第44話 紅蓮の魂【シェーレサイド】


 ──タリア南の洞窟


「なかなか上手くいかないわね……。……」


 タリア南の洞窟で、シェーレがため息混じりに呟く。新たな職業の獲得を目指しているのだが、そう簡単にはいかないようだ。聖王──エルステッドが、想いの力で聖騎士になったという話は有名なのだが、やはりという曖昧な要素にシェーレが頭を抱える。

 そこへニーナが「なにか言ったシェーレ?」と、心配そうに問いかける。


「アッシュは順調かしらと思って」

「アッシュなら絶対だいじょうぶだよ! 私達も頑張ろうね!」

「そうね。やり方は間違っていないと思うから──」


 シェーレがそこまで言うと、アランが被せるように「つっても一向に新しい職業獲得できねぇな」と言って、頭をガシガシと掻きむしる。


「何かきっかけでもあればいいんだけど……、これに関しては不確定要素が多いから、諦めずに頑張るしかないわね」

「諦めるつもりはねぇけどよぉ……、あー! 殴ってばっかじゃなくて聖騎士の力を使いたくなってくるぜ!」

「そう思うこともダメよ? 今は聖騎士のことは忘れて」

「分かってるよ! ちっ……」


 アランが舌打ちをして頭を掻きむしり、「二人はちょっと休んでろ。もしかしたら一人で戦ってみたほうがいいかもしんねぇからよぉ」と、先へ向かって歩き出す。



 確かにそれも一理あるわね……

 試せることは全部試した方がいい。

 アランもレベルが上がったから、この辺りの魔物にやられる心配はないわ。

 ニーナも頑張りすぎて疲れてるようだし……



「……分かったわ。ちょうどニーナを少し休ませようと思っていたところだったのよ。でも危険だと思ったらすぐに戻ってきて頂戴ね」


 シェーレのその言葉に、「ごめんねアラン……体力なくて……」と、ニーナが申し訳なさそうに俯く。


「気にすんな。そこをカバーすんのが俺の役目だからよ。まぁサクッと職業獲得してくっからよぉ、ニーナはゆっくり休んどけ」

「ありがとうアラン。気を付けてね!」

「気を付けるのは魔物のほうだってんだ! これから燃える拳のアラン様が向かうんだからな!」


 そう言ってアランが拳を前に突き出す。


「ただの拳よアラン? 燃えてないわ。目まで筋肉になってしまったのかしら」

「うるせぇよシェーレ。イメージが大事なんだろ? 俺には自分の拳が燃え上がって見えてるぜ」

「自分の熱で燃えないように気を付けて頂戴ね。まあ……もし燃えたら骨くらいは拾ってあげる」

「相変わらずシェーレは俺に冷てぇなぁ」


 そう言ってアランが首をすくめ、「んじゃまあちょっと行ってくらぁ」と、洞窟の奥へ向かう。



---



「ちっ……、どうしたもんかねぇ」


 アランは焦っていた。自分のアッシュに対する想いはこんなものなのかと。アランは昔からアッシュや、シェーレ、ニーナを守るのは自分の役目だと思っていた。

 職業を獲得するための祝福の儀で聖騎士の力を授かり、みんなを守る力を手に入れたと思った。だが──

 そのすぐ後で、アッシュには聖者という破格の力が与えられ、みんなを守るのはアッシュの仕事になった。

 歯がゆかった。

 俺に守らせろよと思った。


「くそ……、守るだけじゃねぇ……、俺はアッシュの隣に立ちてぇんだ……」


 アランはもう一度守る力を望む。今度は守るだけじゃない。隣に並び立ち、共に戦う力。そんなアランの前に魔物が姿を現す。体が岩で構成された、人型のゴーレムと呼ばれる魔物だ。だが──


「俺の邪魔ぁぁぁ……してんじゃねぇぞごらぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 アランがズガンッと地面を蹴りつけて突撃。ゴーレムの腹部に強烈な拳を叩き込んで壁際へ吹き飛ばし、そのまま力任せの拳による連撃を見舞い──

