第23話 漆黒の戦士
「よし! シェーレに手紙も送った! 準備万端! グランヘルムへ向けて出発だ!」
ペインニードルやデストラップ、冥府の王を覚えたことを手紙にしたため、グレイを使ってシェーレに送る。手紙の最後に「こっちはアッシュと二人で仲良くやってるから心配しないで下さい」と、ユーネが余計なことを書いていたが……
「そういえば冥府の王ってクロちゃんだけじゃなくて武器とか防具も出せるんだっけ?」
出発しようとしたところで、ユーネが何となくアッシュに聞く。するとアッシュがニヤリと笑い──
「ふふふ……よくぞ聞いてくれたユーネ。今からその力を見せよう!」
──と様子がおかしくなる。
「ア、アッシュ……? なんだか顔が怖いよ?」
「少し離れているんだユーネ……」
ユーネの心配をよそに、アッシュが芝居がかった口調で言葉を続け、突然天高く右手を掲げた。
「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ! エクスゥゥゥゥッ! ルシオォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!」
アッシュが謎の言葉を叫んだと同時、ブンッ! と足元に黒い魔法陣が現れて鈍い輝きを放つ。魔法陣からは黒い霧が発生してアッシュを包み込み、体に絡みつくように収縮していく。そうして霧の中からは、漆黒の鎧を身に纏ったアッシュが姿を現す。
鎧は頭の天辺から足の爪先までを覆う
「か、かっこいいよアッシュ! すごくかっこいいね!」
「私はアッシュではない! エクスルシオンだ!」
アッシュ──
もといエクスルシオンは、天高く掲げた右手を下に払ってポーズを決める。
「エ、エクスルシオン……?」
「そうだ。この世の悪を払う者! エクスルシオンだ!」
「な、なんかすごそうだね! 戦隊ヒーローみたい!」
「戦隊ヒーローだと? なんだそれは!」
「あれ? 戦隊ヒーローってなんだっけ……? 何言ってるんだろ私……」
「戦隊ヒーローというものはよく分からないが……、悪くない! そう! 私はこの世の悪を払う戦隊ヒーロー! エクスルシオンだ!!」
エクスルシオン──
これは冥府の王で召喚した防具だ。武具の召喚はイメージしたデザインで召喚され、防御力は折り紙付き。
さらにヘルナイトを倒したことでレベルが3上昇。
あれ? レベル300の魔物倒して3しか上がらないの? と思われた方もいるかもしれないが、この世界のアンデッドは獲得経験値が低い。代わりにどのアンデッドも固有の強力な武具や装飾品を装備しており、倒すことで入手することが出来る。アッシュは溶解液で武具を消滅させてしまったが、入手していれば国宝級の武具だったはずである。
ひとまずこのレベルアップで魔人の回路という術技を覚えた。これは「声に出さずにイメージで能力発動。魔人の目により捕捉した相手に声を届けられる」というもので、また戦術の幅が広がった。
発動することで全身に黒いラインが増え、魔人感が増す。先程も「エクスルシオン!」と叫びながら冥府の王をイメージして発動したというわけだ。
「どうだユーネ! かっこいいだろう!」
「うん! すっごくかっこいい! でもエクスルシオンって? 誰かの名前?」
「響きだ! 意味はないが響きがいい!」
「う、うん……」
アッシュの勢いにユーネが押される。
「これなら顔を出さなくて済む! 魔人だとバレる心配もない! 私はこれからこの姿で行動する!」
「え……?」
困惑の表情でユーネがアッシュを見る。確かに魔人だとバレることはないが、正直魔人よりも目立つ。かっこよくもあるが、怪しさもかなりある。
そんなユーネをよそに、「ユーネ! 私のダークアイに反応だ! 街道の方で誰かが助けを求めている!」とアッシュが叫ぶ。
どうやらダークアイ──
もとい魔人の目の効果範囲内で何かトラブルを捕捉したようだ。
「行くぞ黒王丸!」
「ヒヒィーンッ!」
「ユーネも黒王丸に乗るんだ!」
「う、うん……」
──惑いの森からほど近い街道
二人が黒王丸に跨って街道まで出ると、一台の豪華な馬車が盗賊の一団に囲まれていた。
盗賊団は総勢で四十人くらいだろうか──
この辺りには馬車を狙うこういった輩が出るのだが、金品を奪うだけで殺しはあまりやらない。
殺してしまうことで、グランヘルム騎士団が討伐に本腰を入れてしまうためだ。
今現在グランヘルム騎士団は、ビューネス──魔王が各地に送り込んでいるのであろう魔物討伐に時間を取られている。金品を奪われる程度では動けないのが現状だ。
「貴様ら! 今すぐにその馬車から離れるんだ!」
そんな盗賊団に向け、黒王丸で颯爽と駆けつけたアッシュが馬上から叫ぶ。
「あー? なんだお前。変な格好しやがって。邪魔だからあっち行ってろ」
盗賊団の頭目だろうか、髭面で「これぞ盗賊だ!」と言わんばかりの服装の男が、面倒くさそうにシッシッと手を振る。
「へ、変な格好だと……?」
「どう考えても変な格好だろ! なぁーお前達?」
頭目のその言葉に、「へへへ、頭のおかしいやつなんでしょ」「邪魔だからどっか行ってろ!」「くそ変態が!」「ぶっ殺すぞ!!」と、まるでアッシュを相手にしていない様子の盗賊団の面々。
そんな相手にされていないアッシュがぷるぷると震えた後で、「もはや言葉もない! 困っている人がそこにいる! 見過ごす訳にはいかない!」と、おそらく考えていたであろう口上を無理やり叫んだ。
「邪魔するってかー? この人数相手に一人でって……」
頭目が呆れた様子でアッシュを見ると、「ほんとに頭おかしいんじゃねーのかぁ?」「騎士団でもなさそうだし何者だぁ?」「春先はアホが沸くからなぁ」「それにしても……ぷーくすくす」と、完全に舐めた態度で盗賊団の面々もアッシュを見る。
そんなお互いの温度差が著しい中、「貴様らに名乗る名などない!!」とアッシュが叫ぶ。
「頭のおかしいやつめ! 野郎ども! ちゃちゃっとやっちまいな!」
頭目の合図を皮切りに、アッシュに向かって盗賊団の面々が駆け出す。手には剣や槍を持ち、だが顔は完全にニヤけて舐めている。そんな盗賊団に向けてアッシュが右手を向ける。
「すまないが手加減は出来ない! 許せ!
