「きみくらい受け止めるかな!!」
「ぐゥッ!?」
予兆も前触れも無かった。
俺の体が『何か』に吸い寄せられた。
そして垂直にそそりたつ壁を叩いた。
俺の顔が壁にめりこむ。
なんだ!?
壁……違う。
擬態していた魔人の肉だ。
魔人はカメレオンみたいに色を変えた。
こういうこともできるとは知らなかった。
油断していたわけじゃない。
だが、まったく見分けがつかなかった。
臭いも音も気配も何も、なかった!!
しかもこいつは重力系魔法か!?
トラクターの魔法だ。
ギルヴァンでも面倒なヤツ。
どれほど戦列を整えても『牽引魔法』のせいで敵の強力な白兵スキルの圏内に連れていかれるアレか!
今更初見殺しなんてだすんじゃあないよ。
俺は、ラスピストルの銃口を押しつけた。
ラスピストルの銃口が肉へと沈んでいく。
ラスピストルの引き鉄を──絞る。
ラスピストルから放たれた粒子弾は、銃身の加速器で整流と亜光速にに達する過程を完了する前に、魔人の肉を焼いた。
だが……。
水道に繋いだホースの一方を塞いで、水圧を掛けるようなものだ。加速された粒子エネルギーは魔人の肉を焼き切った。だが次々と盛りあがる肉に堰き止められ、ラスピストルの放つ粒子は逆流した。
ラスピストルが弾けた。
それだけではなかった。
ラスピストルから押し返されたラスは、俺の腕に向かって暴発して焼き切られた。
非常灯のような赤い世界に一瞬染まった。
焼けた臭いと焦げた臭いだ。
魔人が頭を生成した。
エルフの頭だった。
長い背骨の首に、おぞましい頭が花開いた。
首長竜かな?
死んだかもしれん。
不思議と死を前にして抵抗がなかった。
深い絶望は脱力させてしまうらしい。
思考も力も、砂漠に注ぐ水のように、深い死には呑みこまれて消えてしまうようだ。
死が近づいていた。
死は俺の命を味見する。
ザラザラとした長い粘液にまみれた舌が、俺のうっすらヒゲの生えた頰から額までを舐めあげた。
ネコ科の肉食獣が獲物の毛繕いするように。
「ふゥ〜」
俺は息を吐いた。
溶けるよう脱力。
筋肉のテンションを外した。
そして一息で時間をかけ伸ばしていた筋を引き上げた。筋繊維が、骨を動かし、関節が可動速度の限界まで火をあげ先端が跳ねる。
グラディウスを逃げっている手だ。
瞬発──全力でグラディウスを引き剥がす。
グラディウスの先端は魔人のエルフ頭の、顎から入り、脳天を貫通した。
魔人が絶叫する。
俺は重力……引力か?
引力が反転した斥力で吹き飛ばされた。
魔法かよ、まったく羨ましいかぎりだ。
「……」
両足の肉が削がれて骨が見えかけている。
魔人がエルフ頭を消して迫ってくる。
俺はまだ握っていたグラディウスを──
「怖いじゃあないのよ。逃げだしたいねェ。だけど腐っても俺は『村の勇者』なんでな」
──向けた。
二度目の人生でも死ぬのはつれぇわ。
誰か助けてくれよと逃げた末路かい。
魔人が近づく。
マリアナ姫、どうだい、助かりそうかい。
こいつぁどうも無理そうだ。
だが、助けてくれと言うのは癪だな。
助けて助けて、ずっと言わなかった。
んならばまあ最後もそうしようじゃない。
「リドリー!」
と、誰かの声だった。
魔人が咆哮する。
魔人の意識は、声に向いた。
誰かなんて恩知らずは言えねぇ。
俺は魔人の拳に掴まれ放り投げられた。
俺はもう死体だ。
魔人は俺を使って、応援にぶつけたか。
俺ァ、ちょっと重いんで、捨ててくれ。
だが、俺の願いなんて一度も叶ったことはない。
お前はそうするかスカーレット・レッドナイト。
俺の肉袋の死体は、確かに受け止められた。
「きみくらい受け止めるかな!!」
スカーレットの顔が見えた。
そこには、リューリア、ルーネ、ラグナも。
「リドリー、助けにきた」
と、スカーレットらしくない頼もしいだ。
気のせいか?
