第10話 静かな怒り


 新たに記憶したステータス減少を伴わない回避。そしてパリィ受け流しとカウンター。これによってアッシュの戦術の幅はかなり広がったことになる。


「まさか回避行動によるデメリットをこんな簡単に解決するなんて思わなかったな」

「瞬影、流水どちらもタイミングが大事だから完璧ではないけれどね。瞬影に関してはクールタイムもあるし、流水はタイミングがかなりシビアよ」

「了解。それより一つ気になったんだけど、まったく同じ場所に攻撃したのはなんでだ?」

「それは……」


 「アッシュの体にたくさん傷をつけるのが嫌だったから……」と、シェーレが申し訳なさそうに顔を逸らし、もじもじする。普段はツンツンしていて近寄り難い雰囲気のシェーレだが、たまに心臓を鷲掴みにするようなかわいい仕草をする。

 そんなシェーレをアッシュが見つめ、「シェーレ……」と手を伸ばしたところで、間にユーネが入る。


「そろそろよろしいでしょうかシェーレさん?」


 とても冷たい、身を切るようなユーネの声。その声に反応するように、シェーレからも凍えてしまいそうな程に冷たい雰囲気が醸し出される。


「ええ。大変お待たせして申し訳ございません。アッシュの為を思うと簡単には済ませられず、時間がかかってしまいました」

「いえいえ。私もアッシュの為でしたらいくらでも待てますから」


 とても静かな言の葉の鍔迫つばぜり合い。割って入ったとしたらられる──と、アッシュが一歩引いた位置で静観を決め込む。


「そういえばユーネ様。なにか口調に違和感を覚えてしまうのは私の不徳の致すところでしょうか? アッシュにはもう少しくだけた口調だったと思うのですが」

「私はいつも通りですよ。気のせいでは?」

「そうですよね。ユーネ様は私たちを見守ってくださる尊いお方です。人によって態度を変えるなどあってはなりませんしね。私のような下賎のものにも平等に接していただきありがとうございます。これからはユーネ様に足を向けて寝られませんね。その尊いお姿を近くでよく見させて頂いてもよろしいでしょうか? ああ! すみません……私ごときがなんと畏れ多いことを……」


 言いながらシェーレが深々と頭を下げ、「申し訳ございません」と弱々しく呟いた。のだが──

 相変わらず視線は鋭く、見つめられるだけで継続ダメージを受けそうな程に怖い。


「あー! もう! 分かったわよ! ごめんなさいシェーレ! ユーネでいいから! やりにくいからアッシュに話すみたいに普通に話して!」

「ふふ。アッシュと少し距離が近いなと思い、意地悪してしまいました」


 そう言ってシェーレが柔らかく微笑みながら、「申し訳ございませんユーネ」と軽く頭を下げる。どうやら意地でも「様」を付けたいようで、ユーネがため息をいた。


「それで私に確認したいことって?」

「二人の話から大体は理解しました。ただビューネスと戦った際の会話状況など、なるべく詳しく聞きたいのですが……」


 言いながらシェーレが俯き、「アッシュに聞くのは酷だと思って……」と言葉を濁す。


「シェーレも優しいのね。確かにアッシュは思い出したくもないだろうし……。私がシェーレと話すから、アッシュはどこかで休んでて?」

「シェーレ……ユーネ……」


 二人の優しさにアッシュの胸が詰まる。


「……二人とも心配してくれてありがとう。でももう大丈夫だ。思い出したくなんてないけど……僕がいた方が細かい部分もカバーできると思う。とりあえず魔王──ビューネスが根城にしていた洞窟に突入するところからでいいか?」

「ええ。でも無理はしないでちょうだいね? 辛い記憶でしょうから……」



---



 ──しばらくして


「確証はなかったんだけど……悪い方に予想が当たってしまったと思うわ」


 静かに話を聞いていたシェーレが、深刻な表情でそう呟いた。シェーレには記憶がないはずだが、どうやらアッシュの説明だけで全てを理解したようで──


「どういうことだ?」

「アランに関しては本当に不意打ちでどうしようもなかったのかもしれない。ニーナがあまりの状況に対処出来なかったのも分かる。あの子は優しいから。ただ……」


 「私に関しては納得できない」と、シェーレがアッシュの目を見つめる。


「たとえどんなに絶望的な状況だろうと、私は考えることも動くこともやめない。私は私を信じている。みんなが信じてくれる私を信じて絶対に諦めたりしないわ。呆然としているなんてありえない」


 シェーレのその言葉を聞いて、確かにな──とアッシュも思う。あの時シェーレはただ呆然と立ち、微動だにしなかった。アッシュの知っているシェーレからは想像できない状態。


「……だからこそビューネスとアッシュの会話を聞いて納得した。『聖なる属性の聖者はおもちゃ──』そう言ったのよね?」

「ああ。確かにそう言った」

「聖属性最上位職の聖者が操れるなら、その下の上位職なんてもっと簡単に操れるんじゃないかしら? ──そう考えた方がスッキリするわ。そうなるとビューネスが使う『聖者の行進』はかなり細かく操作することができると思うの。会話内容からアランやニーナは操られていないように思うし、

