第19話 惑いの森
──タリア村から北東、惑いの森
そんな木々の葉が濃密に折り重なり、陽の光を遮っている。昼でも仄暗く、
一歩足を踏み入れれば、二度とは戻って来られない災禍が襲い来るのではないか──
そう思わせる深い森。
「ま、まさか歩いて五日かかる距離が半日もかからないなんて……」
そんな不気味な森の前、少し開けた場所でアッシュが震えていた。
「うぅ……ちょっと酔っちゃった……」
そんな震えるアッシュの背中には、気持ち悪そうに顔をしかめるユーネの姿。
そう、アッシュはここまでユーネを背負って走ったのだ。
厳密に言えば違うのだが、攻撃力は筋力にも直結する。魔人の高い
そういえばシェーレとアランもめちゃくちゃ足が速かったもんな……
これって
そんなことを考えながら、アッシュが背中からユーネを下ろす。
「大丈夫かユーネ?」
「う、うん……少し休めば大丈夫……うぅ……」
ユーネが地面にへたり込み、つらそうに呻く。
「とりあえずユーネはここで待っててくれ。デストラップ」
アッシュがデストラップを発動。
デストラップは解除しない限りは消えず、何度でも発動が可能。
そのまま続けてデストラップを発動。ユーネがへたり込んでいる中心を残し、なるべく隙間なく麻痺罠を仕掛ける。
「待っててってどういうこと……?」
「森の中は危険なんだ。すぐに戻ってくるからさ」
「なんで! やだよ! 私も一緒に行く!」
「ダメだ。森の奥にいる魔物は強敵だし、ユーネを守りながらだとキツいかもしれない」
アッシュのその言葉に「足でまといだよね……私……」と、ユーネが項垂れる。
「何言ってるんだよ。足でまといなんかじゃないって。僕が魔人の力を使いこなせていないのが悪いんだ。すぐにユーネを守りながらでも戦えるようになるからさ、待っててくれないかな?」
「うん……。でも魔物が来たらどうすればいい……?」
「心配しなくてもだいじょうぶ。デストラップの麻痺は何度でも発動するし、僕が解除しない限りはユーネに近付くのは無理だ。この辺で麻痺耐性のある魔物はいないしね。それに──」
実は惑いの森の前はほとんど魔物が出ない。森の中の魔物が外に出るのは夜だけで、外の魔物は森の奥に潜む討伐対象の魔物の雰囲気を察知し、恐れをなして近付かない。飛行タイプの魔物も森から数キロメートル圏内には近付かず、元から安全なのだ。
「分かった……。でも無理しちゃだめだよ? 早く戻ってきてね?」
そう言ってユーネがアッシュを抱きしめる。背負った時も思ったが、ユーネは身長も縮んでいた。まだ僅かにではあるが、確実に弱体化は進行している。
本当に時間がないのかもしれないな……
なんでこんな酷い運命をユーネが……
くそ……
絶対に僕が助けてみせる……
そんな思いでアッシュもユーネを抱きしめる。
「じゃあ行ってくるよ。今いる場所から動いたら麻痺するから、大人しくしててくれよ」
「うん。気を付けてね……」
こうしてアッシュが惑いの森の中へと足を踏み入れる。
──惑いの森内部
生い茂る木々や草花が邪魔をし、視界が悪い。通常であれば森の中は危険だ。木々や草花が視界を遮り、突然魔物に出くわすということもある。
だがアッシュには魔人の目があるので、正直何の苦もなく進むことが出来る。
魔人の目で魔物を捕捉次第、
今のところ森の外にいるユーネも魔人の目で捕捉しており、「この森って便利な魔法とか技を使うやついなかったっけ? だいぶ前だから忘れちゃったな。いや、時間を戻す前だから前じゃなくて先か? まぁ……とりあえず早く終わらせないとなぁ」と、余裕の独り言を呟いてみるくらいには油断していた。
そんな油断しながら進むアッシュを──
「あっつ!!」
──熱湯をかけられたような激痛が襲う。見れば右手の甲に、何か液体のようなものがかかっていた。
『記憶しますか?』 YES/NO
目の前に現れるお馴染みの画面。
魔物の術技による攻撃だったのだろうが、なんの能力なのかがまったく分からない。
まあ記憶して損ってことはないし……
ここはYESで……
現れた画面のYESに触れ、右手の甲が燃えるように熱くなる。
『捕食花の呪いを記憶しました』
あれ?
