第2話 始まりの丘
──風の吹き抜ける丘
晴れ渡った空、燦々と太陽が輝く。
気がつくとアッシュは見覚えのある場所にいた。見渡す限りの緑の絨毯。どうやらアッシュが住むタリア村からほど近い丘の上のようで──
晴れた日は風がサワサワと気持ちよく、お気に入りの場所。その丘の端、村を見守るように鎮座する大木に寄りかかり、眠っていたようだ。
ただそんな晴れ渡った空とは真逆で、アッシュの気分はどんよりと曇った空のように重い。なにか悪い夢を見ていた気がする。とても恐ろしく、自然と体が震えてしまうほどの悪夢を。
思い出そうとするが、頭はずっしりと重い。そんな中、アッシュの耳に届く聞き慣れた声。
「さすがね聖騎士アラン! なかなか踏み込めないわ!」
「はっ! そういうシェーレこそ信じらんねぇ速さだな! それが聖闘士の力ってやつかぁ!?」
寄りかかった大木の裏──
アランとシェーレの声がする。この丘は、アッシュがアラン達と稽古と称してよく遊んでいた場所。
真っ赤な燃えるような髪に、切れ長の
それとは対照的に、澄んだ空のように青く長い髪に、切れ長の
アッシュが二人の声を聞き、頭の重さもやわらいできたところで──
先程まで見ていた夢のことを思い出す。
それと同時、まるで心臓を鷲掴みにされたような激しい動悸に見舞われ、息が切れる。足に力が入らず、倒れそうになりながらもアッシュが二人の元に駆け寄る。
「アラン! シェーレ! 無事だったのか!」
アランとシェーレが「なんのことだぁ?」「どうしたのかしら?」と首を傾げ、アッシュを見る。
「なんのことも何もないだろ! アラン! 傷は!」
アッシュがアランの背中を強引にまさぐるが──
傷がない。訝しんだ目でアッシュを見つめるシェーレにも、傷があるようには見えない。
「確かに僕の剣で貫いたはず……、いや! それよりあいつは! あの金色の女神はどこだ!」
「ははっ。金色の女神だぁ? 寝ぼけてんのかアッシュ? まあ確かに今日は天気もいいから昼寝日和だ。ってもさすが聖者アッシュ様は余裕だなぁ?」
嫌味たっぷりのアランの言葉。
「アッシュが聖者だからって僻まない。聖騎士だって上位職なんだから」
「ちっ、そんなんじゃねぇよ」
「え? 私には僻んでるようにしか見えなかったけれど、違うのかしら?」
「あぁん? やんのかシェーレ?」
いつも通りの仲の良い二人の口喧嘩。
やっぱり夢だったのか……
いやでも……
あの生々しい血と肉の感覚は……
アッシュが困惑するが、よく考えなくてもここは村の外れにあるいつもの丘。アランとシェーレを見ても、
胸がザワザワする……
あれがただの夢だったなんて……
それよりアラン、シェーレがいるってことは……
「ニーナは! ニーナもいるのか!」
夢の中、首筋を切り裂いて殺したニーナの名前をアッシュが叫ぶ。
すると先程まで寄りかかっていた大木の方から「呼んだー?」と、ニーナの声がした。
「ちょっと待っててー……よっと」
柔らかそうな薄い桃色の髪に、温かで優しげな
確かニーナは「透けているのが恥ずかしい」と、
これはどういうことだ──とアッシュが困惑していると、ニーナが大木の上から飛び降り、沢山の果実を抱えながアッシュの元に駆け寄る。この大木には春先に一度、レムの実という薄い紫色の果実がなる。それはとても甘く、ここにいるメンバー全員の好物だ。
「ニーナ! よかった……」
満面の笑みで駆け寄るニーナを、アッシュが抱きしめる。
「ちょ、ちょっと苦しいよアッシュー」
レムの実をボロボロと落としながら、ニーナが狼狽える。
「ニーナ……ニーナ……もうダメだと……僕のせいで……ごめんニーナ……」
「どうしたのアッシュ?」
夢か現実かなんて関係ない。目の前にニーナがいる。それだけでアッシュの目からはボロボロと涙が溢れた。
「……もうしょうがないなぁ。怖い夢でも見たのかな? よしよし、私はここにいるよ?」
アッシュはニーナに抱きしめられ、周りも気にせず大声で泣いた。これほど泣いたことなどなかったかもしれない。それだけアッシュにとってニーナは大切な──妹のような存在だった。
「おいおい。昼間っから見せつけてくれるじゃねーか! つーか泣きすぎだろ! 怖い夢見て泣くとか子供かよ!」
「アッシュはアランと違って繊細で優しいの。シナプスまで筋繊維で構成されているアランとは違うのよ? 夢でも人のために泣けるアッシュを見習ったらどうかしら?」
「シナプスだぁ? なんか分かんねぇけどよ、俺の筋肉が凄ぇってことだよな! っし! やる気出たぜ! 続きやるぞシェーレ!」
「はー、本当に全細胞が筋繊維なんじゃないかしら……?」
本人達は否定するが、こんな感じでアランとシェーレは昔からとても仲がいい。シェーレが「仕方ないわね」といった感じで頭を振り、アッシュに向けて微笑んでからアランとの稽古に戻る。
そうしてひとしきり泣いたアッシュが落ち着きを取り戻し、今のこの状況に赤面する。
「ご! ごめんニーナ!」
アッシュが急いでニーナから離れ、涙を拭く。妹のように大切に思っている存在の前でめちゃくちゃに泣いて、あやされていることに恥ずかしくなったようだ。
「もう落ち着いた?」
「あ、ああ。もう大丈夫」
「私はもう少しあのままでもよかったのになー」
「情けないところ見られたな」
「子供みたいでかわいかったよ? 今の感じ、たまには見たいかなー?」
ニーナがニヤニヤとイタズラっぽい笑顔でアッシュを見る。
やっぱりあれは夢だったんだ。
目の前にはニーナやみんながいる。
あの夢のようにならないように強くなろう。
みんなは僕が守る。
聖者として──
アッシュが決意を新たにし、拳を握る。
だがそんなアッシュに現実を叩きつけるかのように、「夜になったら一人でまたここにきて下さい」と、あの澄んだ綺麗な声が頭の中で響いた。
フラッシュバックする悪夢。
アランを貫く剣。
切り伏せられたシェーレ。
首から血を吹き出すニーナ。
そうしてアッシュの意識は遠のき、その場に崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます