第6話 魔人


 アッシュを覆った真っ黒な球体は徐々に収縮し、全身に張り付くようにして消失した。


「なんとも……ない? 意識もしっかりしているし、だいじょうぶみたいだ……」


 言いながらアッシュが自身の手に視線を落とし、「なんだこれ! 手が!」と驚く。


 見れば左手の爪が黒くなり、そこから体に向かって黒い筋が伸びている。服装も黒いボロボロの布切れの様なものへと変わっていた。


「ね、ねぇアッシュ……これも見て」


 ユーネの手が淡く光り、小さな鏡が現れてアッシュの顔を映す。

 そこには左目の下に黒い縦の筋が入り、口には左にだけ牙らしきものを覗かせたアッシュの顔。目つきも若干鋭くなった気がする。


「ちゅ、中途半端だなぁ。え? なんで左半分だけ?」


 思いがけないアッシュの気の抜けた言葉に、ユーネが「ふふっ」と笑う。


「そういうこと言う余裕があるならだいじょうぶね。優しい目もよかったけど、鋭くなってちょっとかっこよくなったんじゃない?」

「どういたしまして。まあとりあえずステータスの確認といくか」


 アッシュが目の前にステータス画面を出す。



【名 前】アッシュ

【職 業】魔人

【H P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【M P】▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅

【レベル】1

【体 力】SS

【魔 力】SS

【攻撃力】S

【防御力】B

【知 力】A

【素早さ】S


・術技

 魔人の目/広範囲の索敵、一度ターゲットした相手の位置を把握、サーチ効果

 魔人の爪/攻撃のリーチ上昇、防御貫通


・加護

 破滅の呪い/自身の被ダメージ二倍、回避行動でステータス大幅減少、一定の被ダメージ毎にステータス大幅上昇

 嘆きの呪い/痛みの増幅、相手の術技による傷を記憶し、痛みを伴いながら闇の力で再現して発動する

 破壊する者/-


・加護(引き継ぎ)

 状態異常無効、一定時間ごとに体力回復、日に一度体力を一割残して死亡を回避、全ての魔法を範囲魔法に変換、精神汚染無効、一定時間ごとに魔力回復、日に一度全ての攻撃を一分間無効化する女神の盾を発動できる



「加護なのに呪いってなってるんだけど……この名前のセンスはユーネか?」

「んな! わ、私じゃないわよ! 魔人に関して私は関係ないって言ったじゃない! やっぱり私のセンス疑ってたんだ! ひどい!!」


 ユーネがめちゃくちゃ怒っている。だがユーネの今のセリフからすれば、ことになる。


「加護の引き継ぎって聖者の加護のことか?」

「そうよ! それがクラスチェンジの強みなの! 反発し合う内容だと今の職業の加護が優先だから全部じゃないけどね!」


 怒りながらもしっかりと説明するユーネ。


「確かに被ダメージ半減と回避行動でステータス上昇はなくなっているな。だけど聖者の時に魔人の加護の引き継ぎがなかったのはなんでだ?」

「一度クラスチェンジしてその職業にならないとダメだからよ! 商品は買ったけどまだ未使用で蓋は開けてないってこと!」


 なんとも独特だが、的を得たユーネの説明にアッシュが「そういうことか」と頷く。


「ユーネは説明がうまいな。分かりやすくて助かるよ」

「え……? そ、そうかな?」


 アッシュの言葉に嬉しそうにモジモジするユーネ。この時アッシュは心の中でかわいいな──と思うと同時、ちょろいな──と思ってしまう。

 現人神あらひとがみとまで称されたこの世界の希望である聖者。みなが清廉潔白なイメージを抱き、信心深い者はアッシュを見ただけで涙を流す。



 あの雰囲気苦手だったんだよな……

 僕だってみんなと同じ人間なのに……



 そう、これまでアッシュは周りの期待に答えよう、聖者らしくいようと振舞ってきたが、実は表に出さないだけでこういった一面もある。


「初期ステータス的には最上位職の聖者と同程度。一定被ダメージでステータス大幅上昇。回避したらステータス大幅減少か。それに合わせて被ダメージ二倍と痛みの増幅……」

「攻撃を受け続けることでステータス大幅上昇だけど……」


 ユーネが心配そうにアッシュを見つめ、「痛みの増幅ってどの程度なんだろうね……」と呟く。


「聖者の加護のおかげで体力は回復し続けるのと、日に一度だけでも死亡を回避できるのはありがたい。女神の盾で一分間の無敵時間もある。だけど痛みの増幅か……」


 そう言ってアッシュが考え込むが、すぐに「まあでもやるしかないか!」と前向きに声を出す。


「痛みさえ耐えればかなり強い! ユーネも心配するな! 僕がまとめて守ってみせるよ!」

「ふふっ。魔人が女神を守るってなんだか変だね?」


 ユーネが柔らかく笑い、アッシュも笑顔で「そうだな」と答える。


「あと気になることと言えば……加護にある『破壊する者』か。詳細が分からないけど……」

「たぶんレベルアップで発生、もしくは条件を満たせば発生のどちらかだと思うけど……」

「名前が名前なだけに少し警戒してしまうな」

「ちょっと怖いよね……」


 そうは言ったが、お互いに安心はしていた。確かに魔人にはデメリットがあるが、聖者の加護のおかげである程度は相殺できている。何より制御不能にはならず、会話出来ていることに安心する。


「それで今後のことなんだけど……アッシュはどうしたい?」


 ユーネの言葉にアッシュが考え込む。ビューネスと戦うための力は手に入れたが──

 姿は魔人。今はレベルが低いので人間らしい姿だが、もしかすればレベル上昇で魔人らしい姿へと変わっていくのかもしれない。



 魔人に家族を皆殺しにされたアラン達に……

 この姿は見せられないな……



 そうアッシュは思ってしまう。


「……みんなには会わずにこのまま行くよ。いつビューネスが来るのかも分からないし、聖者の姿に戻る訳にはいかない。魔人の姿でみんなには会えないよ。それに……」



 自分は一度みんなを殺した。

 時間を戻したからといってその事実は消えない。

 正直合わせる顔がない。

 みんなに会うのが……

 怖い。



 これがアッシュの本音だ。今もが瞼の裏にこびりついている。


「いいの……?」

「ああ。ビューネスを倒してみんなの所へ必ず戻ってくるよ。勝手に出て行く僕の戻る場所なんてなくなっているかもしれないけど……」


 そう言ってアッシュが俯くが、すぐに顔を上げて「それでも僕は行くよ!」と、力強い表情を見せた。

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