第33話 ルシオン


 ──ユーネの眠る王城の一室


「なんだユーネ、起きてたの──」


 アッシュが部屋に戻ると、ユーネは窓辺に佇んでいた。綺麗な銀髪がさらさらと風になびき、月光に照らされたその姿はひどく幻想的だ。窓辺に佇むユーネはとても大人びて見え、見惚みとれたアッシュが言葉を失う。まるで何かに取り憑かれたように、じっと魅入ってしまう。


 どれぐらいそうしていただろうか──

 ふとユーネが振り返り、アッシュの姿を見て「ルシオン……?」と呟く。


「探したんだよルシオン……。どこにいたの……? 会いたかった……」


 そう呟きながらユーネがアッシュに近付き、ふわりと抱きつく。泣いているようで、体は小刻みに震えていた。


「……もうどこにも行かないでルシオン……。私ルシオンのこと……」


 明らかにおかしい様子のユーネ。ユーネは抱きついたままアッシュの首筋にキスをして舌を這わせ──

 そのまま二人の唇が重なり、温かく湿った音を響かせる。そうしてしばらくすると、「ん……」とユーネが吐息を漏らして唇を離し、アッシュを潤んだ瞳で見つめる。顔は紅潮し、漏れる吐息は切なげだ。


「……いなくなったから伝えられなかったけど……私……ルシオンが好きなの……。ずっと一緒にいたいの……」



 どういうことだ……?

 ルシオンってエクスルシオンのこと……じゃないよな……?

 ああくそ……

 今のキスが衝撃的過ぎて頭が回らない……



 そんなことをアッシュが考えていると、再びユーネの唇がアッシュの唇を塞ぐ。アッシュの口腔内に侵入した柔らかい舌が、まるで別の生き物のように蠢く。



 だめだ……

 何も考えられない……



 唇を重ねたままユーネに押され、二人がじりじりとベッドまで移動する。気付けばアッシュの脚にベッドの端が当たり──

 そのまま二人でベッドへと倒れ込む。ユーネはなおもアッシュを求め、切なげな吐息とともに唇を重ねては離し──と繰り返す。



 ああ……

 頭の奥が痺れる……

 このままユーネと……

 いや……それはだめだ……

 たぶんユーネはってやつと僕を勘違いしてる……

 このままユーネと一線を越えるのはよくない……



 アッシュが絡みつくユーネの肩を掴んで引き離し、「ユーネ! ルシオンって誰だ! 誰のことなんだ!?」と問いかける。その声でユーネは我に返ったのか、驚いた表情でアッシュを見る。


「どうしたの怖い顔して……? ……ルシオンって? エクスルシオンのこと?」

「今の覚えてないのか?」

「なんのこと? あ! でも……」

「でも?」


 ユーネがもじもじとしながら、「アッシュとキスする夢見ちゃった」と言って恥ずかしそうに「えへへ」と笑う。


「その内容……言ってよかったのか?」

「え? は、はわわ! な、何言ってるんだろ私! ご、ごめんアッシュ! 今のは忘れて忘れて!」


 ユーネが恥ずかしそうに「はわわ」している。その姿がたまらなく愛しくて──

 アッシュが優しくユーネを抱きしめた。


「……アッシュ?」

「いや、窓も開いてるし寒くないかなぁと思って。それより夜も遅いんだ。いつまでも起きてないで寝ないとだめだぞ?」

「うん。アッシュは優しいね?」

「そうか?」

「うん。すごく優しくて温かい。アッシュも一緒に寝る? ぎゅってしながら寝たいなぁ」

「そうしてあげたいのはやまやまなんだけど……エルステッドと酒を飲む約束をしてしまったんだ」

「えー? でも約束しちゃったなら仕方ないよね。寂しいけど……」

「じゃあユーネが寝るまで隣にいるよ。どーせユーネはすぐに寝るしな?」

「もう! 子供扱いしないでよ!」

「はは、ごめんごめん。じゃあ……」

「ふあっ!」


 アッシュがお姫様抱っこでユーネをベッドまで運び、優しくポスンと下ろす。


「えへへ、お姫様抱っこしてもらった」

「にやにやしてないで目を閉じて早く寝なさい」

「はーい。でも手は繋いでいい?」

「ああ」


 ベッドの端に腰を下ろしたアッシュの手を、ユーネがしっかりと握る。そうして一分も経たず──


 ユーネは寝息を立てて眠りに落ちた。


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