうなほど美しい、ユーネの大きな銀色の瞳。アッシュが思わず目を逸らしてしまう。


「アッシュは少し特殊なんです」

「……僕は聖者を職業として与えられたけど、それと同時に魔徒の段階を踏まずに魔人の力が発生し、尚且つ制御不能になっていないと?」

「私もはじめに見た時は驚きました。魔徒の段階では職業の使い分けが出来ますが、魔人になると強制的に職業が魔人になります。今までこんな特殊な事例はなかったんです。原因は分かりませんが……魔人の力であれば、ビューネスも倒せるのではないかと思ってアッシュに語りかけてきました」


 そう、つまり以前からアッシュの頭の中で響いていた「与えられた力を使って」という声は、魔人の力を使うようにとユーネが語りかけていたのだ。


「……だけど僕は一度も魔人の力を使うことがなく、前の聖者パーティーと同じことになったということか。それならはじめから今のように姿を現して、しっかり説明してくれればよかったじゃないか」

「それは……すみません。人の姿になるにはかなり力を使うんです。長い戦いで私の力も弱っていまして……」

「僕はユーネの語りかけを邪悪な何者かによる魔人への誘惑だと思っていた。ビューネスの声を聞いた時なんかは、魔王が魔人を増やすために誘惑していたんだとも思った。確か何回か『私は女神です』『私はあなたの味方です』って言ったことあるだろ? あれも邪悪な何者かの甘言だと思って無視してたんだよな。だって『魔人の力を使え』なんて女神が言うわけないし……」

「なにもかもがうまく噛み合いませんでしたね。私の力不足です……」


 そう言ってユーネが俯き、「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝った。


「確認のために聞くけど……魔人の力を使えばビューネスを倒せるんだな? 誰も死なせずにすむんだな?」

「魔人に関しては私も詳細を把握出来ていません。なので『絶対に倒せる』とは明言出来ませんが、使いこなせば強力な力であることは間違いありません。明言出来るとすれば、『聖者ではビューネスを倒せない』ということですね」


 ユーネのその言葉に、アッシュが拳をギリギリと握る。聖者ではビューネスを倒せない。つまりそれはあの悪夢が──


「……ならやることは決まっている。今度こそ守ってみせる。絶対に誰も死なせない」


 アッシュの決意に満ちた言葉に、「ありがとうアッシュ」とユーネが微笑む。その笑顔はまるで、闇夜を照らす月光のように美しかった。


 

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