聖剣グランドールが見えた気がする。
あれァ聖剣とは名ばかりの邪聖剣だ。
ラグナの得物だから大丈夫だろう?
「立場が逆転したな」
と、リューリア毛むくじゃらで凶暴な笑みだ。
俺が散々苦戦した魔人の残照は、ギルヴァン主人公とそのお仲間ら四人に袋叩きにされ呆気なく散った。
雑魚モンスターより悲惨か。
路肩の小石のように蹴飛ばされた。
そして──見た。
魔人の残照の死んだ細胞が抱えていた記憶が読めた。エルフだ。最初の、村を襲ったエルフ。断片が、騎士団と学園の回収を逃れて、再生した。
バラバラになって。
原型を無くして。
エルフの記憶には、ルーネと過ごしていたものがある。嵐に荒れる海も、炎に巻かれる森も知らないような、穏やかな場所で、花冠や紙の舟を小川に流して遊んでいた。
魔人になったエルフが炎の飛沫を使う。
炎の魔法だ。
魔人のエルフが姉妹たちの尻に火をつけた。
魔人のエルフは嘘で誤魔化したりとんだ悪戯娘だ。ただ嘘が下手なのか必ず、嘘を言っているときは右手の親指と人差し指をつけたり離したりしている。
長く生き、魔人の兆候があり、追われた。
ルーネは、魔人になったエルフとOSETの遺跡で過ごし、魔人化の進行が緩やかになっていたがついに完全に自我が崩壊して脱走した。……ケルメスが記憶にあらわれる。
そして鉱山から出たエルフは村を襲った。
「ケルメス」
俺はケルメスを呼ぶ。
名を知らないエルフが見ていた彼女だ。
ケルメスは魔法を起こしていた。
魔人は、まだ、動いていた。
ケルメスは炎の飛沫を放つ。
魔人は一瞬で──焼かれていた。
「ん? 終わったぞ、帰ろう」
ケルメスはあっけらからんしていた。
ケルメスは、右手の親指と人差し指をつけたり離したりしている。
魔人はケルメスの手で……焼かれた。
それがケルメスの目的だ。
「魔人はまだ残っているんじゃ、ないのか?」
と、俺はギルヴァンでの魔人と、経験した魔人を、合わせての疑問を訊いてみた。
「遺跡の魔人は大勢なようで、一人じゃあないのか。挿木で増えるように魔人は、肉塊から芽が出る。ここには大勢いた。もしかして、やり損なって分裂したとか……」
ケルメスがため息混じりに答えてくれた。
「……うん。前は下手を打った。あれを討伐に入ったときOSETを目覚めさせてしまった。隊は散り散りになり、死を前に誓いを忘れた姉妹たちが魔人となり吸収されて、あの魔人は増えてしまった」
「魔人を全て消さないので?」
「それは我々の義務だよ。人間の、じゃない」
「……ケルメスさんも魔人討伐に失敗した部隊にいたんですか?」
「そうだな。逃げ帰って、今ケジメをつけた」
「あの『この魔人の人』はいつ行方不明に?」
「……なんでも見届けられたわけじゃないさ」
ケルメスは答えてはくれなかった。
ケルメスが焼いた魔人は、最初に村を焼いた魔人と、同じようなビジョンが見えた。だがそれは記憶であって『誰か』はわからないのだ。
「ケルメス。もしかして、誰か、ではなく……」
と、俺は言いかけて口をつぐんだ。
ケルメスの触れて欲しくない話だ。
俺は思考を振り払った。
魔人の一掃を考えよう。
俺はギルヴァンの設定を記憶から漁る。
OSETはほとんど機械文明だ。OSETを利用すればケルメスの願いは叶うのではないか?
ギルヴァンでOSETの遺跡なんて戦艦だ。
戦艦にはなにも大砲しかないわけじゃない。魔人を切り刻んだ防御システムだって内部に備わっている。
OSET由来のダンジョンでは、モンスターとして無人兵器が銃火器を使うステージがあるのだ。そんなロボットと魔人が戦っているのと遭遇するストーリーがある。
どのOSETの遺跡も同じようなものだろう。
とはいえ、足の応急処置がいるな。
「スカーレット──助けてくれ」
初めて素直に言えた気がする。
拒否されたらどうしようかな。
不安があって、ちょっと、うわずった。
スカーレットにそんな心配は無かった。
「俺に良いアイデアがあります!」
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