第7話 初戦闘/魔人


 ひとまず魔人のステータス確認を終え、アランやシェーレ、ニーナには何も言わずに出ていく決心をしたアッシュだったが……


「本当にみんなに挨拶しないで行くの?」

「だってなんて言えばいいんだ?」

「それもそうだけど……」

「……ありがとうなユーネ。気を使ってくれて」

「アッシュ……」


 自分が不甲斐ないせいで──とでも思っているのだろうか、ユーネが申し訳なさそうに俯く。


「まあ……暗くなっててもしょうがない。とりあえず出発前の最後の確認をするぞ? 魔人の目と爪は術技だから技名を言──」


 そこまでアッシュが言ったところで、右目の下にも薄く黒い縦線が入る。これによって左目の下だけにあった縦線が両目の下に現れたことになる。

 そう、のだ。


 通常であれば、職業毎の術技は技名を口にすることで発動するのだが──

 どうやら魔人の固有術技は、「使用したい」と思うだけで発動するようだ。



 なんだこれ……

 なんで後ろも見えてるんだ……

 いや、後ろだけじゃなくて……



 魔人の目を発動したことにより、アッシュの視界が変わる。

 と言うよりは、頭に直接情報が入ってくると言えばいいのか──

 集中することで、見える範囲が五百メートル程まで広がった。



 すごいな……

 不思議な感覚だけど違和感がない……



「……これはかなり有用だ。視認できないはずの大木の裏側まで見える」

「死角がないってこと?」

「ああ。ちょっと口では説明出来ない感覚かな。魔人の目がこれだけ優秀なら、魔人の爪も──」


 そう言ってアッシュが魔人の爪も発動する。

 すると左手の爪だけ黒かったのが、右手の爪も黒くなる。そこから獣の爪のように長さが少し伸びた。どうやら自分の意思である程度は伸縮できるようで、最大でロングソードくらいまでは伸ばせる。のだが──

 長いと扱いづらい。


 どちらも魔力消費がなく、常時発動でよさそうだ。

 爪に関しては通常の長さに調整し、戦闘時に伸ばせばいいだろうと思うが……

 見た目はかなり魔人寄りになってしまう。


「いよいよ魔人っぽくなってきたな。これで街とか歩いて大丈夫か?」

「私はかっこよくて好きだよ? 外見はクールなのに中身は優しい。つまり……」


 ユーネが親指を立てて「ギャップ萌えだね!」と、満面の笑みでアッシュを見る。どうやら女神様らしく振る舞うのはやめたようだ。

 そんな微笑ましいやり取りの中、アッシュの魔人の目が魔物の姿を捉える。


「……ユーネ、魔物が一匹接近してる」

「魔人の目で見てるの?」

「ああ。これは……」


 魔人の目が捕捉した魔物はロックパンサー。パンサーと呼ばれるヒョウのような魔物の変異種で、体の半分くらいが硬い岩状の外皮で覆われている。

 大きさには個体差があるが、今回の個体はユーネの一・五倍程──とアッシュが思っていると、魔人の目で捕捉中のロックパンサーの横に、『250.5cm』と情報が浮かぶ。


 上位職(アランの聖騎士やシェーレの聖闘士)が、レベル10あれば勝てるくらいの相手であり、強敵だ。

 人里の近くに現れることはほぼないのだが、たまにふらっと現れる厄介者である。現在レベル1のアッシュが戦うのは無謀に思えるが……


 上位職の十倍ほどの強さが最上位職。魔人のステータスを見た感じでは、聖者と同程度──最上位職に匹敵する性能だと思われる。

 つまりレベル1だったとしても、上位職のレベル10相当の強さということだ。


「……この辺りだと少し強い魔物だ。魔人の力も確認したいし……戦ってもいいか?」

「アッシュに任せるよ。でも無理はしないでね?」

「了解。念の為に僕のステータスの増減を見ててくれたら助かる」

「うん。分かった」


 アッシュが魔人の爪をダガーくらいの長さに伸ばし、魔人の目で捕捉しているロックパンサーの元に向かう。


「攻撃を回避したらダメなんだよな……ガードはいいのか……? 魔人の体力は高いし……聖者の加護で自動回復するからいいとして……問題は痛みか……」


 アッシュが戦い方を確認するように、ブツブツと呟きながら歩く。


「アッシュ! 前!」


 突如ユーネが叫ぶ。戦い方の確認に気を取られていたアッシュが、一瞬だがロックパンサーから意識を外してしまっていた。

 ユーネの叫びが聞こえた瞬間には、既にロックパンサーはアッシュの眼前に迫り──

 その鋭い爪が、咄嗟に防御姿勢を取ったアッシュの右腕を抉る。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 信じられないくらいの激痛がアッシュを襲い、焼けるような痛みで失神しそうになる。実際はそれほど抉られてはいないのだが──

