第32話 修羅の王─金色の狼─


 月光が照らすグランヘルム城の中庭。漆黒の龍が上空の雲を四散させ、普段よりも月の灯りが輝いて見える。

 そんな月下の庭園に激しい戦闘音が響き、気付けば中庭の周囲を衛兵が囲む。

 衛兵達は「何者なんだあの男は」「エルステッド様が押されている……」「生きている間にこんな素晴らしい戦いが見れるなんて……」「エルステッド様のあんな楽しそうな顔を見たことがない」「エルステッド様!」「そこです!」「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」と、なんだか盛り上がっていた──



---



「まったく歯が立たない! 完敗だ!」


 エルステッドが地面に倒れ込み、大の字に寝転がる。そんなエルステッドにアッシュが手を差し出し「ありがとうエルステッド」と言って握手を交わした。


「それほど強いのにまだビューネスには勝てないのか?」


 むくりと上体を起こしたエルステッドがアッシュに問いかける。素早さが∞に到達したアッシュの速度は、もはやエルステッドの目には留まらなかった。何とか持ち前の戦闘勘のみで食い下がりはしたが、エルステッドの完敗だ。

 エルステッドの問いかけにアッシュは小さく首を振り「おそらくまだ……」と声を絞り出す。


「……出会ってすぐの頃にユーネのステータスを確認したんだ。これでもまだ僕は、全盛期のユーネのステータスに負けている。全盛期のユーネでもビューネスにはまったく歯が立たなかったと言っていた。まあ……とりあえず人間でもステータスが∞に到達することは分かったし、レベルを上げればなんとか……って感じだ」

「そんなに神というのは強いのか……」

「ああ。ステータスの上昇効果は一時的なものだし、やっぱり素のステータスを上げないとだめだな」


 神と同じ∞のステージには立てたが、正直これでは足りないとアッシュは感じている。ステータスは大雑把であり、数値換算した際の∞の振り幅は相当なものになるはずだ。とにかくレベルを上げて素のステータスを底上げし、そこへステータス大幅上昇の加護を上乗せすれば──


「……それよりエルステッド。ステータスを見てもいいか? 確認したいことがあって」

「勝手に見ればいいだろう? 魔人の目はサーチ効果があるんじゃないのか?」

「集中しなければ常にステータスが見える訳じゃない。勝手に見るのもなんかあれかなと思って、基本的には見ないようにしてるんだ」

「変なところで真面目だな。聖者の性質というやつか?」

「ははっ。どうだろうな。じゃあ了解も取ったことだし、見させてもらうよ」



【名 前】 エルステッド・グランヘルム

【職 業】 修羅

【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】62

【体 力】SS

【魔 力】A

【攻撃力】SS

【防御力】B

【知 力】A

【素早さ】S


・術技

 修羅の型・いち/一瞬で距離を詰めて斬撃をくわえる

 修羅の型・/無限高速連撃。連撃継続で徐々に体力が減る

 修羅の型・さん/自身の周りに障害物を一つ無視した円状の斬撃を放つ

 修羅の型・/一分間斬撃の両脇に同威力の斬撃が発生する

 修羅の型・/空中に無数の刀を呼び出して飛ばす。溜め時間に応じて本数増加、体力減少。保留で出現した刀をいったん消し、後ほど発射も可能

 修羅の型・しゅう/防御無視の斬撃。リーチ上昇。溜め時間に応じて攻撃力上昇、体力減少


・加護

 修羅の道/一連撃毎に攻撃力上昇。後退せず攻め続けて10秒毎に攻撃力上昇。

 阿修羅/一定ダメージ毎に攻撃力大幅上昇


・加護(引き継ぎ)

