第42話 縦縞の痣


「ちょ、ちょっと近いってターニャ」

「だめですか……? 今は誰とも付き合ってないって言ってたから……」

「い、いや、そうだとしてもこれはちょっと……」


 白とピンクに彩られた可愛らしいターニャの部屋。生活感のなかった一階に比べ、この部屋はターニャがどんな人物なのかを窺い知ることが出来る。

 そんな部屋の中、アッシュは床に座ってベッドに寄りかかりながら『ヴァンズブラッド─黒と白の英雄譚─』という本を読もうとしているのだが──

 ターニャに「誰かと交際してたりしますか?」と聞かれ、「し、してないけど……」と答えてからの距離感がおかしい。

 ターニャはぬいぐるみの並べられたベッドに寝転んでいるのだが──



 なんで後ろから抱きついてるんだよ……

 ああ……

 背中に柔らかい感触が……

 ほ、本に集中出来ないって……



「ちょ、ちょっと本に集中出来ないんだけど……」

「もう少しだけこうしててもいいですか? 実はエクスルシオン様……アッシュに助けて貰った日から変な夢を見て……」

「変な夢?」

「はい……。夢なのではっきりは思い出せないんですが……、私と両親がロックパンサーって魔物に殺される夢……です。そのせいで最近ちょっと怖くて……。アッシュのそばにいると安心……します」


 そう言ってアッシュを抱きしめるターニャの体が震える。ターニャはと言ったが──



 やっぱり時間を巻き戻す前、ターニャと両親はロックパンサーに殺されてたってことだよな……

 いやいやそれよりも……

 ターニャにも記憶がある……ってことか?

 確かことわりを超えた存在は、時間を巻き戻したとしても記憶が残るとか残らないとか……

 だけどターニャは普通の女の子だよな……

 理を超えた存在って感じは全然しないし……

 他にも記憶が残る何らかの要因がある……とかか?

 だめだ……

 また考えることが増えてしまった……



「ま、まあ怖いなら仕方ないか」

「嫌じゃ……ないです?」

「ターニャみたいなかわいい子に抱きしめられて嫌な男なんていないよ」

「優しいん……ですね」


 ターニャはそう言うと、アッシュの首筋にキスをして「邪魔してごめんなさい」と言って離れた。アッシュが後ろを振り返ると、ターニャは丸まって震えている。それもそうだろう。もし仮にターニャに記憶があるのだとしたら、夢で見たのは──ということになる。

 夢だからこそ不鮮明なのだろうが、おそらく相当な恐怖を感じているはずだ。

 アッシュが丸まって震えるターニャの隣に座り、優しく頭を撫でる。するとターニャは起き上がり、息が止まるほど強くアッシュに抱きついた。


「大丈夫だよターニャ。もしターニャに何かあったら僕が絶対に助けるか──」


 アッシュの言葉を最後まで聞かず、ターニャがアッシュを押し倒す。その顔は興奮しているようで──


「お、おいターニャ? ちょ、ちょっと大胆すぎやしな──んぐぅ!」


 ターニャの唇がアッシュの唇に重なり、続く言葉を奪う。ターニャはそのままアッシュの首筋、鎖骨と唇を移動させ、上着を捲ってお腹にキスをし──

 アッシュが「ちょ、ちょっとタイムだターニャ!」と言って、自身の腹部に顔を埋めるターニャに視線を向ける。すると自身の腹部、ターニャが唇を押し当てているちょうど横に、見覚えのない痣のようなものが見えた。

 と言っても、その場所には元々うっすらと周りの皮膚と少し色が違うという程度の痣はあったのだが──

 それが今は、ハッキリとした形を成して浮かび上がっている。


「お、おいターニャ! 本当にちょっと待ってくれ!」


 そう言ってアッシュがターニャの肩を掴んで腹部から顔を引き剥がし、痣のようなものを見る。痣は太さがバラバラの黒い棒状のものが規則的に並んだ形をしていた。



 なんだこの縦縞たてじまの痣……

 前はこんなものなかったはずだけど……

 魔人の新しい力……とかか?

 いや、でも……

 あれからレベルが上がったわけでもないし……



 とりあえず確認のためにアッシュがステータス画面を出す。すると加護の部分にUNKNOWNの文字が追加されていた。



 UNKNOWN……?

 前に見たホープのステータス画面と同じだ……

 ってことは魔人や聖者関連の加護じゃないってことか……?

 ああくそ……

 どんどん分からないことが増えていく……



 そんなことを考えながら、アッシュが自身の腹部に現れた縦縞の痣に触ると、痣が微かに熱を帯び──

 頭の中には「殺せ」「殺しちゃダメだ」「抉れ」「守らなきゃ」「犯せ」「救うんだ」と、相反する言葉が嵐のように吹き荒れる。

 そうしてドクン──と力強く心臓が脈打ち、体からうっすらと黒い霧が滲み出した。それと同時──

 ターニャが恍惚の表情で自身の指を咥え、服を脱ぎ始める。


「ご、ごめんなさいアッシュ……、なんだかアッシュを見ていると体が熱くなって……」

 

 そう言ってターニャが服を脱ぎながらアッシュに唇を重ね、アッシュの意識はずぶずぶと沼に沈むかのように不明瞭となっていき──






 ──どれくらい時間が経過しただろうか、気付けばターニャを抱いた後だった。真っ白なベッドシーツにはおそらく破瓜による出血の血が滲み、お互いに裸で抱き合うようにして眠っていた。



 くそ……

 訳が分からない……

 さっきの頭の中で響いた声はなんだよ……

 いや……

 それよりもターニャだ……

 たぶん初めて……だったんだよな……?

 最低だ……僕は……



 アッシュが自分のした行為に頭を抱え、ターニャに視線を向ける。ターニャは穏やかな表情で眠っていて──


「ごめんなターニャ……」


 アッシュがそう呟き、眠るターニャの頭を優しく撫でる。



 今は起こさないでおくか……

 でも……

 起きたらちゃんと話さないとな……

 

 

 アッシュがもう一度ターニャの頭を撫で、脱ぎ散らかした服を着てベッドから降りる。裸のターニャには毛布を掛け──

 ベッドに寄りかかって『ヴァンズブラッド─黒と白の英雄譚─』を手に取った。

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