第22話 黒王丸


 ──惑いの森前


 不気味な森の前、少し開けた場所で「遅いなぁ、ヒマだよぉ」とユーネが暇を持て余していた。

 デストラップは確かに安全ではあるが、状態異常無効のアッシュ以外は円の中心から動けない。とりあえず身動き出来ないので、ユーネはごろごろとしていた。


「デストラップ怖いよぉ。端の方でパンサーが三匹も麻痺してるし……」


 ユーネがチラりと視線を向けると、デストラップの端でパンサーが三匹震えていた。麻痺罠にかかった対象の位置を痛みで知覚するデストラップだが、今まさにアッシュはヘルナイトの槍で背中を貫かれた瞬間。魔人の目もヘルナイトとの戦いに集中するために効果範囲を絞っているので、気付いてはいない。そんな中──


「ヒマだよぉ、つまらないよぉ、誰か遊んでぇー」


 ──と、はからずも分離した直後のビューネスと同じ様な事をユーネが呟く。

 もしかすれば、ビューネスのあのふざけた性格はユーネ由来なのかもしれない。ただ、人類側はビューネスのふざけた性格のおかげで助かっている部分もある。


 ビューネスは魔王ごっこで人間を襲うが、滅ぼそうとはしていないように思える。おそらく本気を出せば、すぐに人類側は滅亡の危機に瀕するはずだ。

 なんと言えばいいいのか──

 大切な玩具を壊してしまわないように遊んでいるような──

 悪意と無邪気が混在している厄介な存在がビューネスなのだろう。


 そうしてビューネスはある程度人類側に被害を与え、撤退する。

 実はそれもあって人類側はそこまでの危機感がない。むしろ撤退していくビューネスを見て満足さえしている。

 まあつまり、完全に遊ばれているのだ。ビューネスが遊んでいる間は安心とも言えるのだろうが、危機感のなさに関しては、ユーネが神官などに「油断しないで下さい」「むくろのような姿は仮の姿です」などと伝えていた。

 だが実際ビューネスは撤退していくし、人類側も壊滅的な被害を受けたことがない。それこそ昔は警戒していた人類側だったが、長い年月をかけて危機感は薄れていった。


「早く帰って来ないかなぁ。アッシュに会いたいなぁ」


 ユーネがそんなことを呟きながらごろごろすること十数分、森の方からガサガサと音がする。


「アッシュだ! 帰ってきたんだ! 遅いよぉ、ヒマだっ──」


 そう言いながら森の方に視線を向けたユーネの動きが止まる。目は見開かれ、「はわわ」と焦る。そう──


 魔物だ。


 森の茂みから漆黒の馬が顔を覗かせている。明らかに騎乗用の馬とは違い、禍々しいオーラを醸し出していた。大きさも通常の馬より大きく、威厳に満ちた表情。


「はわわわわわっ! 完全に強力な魔物だよ! どどど、どうしよう! 麻痺に耐性があったらどうしよう! ううん! 絶対に麻痺耐性がある顔だよこれは! この顔で麻痺する訳ないよ! え!? だってこの威厳に満ちた顔で麻痺する訳ないよね!? 『我は闇の馬。そう、闇の馬だ! くく……我に麻痺罠が効くと思うか? どれ、小賢しい罠など踏み潰してくれようっ!!』って顔してるもん! 絶対にそうだ! はわわわわわわわわわわわわ……大変だぁ……これは大変なことになったぁ……はわわわわわわわ……」