 敵を撃破で体力回復。ガードで体力回復。ジャストガードでステータス大幅上昇



 エルステッドはレベル62あり、ステータス的にはレベル8のアッシュといい勝負。やはり聖者や魔人などの最上位職の性能は破格だということが窺い知れる。


「……やっぱりあったか」

「やっぱりあったとはなんのことだ?」

「溜め時間に応じて攻撃力上昇、体力減少の技だよ。覚えたいんだけどいいか?」

「聖龍剣ではダメなのか?」

「エルステッドも見ただろ? あんなの連発してたら地形が変わるって」


 エルステッドがアッシュの使用した禍々しき聖龍剣を思い出し、「確かにあれを連発していたら、この世界が荒野になってしまいそうだ」と、雲の四散した空を見て呟く。


「分かった。では私の修羅の技をアッシュに刻もう」

「なるべく痛くないように掠る程度でお願いしたいんだけど……加減できるか? 勝負じゃないんだからな?」

「ははっ。だいじょうぶだ。負けた腹いせに一刀両断などしない。安心して斬られてくれ」


 そう言って微笑むエルステッドだったが──


「目が怖いって……、え? 本当に大丈夫か?」

「とりあえずそこへ直れ」

「し、信じてるからな……」



---



 ──しばらくして


「おいエルステッド! なんで顔と手ばっかり狙った! 目立つとこばっかりじゃないか!」

「いや、すまん。顔を見てたらつい……な」


 とりあえず修羅の型・壱以外は全て覚えさせて貰った。壱は高速移動であり、瞬影のような無敵時間がないためだ。

 それにしても目立つところを狙った形跡があるが──


「男は傷があった方がかっこいい! そうだろうアッシュ?」

「悪い、エルステッド。ぶん殴ってもいいか?」

「ははっ。正直に言えば久しぶりで修羅の型・の感覚に慣れていなかったせいだ。すまん」


 修羅の型・は、「一分間斬撃の両脇に同威力の斬撃が発生する」というもので、確かに狙った場所を攻撃するには慣れなければ難しそうだ。

 そう考えれば、攻撃自体は掠る程度だったことを褒めなければな──とアッシュが思う。


「……まあとりあえずありがとうエルステッド。これでかなり戦略の幅が広がった」


 覚えた「修羅の型・」は、発動することで攻撃速度が上がり、イメージに合わせて勝手に高速連撃を繰り出す。連撃継続で徐々に体力が減るので、ステータスを上昇させながら戦うことが可能だ。


 「修羅の型・さん」は、自身の周りに障害物を一つ無視した円状の斬撃を放つ技で、防具や壁を無視した攻撃が出来る。


 「修羅の型・」は、斬撃の両脇に同威力の斬撃が発生するという便利な技。


 「修羅の型・」は空中に無数の刀を呼び出して飛ばす技で、溜め時間に応じて本数増加、体力減少。保留で出現した刀をいったん消し、後で発射も可能。つまりステータスを上昇させながら遠距離攻撃も可能となった。


 「修羅の型・しゅう」も便利な技で、防御力を無視した斬撃を放つことが出来る。リーチ上昇も魔人の爪と合わせることでかなりのリーチになるだろう。溜め時間に応じて攻撃力上昇、体力減少もあるので、これもステータスを上昇させることが出来る。


「それよりアッシュよ。この後はどうするんだ?」


 エルステッドが期待に満ちた目でアッシュを見る。「この後はどうするんだ?」の後でこの目をする時は、だいたい流れは決まっている。そう、エルステッドは酒が飲みたいのだ。



 本当に変わらないなエルステッドは……

 まあ今日くらいは付き合ってやる……か。



「酒でも飲むか? ちょっと飲みたい気分だ」

「おっ! 話の分かる男だなアッシュは。今夜は寝かさんぞ」

「酒は僕の方が強いの忘れたか? 酔い潰れたエルステッドを何度見てきたことか……」

「時間を戻す前の私のことか? 是非その話も聞きたい。どうだ? 私は変わらんか?」

「ああ。今と変わらず声がでかかったな」


 アッシュのその言葉に、エルステッドが大きな声で笑う。


「続きは酒を飲みながらにしよう。なにか食べたい物はあるか?」

「じゃあレムの実をお願いしようかな」

「分かった。では後ほど私の自室に来てくれ。準備させておく」

「前も思ったけどさ、簡単に人を自室に通すなよ」

「簡単ではないぞ? 私は人を見る目があるのでな。アッシュは大丈夫だと私の魂が判断している」

「魂ってなんだよそれ」

「いやなに、覚えてはいないが──」


 「なんだかアッシュとは長く一緒にいた気がする」と、エルステッドが遠くを見る。そのエルステッドの横顔が何故だか一瞬、金色こんじきの狼のように見え──



 なんだ……?

 エルステッドの顔が金色の狼のように見えた気が……

 前はこんなことなかったはず……

 時間を巻き戻したことで何か変化が起きているのか……?



 一瞬エルステッドに重なって見えた金色の狼。アッシュは懐かしいものを感じるとともに、切ないような悲しいような、そんな感情に胸を締め付けられた。



 僕のなくした記憶が関係あるのか……?

 なんにせよ、巻き戻す前とは何かが変わっている。

 そういえばあの少年……

 ホープも前回は現れなかった。

 ってことはホープが現れたことによる変化……なのか?

 だめだ……考えても分からない……

 記憶やホープのことに関しては一旦保留だな……



「……とりあえず僕は一度ユーネの様子を見に行くよ」

「了解した。では後ほどな」


 こうしてアッシュの記憶に関する謎がまた一つ増え、深夜の鍛錬は終了した。

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