「なんでそんなめんどくさいことを……? 黙って全員操ってしまえば早いじゃないか」

「遊んでいたんだと思うわ。本当にふざけたやつね。こんなに嫌悪感を覚えたのは初めてよ。それこそ絶対に……」


 「許さない」と、シェーレが静かに怒りを滲ませる。


「……でも私たちに出来ることも分かったわ」

「出来ること?」

「私とアラン、ニーナで聖属性以外の職業を獲得してみようと思うの」

「狙ってそんなことができるのか? 後天的な職業獲得は偶発的なものなんだろ?」

「私を信じて。確証はないけど、方法はだいたい分かってるわ」


 シェーレの確信に満ちた言葉に、「本当にシェーレは凄いな……」とアッシュが呟く。


「あとは記憶に関する事ね。ユーネ様の時間を巻き戻す力は、本人と指定した相手以外は記憶が残らないはずですよね?」


 シェーレに水を向けられたユーネが真剣な表情で「そうね」と答える。


「ビューネスも例外じゃないはず。以前使用した時はビューネスに記憶はなかった」

「……それが嘘だったとしたら?」


 シェーレのその言葉に、ユーネが「え……?」と絶句する。


「ビューネスは『あの子が邪魔に入ってもめんどうだし』と言ったんですよね? ユーネ様はビューネスに対してまったく歯が立たなかった。なのに邪魔して欲しくなさそうなセリフ。そうなると『めんどう』とは何に対してなのでしょうか? せっかく遊んでいたのに時間を戻して邪魔されることではないですか? いえ……違いますね。もしかすれば? ビューネスは徹頭徹尾遊んでいる。つまり『あの子が邪魔に入ってもめんどうだし』と言うことで、使。そもそもユーネ様から分離したのであれば、同じ能力や耐性があってもおかしくないですよね? 最悪ビューネスも時間を戻せるかもしれません。ただユーネ様は聖者の行進を使えない。完全に同じ能力という訳でもなさそうですし、推測の域を出ませんが……」


 そこまで言うとシェーレが唇に指を添え、考え込む。


「……なので時間的猶予はあると言えばありますし、ないと言えばないと思います。もちろん今の話は仮定であって確定事項ではありません。そういう可能性もあると頭に入れ、今後は動いて行くことにしましょう」


 いつもの事なのだが、シェーレと話していると希望が見えてくるな──とアッシュが思う。時間を戻す前も、シェーレがいたから何とかなった場面は数えきれないほどある。


「シェーレ。アランとニーナをよろしくな」

「やっぱり一人で行くのね?」

「だってさ、やっぱりシェーレもまだ怖いだろ? 抱きしめてくれた時に震えてたの……気付かないとでも思ったか?」


 シェーレが「バカ……」と呟きながらアッシュを抱きしめる。そうして優しく頬にキスし、「アランとニーナのことは任せてちょうだい」と言って離れた。


「二人はまだ魔人の呪縛から抜けられていないわ。アッシュが魔人だと分かったら精神が壊れてしまいかねない。特にニーナは……」

「ニーナはいまだに悪夢にうなされてるもんな……」


 悪夢にうなされ、「やだぁ!」「やめてぇ!」と泣き叫ぶニーナ。これまで何度となく見てきた光景をアッシュが思い出し、胸が苦しくなる。


「ひとまず二人の様子を見ながら、時期が来たら話してみようとは思う。それまでに新しい職業を獲得しておくわ」

「ありがとうシェーレ……」

「いいのよ。それより連絡は取れるようにしておきたいから──」


 そう言ってシェーレが口笛を吹く。すると一羽の鷹が空から現れ、シェーレの肩に止まった。


「この子に触って自己紹介して」

「そういえばグレイがいたな。登録したのは旅に出る日だったっけ?」

「アッシュ? 私に時間を戻す前の記憶がないの忘れてない?」

「そういえばそうか。シェーレが凄すぎて忘れてたよ」


 アッシュがシェーレの肩に止まる鷹──グレイに触れながら「僕の名前はアッシュだ」と自己紹介する。するとグレイの体が淡く光った。


「これで水中以外どこにいてもこの子はアッシュの所にいけるわ。手紙を持たせて近況報告しましょう。呼び方は分かるわよね?」

「ああ。グレイのことを考えながら口笛を吹けばいいんだろ?」

「ええそうよ」

「それにしても聖闘士ってほんと色々とスキルを覚えるし頼りになるよな。勇者とかの方がしっくりくるよ。他にも『遊び人』とか『ギャンブラー』とかもあるみたいだし……」

「ちょっとネーミングのセンスが悪いわよね」

「職業名を決めたのはユーネじゃないらしいけど、なんだかユーネと同じセンスを感じてしまう」

「そういえばユーネ様は自分で『女神の加護』とか付けたのよね? 私なら絶対にそんなこと出来ないわ」


 二人でそんなことを話していると、ユーネがぷるぷると震えながら「ぐぬぬ」と恥ずかしそうに俯いていた。


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