 ユーネがあまりの恐怖からおかしい言動を繰り返し、パンツ丸出しで怯える。


「アッシューッ!! 助けてアッシューッ!!」


 力の限りアッシュの名前を叫ぶユーネだったが……、そんな叫びも虚しく、漆黒の馬が威厳に満ちた表情で茂みから抜け出す。

 そうしてその背中には──


「ごめん。待たせたなユーネ」


 ──と、爽やかな笑顔を見せるアッシュの姿。顔はどこか誇らしげだ。


「……ど、どういうこと? その馬はどうしたの? 雷馬らいば……じゃないよね?」

「これが覚えたかった能力だよ。武器や防具だけかと思ったんだけど……まさか馬まで呼び出せるとは思わなかった。まあ結果オーライってやつだ」


 そう言ってアッシュが馬から降り、顔を優しく撫でた。馬は気持ちよさそうに目を細め、かなり従順なように見える。


「ユーネも撫でてみなよ」

「う、うん……、噛んだりしないよね?」


 ユーネが恐る恐る馬に近付こうとして、すぐに動きを止めた。なんだか顔は怒っていて、アッシュのことを睨んでいる。


「騙されるところだった!」

「ん? なんのことだ?」

「デ、デストラップだよ! また私を麻痺させるつもりでしょ!」

「え? デストラップはもう解除してるよ。それにユーネを麻痺させて何か意味があるのか?」

「え、えっと……それは……」

「なんだ?」

「だ、だってアッシュ見てたじゃん! 前のデストラップの時に私のパンツ見てたじゃん! お、男の人はパンツが好きだって知ってるんだから!」

「あ、あれは違うって分かってくれたんじゃなかったのか!?」

「ち、違うって思いたいけど……」

「ま、まあ確かに男はパンツが好きなのかもしれない。僕も男だしそれは否定しない。だけどなユーネ?」


 アッシュが真剣な表情でユーネを見る。


「大切な仲間のユーネにそんなことするわけないだろ? 僕はユーネが嫌がることなんてしたくない……な」

「アッシュ……」


 ユーネが目を潤ませ、「疑ってごめんなさい」とアッシュに抱きつく。



 まあ登場する前にごろごろ寝転がるユーネは観察させて貰ったけど……

 やっぱり見たものを記憶する能力が欲しいな……



 そんな邪なことを考えながら、アッシュがユーネを抱きしめる。


「……とまあ、とりあえずユーネも撫でてみなよ」

「うん!」


 ユーネが馬の顔を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。どうやら馬もユーネを気に入ったようで、ユーネの体に顔をスリスリと擦り付けた。


「でもこれって魔物を操る能力でも手に入れたの?」

「なんて説明すればいいのかな。まあ……とりあえずステータス画面を見てくれ」


 ブンッと、アッシュがステータス画面を出す。



 冥府の王/冥府より武具を召喚。漆黒の馬を呼び出して使役。武具と馬は別々に呼び出しが可能



「まだ全力で走らせてないけど、たぶん雷馬より速い。これならグランヘルムまですぐだ」

「そっか! 乗って移動できるもんね!」

「名前はどうする? ユーネが付けるか?」


 ユーネが目を輝かせ、「え! いいの!? やったー!!」と跳ねて喜ぶ。


「えーと……じゃあ……黒い毛並みが凄く綺麗だし……うーん……」


 馬を撫でながら考え込むユーネ。


「……黒王丸こくおうまる……そう! この子の名前は黒王丸こくおうまる!」

「黒王丸か。いい名前だな」

「ほんとに思ってる? センス悪いとか思ってない?」

「かっこいい名前だと思うよ。もう少しかわいい名前を付けるかと思ってたから驚いた」

「名前は黒王丸だけどクロちゃんって呼ぶ!」

「ぼ、僕は黒王丸って呼ばせてもらおうかな?」

「えー? たまにはクロちゃんって呼んであげて欲しいなぁ」

「僕がクロちゃんって呼んでたら変だろ?」

「そう? ギャップがあっていいと思うけど」

「ギャップならユーネの方があるだろ。女神様みたいな見た目で子供みたいな話し方はとんでもないギャップだ。最初に会った時の話し方より好きだけどな」


 ユーネが「最初に会った時の話し方?」と首を傾げる。


「最初に会った時の話し方って? 私は最初からこうだよ?」

「い、いや、なんでもないよ。それよりユーネ。シェーレ……は頑張ってるかな?」

「急にどうしたの? シェーレなら頑張ってるに決まってるよぉ。シェーレは本当に凄いからねぇ」


 そう言って「えへへ」とユーネが笑う。どうやらユーネは部分的な記憶の欠如も起き始めているようだ。正直見た目もかなり幼くなった気がして──


 アッシュがユーネを抱きしめ、「シェーレも凄いけど、僕はユーネの方が凄いと思う。頑張ってくれてありがとう」と、ユーネに見えないように歯を食いしばった。



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