 ゴーレムは為す術なく崩れ去った。


「ちっ、こんなんじゃあダメだ。もっと強ぇ奴と戦ってよぉ……」


 そんなことを呟きながら、アランが洞窟の奥へと歩を進める。途中リザードマンやゴーレムなどが複数体現れたが、全て殴り倒す。剥き出しの拳で殴っているので、何度か肉が裂けて血を吹き出しもしたが──

 聖騎士の加護には「敵を撃破で体力回復」というものがあるので、撃破する度に傷は回復している。


「マジでこの辺の敵じゃ相手になんねぇな。もっと強ぇ奴──」


 そこまで呟いたアランの背筋に、ぞくり──と、悪寒が走る。視線の先、通路の横に崩落したような横穴が見え、その先から嫌な気配が漂っている。アランに索敵の能力はないのだが、動物的な勘が「危険な魔物がいる」と警鐘を鳴らす。



 嫌な感じだな……

 プレッシャーって言やいいのか……

 たぶんめちゃくちゃやべぇ魔物がいやがる……

 どうする……?

 いったん戻ってシェーレに──



 そこまで考えたアランが、自身の頬を殴る。そうして「はっ! 俺らしくねぇこと考えちまったぜ!」と気合いを入れ、意を決して横穴の先へと足を踏み入れる。


 横穴の中はかなり広い空間になっていた。洞窟の中は基本的に真っ暗なのだが、暗所でも昼のように見えるニーナの魔法、ブライトをかけて貰っているので、奥までしっかりと見通せる。

 横穴の奥には巨大な岩のようなものが見え──



 ちっ……

 ありゃやべぇな……

 確かシェーレの魔物図鑑に載ってやがったグレイトゴーレムって奴だ……



 アランの視線の先、八メートル程ある体を揺らし、グレイトゴーレムの目が怪しく光る。この個体はゴーレムの変異種で、攻撃力と防御力が異常に高い。聖騎士の力を使えばギリギリ勝てる相手なのだが──


「ははっ。でけぇじゃねぇか! 相手にとって不足はねぇ! 俺の拳の糧になってもらうぜ!」


 アランは聖騎士の力を使う気は毛頭ない。加護は勝手に発動してしまうので利用するが、拳だけでグレイトゴーレムをぶちのめすつもりだ。といっても、今現在のアランのレベルでグレイトゴーレムに素手で挑むなど自殺行為。


「行くぞ! デカブツ!」

「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 グレイトゴーレムが凄まじい叫びを上げ、アランに向けて巨大な拳による攻撃を放つ。アランはその攻撃をギリギリまで引き付け、当たる直前でガード。聖騎士の加護には「敵を撃破で体力回復」の他にも、「ガードで体力回復」「ジャストガードでステータス大幅上昇」というものがある。


 ジャストガードとは、攻撃判定が発生する刹那の間でガードをすることなのだが、それによって発生する「ステータス大幅上昇」を狙っての行動。だがアランは盾も鎧も装備していない。そんな状態でグレイトゴーレムの拳を腕で防ぎ──


「ぐぅぅぅ!」


 ──ガードした腕がメシメシと嫌な音を立て、骨にヒビが入った感覚。だが「ガードで体力回復」のおかげですぐさま傷は回復。ジャストガードが成功し、ステータスも大幅上昇した。

 と言っても盾も装備せずに防いだことで、回復よりもダメージのほうが大きい。

 正直ジリ貧だ。回復はするが回復量が追いつかず、徐々に体力は減っていく。


「やられてるだけだと思うなよ!!」


 アランがグレイトゴーレムの攻撃を躱し、渾身の拳を叩き込む。ステータス大幅上昇で素早さもかなり上がり、ある程度は攻撃を躱しながら戦えるようになった。のだが──

 グレイトゴーレムの体表が想像以上に硬く、攻撃がほとんど通らない。それもそうだろう。ステータスが大幅上昇したとはいえ、アランは素手なのだ。ここで聖騎士の大剣に持ち替えさえすれば、グレイトゴーレムと対等に戦えるのだろうが──