 痛みの増幅の増幅具合が予想以上に高い。


 ただステータスに関しては増減がないようで、防御は回避に含まれないことが判明した。逆にステータスが増加してもいないので、一定ダメージまで達していないということだろう。とりあえずステータス画面を出し、ダメージによる体力HPの減少を確認する。



【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅



 あれほどの激痛だったのだが、体力は少しも減っていない。魔人の体力が高いことの証拠だが──

 もし仮に体力が減るほどの攻撃を受けた場合、痛みの増幅によって狂ってしまうのではないかと思う。

 なんにせよ検証しなければならないことは多い。


「グルァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「させるかっ!!」


 ロックパンサーが続けざまに噛み付こうとするが、すかさず魔人の爪で体を切り裂く。ロックパンサーはたまらず後ろに飛び退き、アッシュから距離をとった。

 傷口から血を滴らせ、様子を伺うロックパンサー。防御力が高いロックパンサーだが、簡単に切り裂かれたことに警戒しているようだ。


 とりあえずアッシュも様子を見るためにゆっくりと後退。そのまま近くの岩場に身を隠す。すると急激に力が抜ける感覚に襲われた。アッシュが急いでステータスを確認する。



【名 前】アッシュ

【職 業】魔人

【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】1

【体 力】SS

【魔 力】SS

【攻撃力】S/A

【防御力】B/E

【知 力】A/B

【素早さ】S/B



 体力、魔力は下がっていないが、防御力がEまで下がっている。後退時にはステータスが減少しなかったが──


「岩場に隠れたのが回避とみなされたのか? これはシビアだな……」

「アッシュ! 魔法で狙われてる! 気を付けて!」

「しまった!」


 魔人の性能検証に気を取られていたアッシュが、使


 見ればロックパンサーの周りには、岩を削り出したような槍が無数に浮かんでいる。知力依存で威力や数が増える岩の槍を放つ魔法──

 ロックランスだ。

 魔物も個体毎にステータスは違う。今回は知力が高い相手だったようで、岩の槍はどんどんと数を増す。


「気を付けてと言われても回避は出来ない!」


 連続でステータスが減少するのかは分からないが、これ以上ステータスを下げる訳にはいかない。魔人の体力であれば、致命的な攻撃にはならないと判断出来るが──


 先程の爪による攻撃での、失神しそうな激痛を思い出してしまう。果たして眼前に展開されたロックランスでの攻撃を受けた場合、自分は意識を保てるのだろうか──

 と、アッシュが逡巡する。



 回避か──


 それとも防御か──



 そんな逡巡するアッシュに向け、無情にも無数の岩の槍が放たれる。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 放たれた岩の槍が、ガスガスとアッシュの体にぶち当たる。とてつもない痛み。全身の骨が砕け、身体中を抉られ、意識を保つこともままならないような痛み。

 と言っても、実際は骨が砕けたりはしていないし、岩の槍も体を貫くまでは至っていない。


 もはや意識は途切れかけ、痛みで心が折れる。だがそんなアッシュの眼前に──



『記憶しますか?』 YES/NO



 と、ステータス画面のように文字が浮かび上がる。訳も意味も分からず、朦朧とした意識の中──

 アッシュの藻掻く指先がYESに触れる。



『ロックランスを記憶しました』



 画面にそう出ると、ロックランスで付けられた傷の一つが燃えるように熱くなる。無数のロックランスによって全身はズタボロだが、左頬を抉った傷だ。


「ぐぅ……そういえば……」


 魔人の加護の一つで、受けた術技を記憶するというものがあったことを思い出し、ステータス画面を出す。



【名 前】アッシュ

【職 業】魔人

【H P】▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】1

【体 力】SS

【魔 力】SS

【攻撃力】S

【防御力】B

【知 力】A

【素早さ】S


・術技

 魔人の目/広範囲の索敵、一度ターゲットした相手の位置を把握、サーチ効果

 魔人の爪/攻撃のリーチ上昇、防御貫通

 ロックランス/無数の岩の槍で攻撃、槍の数は知力依存



 体力ゲージが三割程減っていた。防御力が下がっていたせいで、かなりのダメージだったようだ。ただダメージを受けたおかげでステータスが上昇し、減少分が元に戻っている。

 そうして術技の欄には、記憶したロックランスが追加されていた。


「ロックランス!!」


 朦朧とする意識の中、覚えたロックランスの名をアッシュは叫んでいた。

 そうして叫ぶと同時──

 先程のロックランスの痛みがもう一度襲いかかり、あまりの痛みで一瞬意識が飛ぶ。


 ブン──

 ブブン──

 ブブブブブブブブン──


 無機質な音と共に、アッシュの周囲には拳サイズの魔法陣が無数に展開され始める。その数は瞬時に百を越え──

 ズルり──と、全ての魔法陣から漆黒の槍が姿を現す。槍は金属をり合わせたように捻れた形状で、ひどく禍々しい。 


 そうして現れた漆黒の槍は、断末魔の叫びをあげる間もなくロックパンサーを貫き、抉り──


 跡形もなく消し飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る