これってもしかして……
能力名を見たことで何かを思い出すアッシュ。そのまま覚えた能力の詳細画面を出す。
捕食花の呪い/触れたものを小さくする呪いの液体を飛ばす。解除可能
ああやっぱり……
これはニーナがくらって小さくなったやつだ……
身長が半分くらいになったんだよな……
服はそのままだったから大変なことに……
シェーレが「アッシュとアランは見ないで」って怒ってたな……
その時は小さくなってすぐに捕食花が襲ってきたのだが、今回は襲ってこない。おそらく捕食花の呪いによって対象者が小さくならなければ襲っては来ないのだろう。
つまり聖者の加護によって状態異常無効のアッシュには何の問題もない。
思い出してきたぞ……
この森は状態異常攻撃を仕掛ける植物系の魔物が多かったんだ……
見た目は普通の植物だから見分けられなくて大変だった記憶が……
ってことは
アッシュが一本の大木の前まで辿り着く。幹の根元付近には、人一人が入れるくらいの穴が空いている。
確かアランが「なんか入れそうだぜぇ?」って入って……
あいつは本当に考えなしだよな……
アッシュが懐かしい気持ちになりながら、大木の穴に入る。それと同時、刃物で刺されたような鋭い痛みが首筋に走る。痛んだ部分を触ってみると、小さな棘が刺さっていた。
『記憶しますか?』 YES/NO
もちろんYESに触れ、首筋が燃えるように熱くなる。
『肉食樹の呪いを記憶しました』
肉食樹の呪い/刺されたものを大きくする呪いの棘をだす。解除可能
例によってアッシュにはなんの影響もなく、肉食樹も動かない。前回は体が巨大化したアランが穴から出られなくなり、シェーレが「これだから脳筋は嫌なのよねぇ」と、肉食樹を粉砕していた。
アランのやつ……
装備が壊れて全裸になったんだよな……
その後はシェーレが渡した布でふんどし作って……
ギチギチに鍛えた肉体に、ふんどし一丁のアランの姿がアッシュの脳裏をよぎる。
そういえば……
シェーレも罠にかかった記憶が……
そう、
たしかこっちのほうだったかな……
肉食樹から少し進んだ先、青く美しい花を咲き誇らせた大木が現れる。仄暗い森の中、そこだけが陽の光に照らされ、鮮やかな色彩が幻想的だ。
大木を彩るように咲く青い花からは、甘くていい香りも漂うが──
罠っぽい。
そこはかとなく漂う罠感。
完全に誘われている気がする。
こんな罠っぽい罠にシェーレが気付かないわけがない。
シェーレが青い花が好きなのは知ってたけど……
あの時のシェーレはちょっとおかしかったな……
ふらふら大木の前まで歩いて……
なんか呟いてたよな……
たしか「独り占めしたいのよ……」って……
アッシュが当時を思い出し、違和感を覚える。その当時は「青い花を独り占めしたい」という意味だと思ったが、シェーレはその発言をした後で
なんだ……
胸の奥がざわざわするな……
え……?
僕はシェーレを怖がって……る……?
いやいや!
シェーレは大切な仲間だ!
そんなことを考えながら大木の前まで歩く。記憶が正しければ、もう少し大木へと近付いた位置──青い花の真下辺りで攻撃されるはず。
ただ今回の攻撃は直撃すると危ない。この後の戦闘にも支障が出てしまうだろうし、さすがのアッシュも慎重になる。
大丈夫だ……
攻撃が来ると分かっていれば躱せる……
よし……
ここだ!
アッシュが青い花の真下に来ると同時、花からはいっせいに蜜のような液体が飛ぶ。
分かってはいたのでバックステップで蜜による攻撃を躱すが──
魔人の加護、回避行動でステータス大幅減少が発動。ステータスが減少する。
ステータス減少時間はそれほど長くないから大丈夫だとして……
アッシュが地面に落ちた蜜のような液体に指先で触れる。触れた指先には熱した鉄板を触ったような痛みが走るが、ダメージはない。
『記憶しますか?』 YES/NO
もちろんYESに触れ、蜜に触れた指先が燃えるように熱くなる。
『溶解液を記憶しました』
溶解液/装備を溶かし、防御力を下げる。ダメージ効果はほぼない
分かりやすい名前だ。冒険者の装備を溶解液で溶かし、食べやすくする。この大木自体は捕食行動をせず、装備を溶かされた冒険者は他の魔物の餌食になる。
一定の間隔で生えているので、惑いの森に生息する魔物のサポートをする役割──ということだろうか。
前回は青い花に目を奪われていたシェーレの服が溶解液によって溶かされ──
アランが「見たわね?」ってシェーレにボコボコにされてたな。
アランもふんどし一丁だったのにかわいそうに……
これでアッシュは予定にはなかった能力を三つも手にした。対象者の体のサイズを自由に変え、装備──服を溶かしてしまうという凶悪な力。
これって人に使ったら間違いなく嫌われる能力だよな……
そんなことを考えながら、アッシュは森の奥──討伐対象の魔物を目指す。
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