 それでもアランはグレイトゴーレムを殴り続ける。素手で殴り、素手で防ぎ、「ガードで体力回復」「ジャストガードでステータス大幅上昇」を駆使して殴り続ける。


「ぐうぅ……」


 拳の皮がめくれ、肉が裂ける。それでも殴る拳は止めない。



 ちっ……マジでこりゃやべぇな……

 けどよ……

 俺は折れねぇ……

 まだ足んねぇ……

 足んねぇんだ……

 もっともっと心を燃え上がらせてよぉ……



「はんっ! ぬりぃ攻撃してんじゃあねぇぞ岩野郎! 全っ然効かねぇ! 俺を殺したけりゃあ本気で来いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そうは言ったが、アランの体力は徐々に削られ、すでに半分を切った。腕や肋骨にはヒビが入り、拳からは骨が覗いて血が滴る。グレイトゴーレムの体にもアランの血が飛び散り、確実な死に向かってアランは走り続けていた。


「くそっ! くそぉぉぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉぉっ!! ダメなのか!? なんで俺には力がねぇんだ! 力が欲しい! 力が欲しいんだ!! もっとだ! もっと魂を燃やしやがれアラン!! アッシュはこんな奴にゃあ苦戦しねぇ! あいつぁいつだって余裕で勝利しやがんだ! 俺だって……俺だってよぉぉぉぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 そんなアランの魂の叫びに呼応するように、周囲の空気が揺らめいて微かな声が響く。声は男性とも女性ともとれる声で──



 はは……

 こいつはなにをやってるんだ……

 人間が素手で勝てる相手ではないだろうに……

 だが嫌いじゃない……

 どこか懐かしい……

 熱い……

 熱い想い……

 こんなただ彷徨うだけの魂と成り果てたわれの魂すらも熱くする想いだ……

 我も……

 我ももう一度……



 微かな声はそう言うと、アランの心臓がドクンッ──と力強く鼓動する。そうして全身に力が漲り、血が沸き立つような熱い想いが込み上げる。


「なん……だぁ……? 力が湧いてきやがる……」


 アランがステータス画面を出す。すると先程まではなかったクラスチェンジの文字が浮かんでおり、迷わずクラスチェンジの文字に触れる。それと同時、ステータス画面の職業欄には滅炎帝めつえんていの文字が浮かび──

 アランの体が真っ赤な炎に包まれた。不思議と熱くはなく、力が湧いてくるような紅蓮の焔。


「ははっ! おい! デカブツ! 散々やってくれやがったなぁ? ウォーミングアップにはちょうどよかったぜ!」


 そう叫び、構えたアランの拳が真っ赤に燃え上がる。とてつもない熱量となった拳が周囲の景色をゆらゆらと揺らめかせ──

 アランがギチギチと全身に力を漲らせ、腰を落として拳を構える。


「行くぜぇ? 俺の熱く燃える心を映す拳は誰にも止められねぇっ! 紅蓮に輝く魂ぃ信じて全てを燃やす!」


 技の発動に必要のないアランの熱い前口上。その紅玉ルビーのように輝く瞳の光度が増し、紅蓮の魂が咆哮する。


「必殺!! 焔滅拳えんめつけん!!」


 ドゥパンッ!! と轟音を響かせ、アランの拳からは燃え盛る炎のうねりが放たれた。炎の畝りは全てを燃やし尽くしながらグレイトゴーレムを巻き込み──

 一瞬で消し炭にした。

 元から広かった空間は溶けたように広がり、至る所が燃え上がっている。

 グレイトゴーレムを撃破したことで体力はある程度回復したが──


「はは……やったぜアッシュ……これで一発……殴れ……」


 アランが文字通り魂を燃やし尽くし、その場に崩れ落ちる。そうしてアランの脳裏には、アッシュの隣に並び立つ自身の姿がありありと浮かび、満たされた気持ちの中──

 意識を失った。




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