第20話 冥府の騎士


 ザザザと仄暗い森を駆ける音と、ザワザワと揺らめく黒い霧。

 ブン──

 ブブブブブン──

 と、時折鈍い音を響かせ、輝く無数の魔法陣からはいびつゆがんだ漆黒の針が現れる。


 アッシュが瞬影しゅんえいとペインニードルを駆使しながら、惑いの森を奥へと進む。ステータスは減少しているが、元からステータスの高い魔人だからこその無双。

 もはや通常の魔物では相手にならない。



 それにしてもとんでもなく便利な能力だったな。

 もうなんかこれ……最強じゃないか?

 いわゆるチートってやつか?

 聖者もチートだったけど、魔人はそれを超えそうだ。



 あの後でアッシュは、新たに覚えた能力をフォレストパンサーという魔物に試している。フォレストパンサーはパンサーの変異種なのだが、見た目が保護色──迷彩柄なだけで、大きさも能力もほぼパンサーと変わらない。


 覚えた「捕食花の呪い」「肉食樹の呪い」「溶解液」なのだが、結果で言えばかなり使い勝手のいい能力だった。どの能力も発動と同時に手から黒い霧が滲み出し、対象を包み込む。

 発動から相手を包み込んで効果発動までに若干のタイムラグがあるが、それほど気にはならない。


 捕食花の呪い、肉食樹の呪いの効果である小型化と巨大化は、思い通りにサイズ感のコントロールが可能。

 溶解液に関しては装備品がなければ効果はなく、フォレストパンサーにはなんの変化も起きなかった。どのくらいの効果なのかは確認してみたいが──



 ユーネに使ったら嫌われるよな……

 小型化と巨大化は……

 いや、服は小型化も巨大化もしないから色々と大変なことになるか……



 アッシュが小型化や巨大化したユーネを想像し、何を考えているんだ自分は──と頭を振る。

 そんなことを考えている間も、魔人の目で捕捉した魔物を利用し、瞬影で一気に移動。瞬影のクールタイム中も全力で走り、群れた魔物はペインニードルで一掃。

 

 そうこうしているうちに森の奥──切り立った断崖にぽっかりと口を開けた洞窟の前に到着。討伐対象の魔物が潜む洞窟だ。中は迷路のような道が続く訳ではなく、断崖をくり抜いたような広い空間になっている。

 洞窟の中に光は届かず、漆黒の闇が横たわる。



 前回はニーナの光術こうじゅつで照らしたけど……



 魔人の目は暗闇ですら見通す。そうして闇が横たわる広い空間の奥──

 壁にもたれ掛かるようにして座る人骨を捕捉。

 冥府の騎士、ヘルナイトだ。

 手には血のように鮮烈な赤が毒々しい槍と盾。身に纏う鎧は漆黒で、赤いラインがまるで流れる血のように蠢いている。


 アッシュが一歩、また一歩と慎重にヘルナイトに近付く。その距離はじりじりと縮まっていき、唐突にヘルナイトの目の奥、黒い光が灯った。

 そのままヘルナイトはギシギシと骨を軋ませながら立ち上がり、「我の眠りを妨げるつもりか? ならばその罪──」と地獄の底から響くかのような低い声で呟き、鮮血の槍をアッシュに向ける。

 体からは禍々しい雰囲気を漂わせ、「死を以て贖え!!」と威厳に満ちた怒声を上げる。


 身長は二メートルくらいだろうか、アランよりも大きい。確かとてつもない速度の槍術の使い手で、盾と鎧によって防御力も高い。とりあえずアッシュが魔人の目でヘルナイトのステータスを確認。同時に自分のステータス画面も出す。



【名 前】ヘルナイト

【種 族】アンデッド

【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】300

【体 力】SSS

【魔 力】SS

【攻撃力】S

【防御力】S

【術 技】冥府の王



【名 前】アッシュ

【職 業】魔徒

【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】5

【体 力】SS

【魔 力】SS

【攻撃力】S

【防御力】B

【知 力】A

【素早さ】S



 そういえば魔物のステータス画面は少し違うんだったな。

 術技も詳細は出ないし……

 たぶん「冥府の王」が覚えたい能力なんだろうけど……

 それにしてもレベル300ってなんだよ……

 確か前回もシェーレがサーチを使って驚いた記憶が……

 まあでも……



 レベル300でこのステータスだ。レベル1の時点でSの項目がある聖者や魔人に比べ、弱いな──と思ってしまう。

 そのうえアッシュは今もそうなのだが、加護によってガンガンに体力と魔力を回復し、立ち回り方でステータスも上昇する。

 正直時間を巻き戻す前も、最上位職であるアッシュ自身は強いと思う魔物に出会ったことはほとんどない。上位職であるアランやニーナ、シェーレのステータスからすれば強敵なのだろうが──


「うわっ!!」


 戦闘中なのにも関わらず、余計なことを考えているアッシュに向けてヘルナイトの槍が襲いかかる。


「流水!」


 ギリギリでアッシュが攻撃をいなす。

 弱いな──とは思ったが、今のアッシュのレベルは5。ヘルナイトの攻撃力はSで、アッシュの防御力はB。

 いくら体力の高い魔人であっても、一撃で瀕死状態になるおそれがある。それによって一気にステータスは上昇するだろうが、痛みの増幅による痛みに耐えられる気はしない。


「そこだっ!!」


 攻撃をいなされたヘルナイトの隙をつき、アッシュが魔人の爪で反撃する。が──

 ガギィンッ! と金属音が響き、盾で防がれた。そのままヘルナイトはバックステップし、再度槍での神速の突き。やはり凄まじい速度で躱せそうにない。魔物の素早さはステータス画面で確認出来ないが、体感で自分と同じSぐらいだろうとは思う。だがアッシュも負けてはいない。


「瞬影!」


 アッシュの体が陽炎のように揺らめいて槍での攻撃をすり抜ける。それと同時、魔人の爪による斬撃と共にヘルナイトの背後へと回り込む。



 くそ……

 あんまりダメージが通らないな……



 アッシュの攻撃力はSでヘルナイトの防御力もS。拮抗しているように見えるが、実はステータスの表記は大雑把。同じSだとしても個体差が生まれ、場合によっては倍くらい違う。

 実はこの大雑把さによってSとAが拮抗する場合もある。前にアッシュがシェーレから聞いた説明では、「例えばランクを数値換算したとてして、AからSへランクアップする境が10000だったとするじゃない? そうするとAで9999とSで10000という場合も出てくるわ」とのことだ。


 それに加えてというものも存在する。攻撃深度とは、というもので、それによってダメージは天と地ほど差がある。弱い魔物であるニードルラットを瀕死にした際、アッシュが魔人の爪を短くしたのはそのためだ。


 致死部位は攻撃されれば一撃で死んでしまう部位であり、そこへの攻撃の直撃は致命の一撃クリティカルヒットと呼ばれる。基本的に致死部位は体の中にあり、脳や心臓などがそれにあたる。場合によっては太い動脈も致死部位となる。

 弱点部位は目や首、関節などで、目や首は致死部位に近い。弱点部位への攻撃は、攻撃深度によっては致命の一撃クリティカルヒットとなる。


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