頭の中では溶解液の発動をイメージし、ダークミストと叫ぶ。魔人の回路のおかげで、かっこいい技名を叫びながら発動出来るのだ。アッシュの手からは黒い霧が滲み出し、盗賊団を次々と包み込んでいく。そうして黒い霧が晴れるとそこには──
四十人の全裸の集団。
武器も防具も服も、何もかもが消失した。これにはさすがの盗賊団も恥じらいの顔で局部を手で隠す。ユーネもアッシュの後ろで「は、はわわ……おちんちんだ……」と顔を手で覆いながらチラチラと見ていた。
「変態はどっちなのだろうな? まだやるか? 私は一向に構わんが……」
アッシュが馬上から憐れみの声をかけると、「く、くそー! 覚えていやがれ! 次に会ったらぶっ殺してやる!」と、盗賊達は清々しい程の負け惜しみを言いながら逃走した──
「大丈夫でしたか?」
アッシュが黒王丸に跨ったまま、助けた馬車に駆け寄って声をかける。馬車に近付いて思うが、やはり装飾は豪華。貴族か何かだろうか──とアッシュが思っていると、馬車からおそらく夫婦であろう二人が降りてきて「あ、ありがとうございます!!」と感謝の言葉を述べた。
そのまま夫婦が馬車に向かって「ほら、お前も降りてきてお礼を言いなさい!」と声をかけると、娘だろうか? アッシュと同年代くらいの女の子も降りてきて一礼する。
長く鮮やかなオレンジの髪に、オレンジの瞳。ふわふわと可愛らしいワンピースを着ており、身長はニーナくらいだろうか。女の子は恥ずかしいのか、一礼するとすぐに夫婦の後ろに隠れてしまった。
「す、すみません。娘は人見知りでして……」
「いえ、可愛らしいお嬢さんですね。皆さんが無事でよかった」
「本当にありがとうございます。できればお礼をさせて頂ければ……」
「礼でしたら気になさらないで下さい。それよりも見たところ名のある方とお見受けします。この辺りは物騒なので、出来れば今後は護衛を雇って下さい」
この時、黒王丸の後ろで静かに事の成り行き見守っていたユーネが、「正直アッシュの方が物騒に見えるよ……」と聞こえないくらいの声で呟いた。
「あ、あなた様はいったい……」
「私か? 私の名は……」
夫婦がいい感じで名前を尋ねたので、アッシュが右手を天高く掲げて「私はこの世の悪を払う戦隊ヒーロー! エクスルシオンだ!!」と、掲げた手を下に払ってポーズを決めた。そんなアッシュの様子を夫婦の後ろから眺めていた女の子が、「エクスルシオン様……黒狼の戦士ノヒンみたい……」と呟いた。
「黒狼の戦士ノヒン? それは何者だ?」
アッシュの問いかけに、女の子がおずおずと口を開く。
「グ、グランヘルムで最近流行っている本です」
「ほう、そんなものがあるのか。時間を巻き……いや、知らなかったな」
アッシュが危うく「時間を巻き戻す前」と言いそうになり、後ろのユーネに「ダメだよアッシュ」と小声で怒られた。
そんな中、女の子がアッシュの近くまで駆け寄って手招きしたので、アッシュが黒王丸から降りる。すると女の子は「ヴァ、ヴァンズブラッドって本なんですけど……ちょっとえっちなシーンが多くて、表向きにはあんまり流通してないんです。私の家は大きい商家だからこっそり手に入れて……、グ、グランヘルムに住んでるので、よければ今度見に来てください。あ、私の名前はターニャ。ターニャ・アースイコー。アースイコー商会は大きいからすぐに分かると思う。それじゃ……」
そう言ってターニャがアッシュの頬に軽くキスをし、頬を赤らめて夫婦の元へと戻っていく。この時アッシュは兜の中で「はわわ」と焦り、ユーネもアッシュの後ろで「はわわ」と震えていた。
「……では私はこれで失礼する! 行くぞ! 黒王丸!」
「ヒヒーン!!」
颯爽と立ち去るアッシュ。だが──
この後でユーネの機嫌を直すのに四苦八苦したのは言うまでもない。
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